第137話 片鱗
「さあ、見物だねぇ。マイナスにマイナスを掛けるとどうなるか」
明虎は外側の黒を盾に、悠然と構えた。そうやってガスの稲妻を受け止める度、闇と光がしきりに明滅する。悪しき存在は断続的に苦悶の声を上げた。
《ぐ……お………ぉ……ぁ……あ……》
「なかなか良い反応をするじゃないか。……このままお前がすべて平らげろ」
(波來さん? なんか様子が変だな)
楓也の目には、彼が怒っているように見えた。普段のらりくらりとしているのに、一体どういった経緯でこの場に立っているのだろうか。
あれこれ勘ぐっているうちに、支えていた佳果が意識を取り戻す。
「痛っつ~……何がどうなってやがんだ?」
「! 阿岸君、大丈夫?」
「ああ。ビリビリしたが、瘴気と違って汚染されるような感覚はなかったぜ。……つーかムンディ、話が違うじゃねーかよ!」
《すまん、俺様もこうなるとは思ってなかったもんでな》
「……先ほど上が絡むと仰っていましたが、何か関係が?」
駆け寄ってきたアーリアが質問する。ムンディは外側の黒を見ながら答えた。
《そのとおり。あのガスは、より上位の意向が生み出した♯∽Δ�§¶の片鱗だ。本来はあんたらのそれが適用されて、余裕でパスできるはずだったんだけどさ》
「……? ヴェリス、いま魔神様が何の片鱗って言ったのかわかった?」
「わかんない」
シムルとヴェリスが首をかしげる。単純に聞き取れなかっただけかもしれないが、それにしては音が不自然に潰れていた気もした。彼らと同じく、佳果と楓也もハテナを浮かべている。
(逆再生っぽかったな)
(そういえば以前、波來さんが同じ発音をしていたことがあったような……)
要領を得ない陽だまりの風。零子は訝しがる皆を代表し、「すみません、もう一度言っていただけますか?」とムンディに催促した。しかし彼はまたガリガリと頭蓋骨をかいて、ぶっきらぼうに断る。
《……あ~、今のはなかったことにしてくれ。どうしても気になるってんなら、後で姉ちゃんにでも聞くといい。たぶん"そこはかとなく"なら教えてくれるぞ》
そう言ってムンディはアーリアの肩をポンと叩き、明虎の方へ歩み寄っていった。一斉に向けられた視線に彼女が苦笑するなか、不意に雷鳴が止む。
《で、そっちは終わったみたいだな》
「残念ながら。楽しい時間はあっという間だよ」
明虎の横に、白くなった霧がプスプスと音を立てて漂っている。
「まあやり方がわかった以上、今後はいくらでも楽しめるけどね。いやはや有意義な収穫だった。……クク……フフ……ハハハ」
《……あまりやり過ぎると身を滅ぼすぞ》
「ご忠告どうも。……それじゃ、私は失礼をば。陽だまりの風もごきげんよう」
こうして台風のごとくワンマンプレーをかました彼は、霧ごと無音でどこかへ消え去っていった。残された一同は、開けっぴろげになった門を見つめて沈黙している。佳果がぽつりと言った。
「いや結局なんだったんだよあいつは」
伏せ字につきましては第45話で言及していますが、
エリアⅧ以上でないと認識できません。
※お読みいただき、ありがとうございます!
もし続きを読んでみようかなと思いましたら
ブックマーク、または下の★マークを1つでも
押していただけますとたいへん励みになります!