第132話 進みたくば
「愛の光を……?」
ノーストはそれ以上の言葉を紡がず、俯いて考え込んだ。
今の話で俄然、魔に関わるものたちの相関図が明らかになりつつある。しかしまだ全ての疑問が解消されたわけではない。楓也は情報を整理するため、不透明な点についてムンディに確認した。
「すみません。魔人や魔物を送り込むってところなんですけど……そもそも彼らは、ムンディさんが生み出した存在なんですか?」
《いや、それについては別の魔神が担ってる》
「!」
《……なんでそんな仕事があるんだって顔してんなあ、ノースト》
「ッ……当たり前だ! このような呪われた宿命……吾らがどれほど……」
沸き立つ感情を抑え、目を伏せるノースト。彼がこれまで味わってきたであろう、数多の苦悩や葛藤。その誇り高き自責の念は、愛から出発しているものだと陽だまりの風はよく知っていた。ヴェリスは悲しそうな表情で、自分のお茶を差し出す。
「これあげる。元気だして」
「……すまぬ、取り乱した。ありがたく頂こう」
そう言って彼はもらった茶を一気に飲み干す。
二人のやり取りを見つめるムンディは、心なしか嬉しそうだった。
《ま、望みもしない生を押しつけた親に憎悪する気持ちはわかるぜ。けどあんたらが生まれた理由は、そう悲嘆に暮れるほど無常なもんでもない。……二つともな》
「二つ、だと?」
《ああ。一つは瘴気の消費。あんたらの誕生に際して、魔神は大量のエネルギーを必要とする。つまりキャパを超えて変質しちまった負の感情をごっそり使うから、そんだけでも生命たちは、全滅のリスクから遠ざかることができるわけだ》
(……ノーストさんたちが生まれたことで、俺たちは間接的に助けられていた部分もあるって意味か)
もしそうだと知れば、自らを"無用の産物"と称したあの魔物も少しは浮かばれるのだろうか。佳果がそんなことをぼんやり考えていると、横から楓也が質問した。
「ムンディさん。もうひとついいですか」
《なんだ楓也ボーイ》
「なぜ負の感情が溜まりすぎると、生命が滅びるんでしょう? 一定量までは魔獣になって、瘴気化した後は適宜ムンディさんたちが制御してるんですよね?」
《あ~それか。実は俺様でも対処できない事象があんのよ》
「事象?」
《……天災だ》
「!?」
一同に激震が走る。
ムンディいわく、天災の要因は本来多岐にわたるそうだ。しかし、とりわけ負の感情が氾濫している場合に限っては、それが元凶となり致命的な規模の災害が多発するようになるという。
《最悪、隕石が降ってきてジ・エンド。でも残念ながら、天災や宇宙関連は俺様の管轄外でな。もっと上のほうがやりくりしてるから、手出しできないのさ》
「え、ムンディさんよりも上の存在がいるんですか!?」
《おう。まあどこの次元も大体そんなもんだぜ。……話を戻すが。あんたらが生まれた二つ目の理由は言わずもがな、俺様の手伝いだ》
「先ほど言っていた、愛の光の誘発というやつか?」
《そーゆーこと。これに関しちゃ当事者が一番よくわかってるはずだろ。この場のメンツが引き合った結果、いま何が起きている?》
「……魔境入りとフィラクタリウム普及計画――わたくしたちは手を取り合い、この二兎を追って平和を実現しようとしておりますわね」
アーリアの言葉にムンディはこくりと頷いた。
《魔人ノースト率いる魔物の軍勢と、陽だまりの風の邂逅。得られるのは、かけがえのない愛の光が世界をつつみ、現在パンクしかけてる負の感情が浄化され、あるべき均衡を取り戻し、秩序が維持される未来。……前のガキンチョたちもよくやってたとは思うぜ? ただ、魔除けの計画までは辿り着けなかった。それだけのことだ》
ムンディは「さてと」と言って立ち上がった。
《説明はこれで終わり。こっからは第二関門といこう》
「は……? おい、急になんだよ」
《あんたらのトラウマと魂のひかり、最初のアレを通して視させてもらったが……耐えられんのはたぶん、兄ちゃんたちだけだろうな》
佳果と楓也を指してそう言い放つムンディ。
取り巻く空気が変わり、再び一同に緊張が走る。
「……ぼくたちは、何に耐えればいいんですか?」
《瘴気――俺様が扱うエネルギーだ。これをパスできないようじゃ、最終関門であるあそこを開けたところで、ノースト以外は全員死ぬぞ》
「!!」
門をバックに、両手を短パンのポケットへ突っ込むムンディ。
威厳のなかったアロハシャツも、今は恐ろしく感じられる。
《"世界悪意"に打ち克ってみせろ。ハッピーエンドが見たけりゃな》
魔神界隈も一枚岩ではないようです。
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