第139話 面影
「!」
夕鈴と思しきその人物は、変わり果てた楓也の姿を見て目を剥いた。彼女はトレチェイスと呼んだ魔物に「ちょっとごめんね」と言って横に移動をうながすと、膝をついて話しかけてくる。
「大丈夫ですか!? まだ意識はありますか!?」
「う、うん……」
まるで初対面のような接し方に、一抹のさみしさを覚える楓也。しかしよく考えれば、この状態で認識できるはずもないだろう。彼は自分が人間であり、訳あってここへ来たものの、難儀なことに魔物になりかけている旨を伝えた。
「……わかりました。事態は一刻を争います。今からわたしがお助けしますので、結界の外へ手のひらを出していただけますか?」
「こう……?」
「ええ、そのままじっとしていてくださいね」
そう言って差し出された右手を自らの両手で包み込み、優しく微笑む彼女。だがすでに触覚は失われており、楓也は何も感じることができなかった。
一方、それまで黙ってやり取りを聞いていたトレチェイスだったが、二人が手を繋いだ途端に慌てふためいた。
「いやいや、ちょっと待てよジェフィーラ! お前まさか、こんな見ず知らずのやつのために愛を使うつもりなのか!?」
「当たり前でしょう」
「ッ……!」
毅然とした彼女の表情は、見るほどに生前の面影を残す。ジェフィーラという名前に心当たりはないものの、まさか人違いということもあるまい。楓也はぐるぐると思考を巡らせたが、再び意識が朦朧としてきた。
「け、けどよ! せっかくここまで頑張って集めてきたんじゃないか! ここで使っちまったら、次はいつになるか……! なにか、なにか他の方法だってあるかもしれ――」
「ありがとうトレチェイス。でもね、わたしはこの人を助けたいの。……あなたにはたくさん手伝ってもらったのに、わがままを言って本当にごめんなさい」
「…………」
彼は今にも泣き出しそうな顔でむせび、押し黙った。
しかし数秒後、目をギュッと瞑って悔しそうに叫び出す。
「クッソォォォ!! おいお前!!」
「……?」
「ジェフィーラに感謝しろよ!! それと、ここまでしてもらって助からなかったら、絶対に許さないからな!!」
二人の手の上へ、さらに自分の手を乗せるトレチェイス。その意図を理解した彼女は、ニッコリと笑って祈り始めた。直後、まばゆい光が楓也の魂に流れ込んでゆく。
心地よいあたたかさがじんわりと広がり、徐々に正気と信念を手繰り寄せる楓也。今ならば、きっと戻れるだろう。
(そうだ……ぼくの帰るべき場所は……陽だまりの風……!)
瞬間、彼の魂がつよい振動をともなって輝いた。同時に触れていた結界がひび割れ、バリンと音を立てて瓦解する。青白い非物質的な破片が辺りに降りそそぐなか、人間の姿に戻った楓也は恩人たちにお礼を言うべく、伏せていた顔を上に向けた。
「ありがとう押垂さん、トレチェイスさんも――」
ところが、手を握っていたはずの二名は跡形もなく消え去っていた。そして突如、眼前にウィンドウが現れてアナウンスが響きわたる。
『結界の自動修復まで、あと5分です』
彼らはいったい。
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