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魂が能力になるVRMMO『アスターソウル』で死んだ幼馴染と再会したらAIだった件  作者:
第九章 切り拓かれた宿命 ~失われし記憶~
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第134話 禅問答

が苦痛にまみれ、息絶えるがいい』


 闇のなかで、重たい声が反響した。

 佳果と楓也は心をしずめ、その言葉をみ取る。


――


 世界悪意は強欲ごうよくの感情をうたった。


『欲しい。あれもそれもこれも。よこせ。われの物にさわるな』


 佳果は答えた。


「……確かに、望むもんを手に入れると嬉しくなるよな。けどそうやって奪い続けたら、最後はどうなっちまう?」


――


 世界悪意は貪欲どんよくの感情を謳った。


『足りない。満たされない。もっとよこせ。全部よこせ。すべて我の物だ』


 楓也は答えた。


「でも、それらは誰かがつくってくれたものだよ。あなたが根こそぎ持っていけば、もう新しい物は生まれなくなってしまう」


――


 世界悪意は淫乱いんらんの感情を謳った。


『物は飽きた。他者が、肉体が、快楽が欲しい。そのための美しさが欲しい』


 佳果は答えた。


「まあそれで満たされる連中となら、うまくやれるかもしれねぇな。……ジジババになった時、どうなってるかは知らねーが」


――


 世界悪意は憎悪ぞうおの感情を謳った。


『我に刃向はむかう者は、押しべてうとましい。なぜ思い通りにならない? 意のままに動け。黙ってしたがえ。そうでなければ、ただひたすらに邪魔なだけだ』


 楓也は答えた。


「あなたが嫌っているその人たちが、他の誰かにかれていることだってある。差別の烙印らくいんを押し続ける限り、あなただけに献身けんしんする人は現れない」


――


 世界悪意は攻撃こうげきの感情を謳った。


あだなすものは殺す。排除する。我が生きるために。我を証明するために』


 佳果は答えた。


「ぶっ壊した先には、なーんも残らねぇぜ? あるのはせいぜい、最初から持ってた孤独だけだ」


――


 世界悪意は羨望せんぼうの感情を謳った。


みにくいやつほど、我にないものを持っている。なぜだ。我と他者とで何が違う? もどかしい。他者に成り代わってやりたい。……しあわせが欲しい』


 楓也は答えた。


ざわりだと思う場所をけてるうちは、永遠に見つけられない。愛情って、明るいところに隠れてるから」


『愛情……? ……そうだ……我を満たすは……満たしるは、愛のみ……』





 瘴気が少し中和ちゅうわされ、大元おおもとの黒いモヤが見え始めた。変化を観測したムンディとノーストは小さく反応したが、そのまま静観する。離れた場所で祈っていた四名も、空間に伝わる波動の揺らぎを感知し、おそるおそる振り返った。


 依然として影のなかにあるものの、立ち続ける二人の勇姿がある。

 彼らの顔が晴れてゆく。


「! 兄ちゃんたち、なんとか踏ん張ってるみたいだ!」


「ええ。まだ予断を許さない状況ではありますが……佳果さん、楓也ちゃん。どうか無事に帰ってきて……!」


「きっと大丈夫ですよ! あの二人は色々と規格外きかくがいな高校生ですから!」


(……わたし、一生懸命に祈る。だからがんばって。死なないで)





 世界悪意は執着しゅうちゃくの感情を謳った。


『愛が欲しい。われが得た物をやろう。代わりに愛をよこせ』


 佳果は答えた。


「……そいつはたぶん無理だと思うぜ。お前が本当に欲しいもんは、対価を渡してもらえるもんじゃねぇ。なかには、手を差し伸べるやつもいるかもしれないが……そんときお前は、気づくこともできねぇだろうしな」


――


 世界悪意は独占どくせんの感情を謳った。


『みだりに愛を振りまくな。我だけにそそげ。このかわきをうるおすことだけに尽くせ』


 楓也は答えた。


「……義務って、オアシスになりるのかな? それはきっと、蜃気楼しんきろうを追ってるだけな気がするよ」


――


 世界悪意は嫉妬しっとの感情を謳った。


『愛が広まってはならない。我の享受きょうじゅする量を減らすな。持つ者同士(どうし)で愛を循環じゅんかんさせるな。それは愛の浪費ろうひに過ぎない』


 佳果は答えた。


「そうか? 減った分だけ、たくさんの人がくれるようになるんじゃないのか」


――


 世界悪意は憤怒ふんぬの感情を謳った。


『我に愛がないのは他者のせいだ。持たそうとしなかった世界に責任がある』


 楓也は答えた。


「そうやってうらみの炎で自分を納得させたら……もし持てたとしても、脊髄せきずい反射で振り払っちゃうよ。ただれた心を治さないことには」


――


 世界悪意は無力むりょくの感情を謳った。


『愛なき世界には失望した。諸行無常。もはや足掻あがくことすらも馬鹿馬鹿しい』


 佳果は答えた。


「……逆に言えばよ。愛がありゃ、天地がひっくり返るわけだろ? なら、休みながらでも、探し続けるしか無いんじゃねーか」


――


 世界悪意は色欲しきよくの感情を謳った。


『この色褪いろあせたうつろの心……彩るには、甘美かんびな熱が必要だ』


 楓也は答えた。


「逃げるためのなぐさめは、すぐに冷たくなって余計にむなしいよ。それに、そうして透明になっちゃったら……もう誰も、見つけてくれなくなる」


――


 世界悪意は懺悔ざんげの感情を謳った。


『愛のないものに価値はない。ならばいっそ、我は生まれるべきでなかった」


 佳果は答えた。


「そりゃ、ねくり回した思考の主張だろうが。はなからお前が求めてた愛っつーのは、生まれなきゃ知ることも触れることもできなかったはずだ。……心のほうはなんて言ってんのか、もう少しちゃんと聞いてやれよ」


――


 世界悪意は恐怖きょうふの感情を謳った。


『おそろしい。否定されることが。認められないことが。未知の感情をいだくことが。……己を知ることが、ただおそろしい』


 佳果と楓也は答えた。


「んだよ、じゃあもうわかってんじゃねぇか……望むもんのが」


「自分がどれだけ変わっても、魂は変わらない。あなたの苦痛は、あなたがあなたを理解した時にどこかへ飛んでゆくはず。……ぼくがそうだったように」


『…………その光は…………まさか我にも……』





 次の瞬間、瘴気は輝きながらゆっくりと霧散むさんしていった。視界の戻った二人は、はっとして周囲を見渡す。そこには「お疲れさん」と座り込むムンディに、口元をゆるめるノーストがいた。泣きながら抱きついてくるアーリアとヴェリスがいた。鼻の下をこするシムルと、その両肩に手を置き、微笑ほほえむ零子がいた。

お読みいただきありがとうございます。

念のため表明しておきますと、筆者は無宗教です。

神関連の描写もそうですが、表現上の都合で

そうした要素を持ち出しているだけですので、

深読みせずに受け取っていただけますと幸いです。

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