第133話 本命
ムンディが漆黒の霧を纏った。
外側の黒と同質の禍々しさを帯び、視る者の精神を蝕む魔の深淵。
《この"はざま"では、誰でも平等にこういうもんが視えちまう。黒いモヤだけならまだしも、これのドス黒さは洒落にならないぜ? 悪いことは言わない。兄ちゃんたち以外は離れて、そっぽでも向いてな》
「!」
箱舟でこっそり佳果とウーの会話を聞いていたアーリアは、瘴気がどれほど危険な汚染物質なのかを把握していた。彼女は振り返ると、零子とヴェリス、シムルに避難をうながす。
「……みなさん、ここは彼の助言に従いましょう」
「で、でも姉ちゃん!」
「先ほどムンディさんは、こちらの適性をみるためにわざと負けてくださいました。そして現在、わざわざ最後の警告をしていただいている――シムルくんなら、この意味がわかるはずですわね?」
「っ……うん。魔神様にその気があれば、おれ達はとっくに死んでたってことだろ。んでもって、それは今この瞬間も続いている」
無言で肯定するアーリアに、シムルはきつく目を閉じた。
「兄ちゃんたちが心配だ。けどおれには……絶対にヴェリスを守るって誓いもある」
「それはわたしも同じだよ、シムル」
「……なら、今はお二人とムンディさんを信じましょう。ここにきて戦力外通告は悔しいですけど、あたし達はせめて……祈りを捧げて応援しなくては」
後ろ髪を引かれる思いのなか、四人はうなずいてその場から離れた。残った佳果と楓也は、脂汗をかきつつも対峙を続ける。その後ろで、ノーストが宙に浮かびながら言った。
「陽だまりの風がここへ来たのは、吾らを否定せず……その愛の光をもって、共存の道を模索してくれたからに他ならぬ。……ともに答えを見つけようというアーリアの言葉。吾はうぬらの勝利を見届けることで、その真意を魂に刻むつもりだ。どうか健闘を」
「……へっ! こりゃあ、しくじれねぇな楓也」
「もちろん! ぼくたちはまだ何も成せていないんだ。こんなところで立ち止まってる暇はないよ!」
《意気やよしって感じだな。じゃ、そろそろいくぞ》
刹那、大量の瘴気が彼らを覆い尽くす。
その光景を眺め、ムンディは思った。
(俺様は腐っても魔神。ここに至ったあんたらの魂が十分に成長していなかったり、もし対策を怠ったっていれば……初撃で殺していたところだ。それにしても、この拭えない因果の違和感。おおかた黒龍あたりの仕業なんだろうけど、こっちのほうが本命ルートだよな? ったく、上は何を考えてんのかねえ)
◇
東使組の親父さんを救ったあの時、佳果は負の感情の濁流に飲まれた末、楓也に絆のひかりをもらい、夕鈴への想いをちからに変えることで九死に一生を得た。しかし今回の相手はさらにおぞましいマイナスエネルギーである"世界悪意"。最初から全力で臨まなければ、為す術もなく敗北を喫するだろう。
佳果は熱き想いで魂の振動を最大限に高め、心にホワイトホールを形成する。楓也は逆に、演技による世界悪意との同調を図り、魂の振動を最低限にとどめて闇を欺いた。どちらも魔に侵された上で発揮される"真の勇気"だ。
(……あれ? なんか前と比べて、さらにあったけぇ気がすんな)
(はざまだと良い意味で補正がかかるのかな? ……よし、これならなんとか狂気に染まらず済みそうだ)
二人は瘴気に阻まれ孤立を強いられたが、感じていることは同じだった。このまま第二関門を突破して、ノーストを魔境に送り届けてみせる――今はそれだけに集中すればいい。みなぎる決意を胸に、彼らは流れ込んでくる凝縮された負の感情に抗った。
龍神の言っていた"滅びる未来"は回避できたようです。
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