第140話 かたなし
(自動修復だって!?)
彼らの助力により魔物化の窮地を脱し、結界の破壊を成し遂げた楓也。しかし、同じ奇跡が起こることは金輪際ないだろう。そして自動修復を阻止する手立てがない今、急いで皆に事情を知らせなければこの作戦は頓挫してしまう。
(チャットは……ダメだ、画面が出てこない。なら走るしか……!)
彼は全速力で駆け出した。無論、頭のなかはぐるぐるしている。二名はどこへ消えたのか。そもそもあれは本当に夕鈴だったのか。彼女はどうして結界の外にいて、魔物と行動をともにしていたのか――疑問は尽きないが、目下その全てをいったん横に置いておくことにする。
幸い、行きと違って楓也の身体は軽かった。なぜか現実世界のように心拍数が上昇するものの、あっという間に中間地点まで戻ってくる。すると門のほうから声が聞こえてきた。
「おーい!! ふーやー!!」
「あ……!」
佳果を筆頭に、全員が門をくぐって来る様子が目に入る。ムンディあたりが結界の消滅に気づき、先に動き出したのかもしれない。
楓也は俄然、胸がいっぱいになって声を詰まらせた。あんな体験をしたばかりのせいか、制御しきれない安堵と郷愁が込み上げてきたのだ。泣きそうな表情で走ってくる彼を見て、佳果は首をかしげた。
「ん、なんかあいつ様子が変じゃねーか」
「……ムンディ、また何か隠してる?」
ヴェリスが少し怒気を含んだジト目でムンディを見る。
彼は恍けるように、あさっての方向を向いて煙に巻いた。
《そんなことは…………あったりなかったりするかもな》
「もう、ムンディさん!」
零子が両手の甲を腰に当てて仁王立ちし、ずいと身を乗り出す。
《わ、わるかったって。でもほら、俺様にも諸々の都合があってだな……あ! 楓也ボーイが到着するぞ》
そう言って露骨に退散するムンディ。瘴気をまとった際の威厳はどこへやら。形無しの魔神をよそに、楓也が一同と合流する。
「はあ、はあ……あのねみんなっ……なんとか結界は壊せたんだけど……早くしないとまた……自動で修復されちゃうみたいでさ」
「! マジか!」
「うん……それでね……次の結界はたぶん……もう壊せないと思うんだ」
「!? ってことは」
息を整えつつ、彼は首肯して力強く言った。
「ノーストさん、急いでぼくが走ってきた方向に進んでください! もうあまり時間がありません!」
「……承知した! では転位魔法の紐づけが済んだら、あとでラムスに顔を出そう。そこでまた落ち合うぞ!」
ノーストは即刻飛行を開始し、魔境の奥へと向かう。忙しない雰囲気のなか、アーリアが困り顔をした。
「あの……結界が復活してしまったら、わたくしたちもこの場に留まることはできなくなるんですのよね? ……どうしましょう、まだお祈りができていませんのに」
「なあ魔神様、さすがにこれはあんまりじゃないか? 前もって言っといてくれれば、もっとやり方だってあっただろうしさ」
「ムンディ、ひどい」
シムルとヴェリスが畳みかける。枯れ木の裏に隠れていた彼は、毎度のごとく頭蓋骨をかきながら表へ出てきた。そうして気まずそうに釈明をおこなう。
《ちょっと待ってくれ。確かに、楓也ボーイが越えなきゃならない裏の最終関門については敢えて言わなかったけどさ。結界の自動修復なんてのは初耳だぜ。またもや俺様のあずかり知らないところで何かが動いてて――》
「裏の最終関門……? やっぱり楓也兄ちゃん、危ない目に合わされてたんだな!」
「ムンディ、ひどい!」
《墓穴だったか……》
肩をすくめるムンディ。そんな彼をちらりと見て、楓也は心で話しかけた。
(なるほど、さっきのも試練だったんですね……でもそれなら、ムンディさんはあの二人のこともご存知で?)
もしそうだった場合、後ほど質さねばならないことが増えてくる。楓也は複雑な心境でムンディの反応を確かめたが、彼は小さく首を横に振り、さり気なくノーと答えた。どうやら心当たりはないようだ。
「ふむ……いずれにしましてもムンディさん。このままではわたくしたち、あなたの仰っていた"大事な仕事"を遂行する機会を失ってしまいますわ」
「そうですよ! あたし、役立たずで終わるなんて絶対に嫌です! 魔神パワーでなんとかならないんですか~!?」
《魔神パワーってあんた……ま、姉ちゃんには上手い茶も淹れてもらったことだしな。よし、じゃ仕事が終わるまでの間、ここいらの時を無限に延ばしてやるよ》
「時を無限に……? そりゃどういう――」
佳果が尋ねると同時に、ムンディが魔法を行使する。瞬間、楓也だけに見えていた結界復活のカウントダウンが、ぴたりと止まった。
《これで俺様が魔法を解かない限り、結界が再構築される心配はなくなったぞ。さあ、今のうちに世界の光へ祈るといい》
ぱわーっ!
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