第130話 第二形態
「ま、魔神だぁ……!?」
深刻な顔で驚く佳果。龍神に会った経験のある彼にとって、その類が存在していること自体に疑いはない。ただ心のどこかで、神とは清く厳粛で、自分たちに対して好意的な存在と考えている節があった。
しかしこのドクロがノーストの説明に違わぬ魔の神――奥魔の総本山である場合、少なくとも人間にとって手に余る脅威なのは事実。なぜなら人間は外側の黒を感知する術を持たない。その上、佳果や零子、依帖の前例があるように、それらは時として生殺与奪を発揮し得るほどの干渉性をもって、世界に悪影響を及ぼすことがあるからだ。
ならば、諸悪の根源である可能性を持つ以上、たとえ魔境入りという本懐を後回しにしてでもこの門番を捨て置くわけにはいかないだろう。楓也は静かに倒れているドクロを見て、ごくりと固唾を呑む。
「……待ってください。今の話が本当だとして……じゃあぼくたちは、仮にも神様である存在をコテンパンにしたと? そんな下克上、あり得ないんじゃ……」
「――そう、あり得ぬ。問題はそこにつきる」
ドクロの骨に触れながらそう断言するノーストに、全員が緊迫する。真意を確かめる意図を兼ね、ヴェリスが尋ねた。
「ノースト。さっき何か吸収してたよね?」
「ああ、無尽蔵ともいえる魔のエネルギーを奪い、全回復させてもらった。ちなみにうぬらが魔法へ利用しているのもそちらの方だ。そしてそのエネルギーは、纏っていたモヤの方ではなく……此奴自身が有するもの。現に、依然として供給は途絶えておらぬ。このようにな」
オーラが消えているにもかかわらず、ノーストへしゅるしゅると取り込まれる黒の流動。それを見て佳果は"まさか"と直感を働かせた。ここまでの話を総括すると、魔神であるこのドクロが眼前に伏している理由が見つからない。つまり現在の沈黙はあくまで偽りの――そう思った瞬間だった。
《やっと気づいたな》
闇の暴走とともにドクロがゆらゆらと起き上がり、その姿を変えてゆく。一同はバックジャンプで一気に距離をとり、様子をうかがった。すると人型の骸骨になった魔神は、なぜかアロハシャツに短パンというラフな姿を象った。あまりにもTPOをわきまえないその容姿に、全員の時が止まる。ノーストは呆れて言った。
「話す気になったのかと思えば……ふざけているのか? それともお得意の精神攻撃でもしているつもりか」
《え、なんでだよ。かっこいいだろこれ》
魔神がくるりと一周し、羽織ったシャツの裾をふわりと広げてみせる。
陽だまりの風は混乱した。
(あいつ、さっきまで戦ってたやつ……だよな?)
(骸骨がオシャレを……じゃなくて! あれは魔神だ、惑わされるな!)
急激な雰囲気の変化にペースを狂わされる佳果と楓也。
ヴェリスとシムルも同じく、変な汗をかいている。
(かっこいい?)
(くっ、これも油断を誘うための策略ってか!?)
いっぽう同方向に飛んだアーリアと零子は、こそこそと内緒話をしていた。
「なんですかこの状況……! お姉さま、あたしたちはどう立ち回れば……」
「うーん、ノーストさんはもともと話す気でいらっしゃったみたいですし……とりあえずお茶でも淹れてみましょうか?」
(ええっ! お姉さまメンタル強すぎぃ!)
彼らの反応をすべて読み取った魔神は、頭蓋骨をガリガリと掻いて言った。
《ま、警戒されるのは無理もないし、解く必要もない。ただ茶にはちょっと興味あるぜ。姉ちゃん、ぜひ淹れてくれよ》
そう言ってボフンと霧状の床にあぐらをかく魔神。彼は頬杖をつき、唖然とする陽だまりの風を眺めてニヤリと笑った。
《挨拶が遅れたな。俺様はムンディ=マリティア。あんたらが言うように魔神をやってる者だ。……ああ、古じゃ"世界悪意"と呼ばれてた時期もあったっけか》
果たして骸骨に茶は飲めるのか。
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