第121話 エンジンキー
零子の気持ちを汲んで、佳果が質問を重ねる。
ウーは少し、しゅんとした雰囲気で答えた。
「ごめんね~。あのときのヨッちゃんは、無の状態で能動的に魂の信号を発してもらえたから座標を特定できたんだけど……マーちゃんは吾輩たちのこと知らないだろうし、繋がるのは無理だと思う」
「む……じゃ、事故のあった山へ俺が訪れて、零気を使うのはどうだ? そうすりゃ本人と繋がれなくても、おおよその場所自体はわかるだろ」
「うん。でもね、マーちゃんの魂が本当に囚われているのだとしたら……結局、その周辺にはいないはずだよ」
「なんで」
「肉体を失った魂は通常、一定時間が経過するとあるべき場所に還ってゆくんだ。けれど状況によっては死んだ場所に留まり続けたり、どこか遠くへ行っちゃったりすることもある。今回レイちゃんの言っていた顛末を聞く限り……マーちゃんは後者の可能性が極めて高いからね」
「彼はもうあの山にはいない、ということですか? なら一体どこへ……」
零子が胸の前で両手の指を絡め、不安そうな表情を浮かべる。ウーは元の粒子状に戻って彼女を優しく包み込むと、補足を行った。
「あなたの手を弾いたという黒い霧――それがもし奥魔だったとしたら、まったく別の次元にいると考えたほうがいいかも」
「別の次元……?」
「そそ。といっても現段階ではまだ憶測の域を出ないし……諸々の確認も兼ねて、ヨッちゃんが出張するのは吾輩も賛成! その時は零気を通して、痕跡とか詳しく調べてあげるよ」
「! 本当ですか!」
一転して笑顔を取り戻す零子。これで彼女は、大きく前へ進むことができるかもしれない。佳果も満足気に頷いた。
「よかったな零子さん。そしたら後で、日取りを決めるとするか」
「ええ、ありがとうございます佳果さん!」
「はーい先生」
「ん、なんだよアーリアさん」
「その際なんですが、わたくしも同伴してはダメでしょうか」
「へっ? お姉さまも来てくださるのですか!」
「もちろん! こう見えて佳果さんはまだ高校生ですから……実質、保護者として連れ立つかたちになりますわね。楓也ちゃんもいかがでしょう? 旅費はわたくしが持ちますわ」
「そ、それはさすがに悪い気が……」
「うふふ、遠慮しないでください。いい機会ですし、みんなで顔合わせできたらとっても嬉しいのですけれど」
こうしてアーリアの厚意により、最終的に四人は後日、現実世界でオフ会をする約束を取りつけた。シムルが頭の後ろで手を組み、残念そうに零す。
「ちぇー、おれも行きたかったなぁ」
「こらシムル、駄々をこねても仕方ないでしょう?」
「そうだけどさ、母ちゃんだって気になるだろ? 向こうの世界のこと」
「う、それは……」
「……大丈夫。わたしたちには、おばあちゃんに貰ったこの勲章があるから」
おもむろにヴェリスがアスター王国の勲章を取り出す。確かにこれさえあれば、同行できずとも佳果たちの見ている景色を鮮明に共有することが可能だ。「その手があったか!」と喜ぶシムルの横で、ナノは物珍しそうに勲章を見つめていた。
「よし。ともあれ、これで後顧の憂いはなくなったわけだね? じゃあそろそろ魔境に向かおうか!」
◇
近くの荒野まで来た一同は、法界の箱舟をつくり始める。
まずはウーが立方体の巨大な箱に変化した。各面には不可思議な模様や文字が見受けられるが、一面だけÜのままである。佳果は彼の呑気な顔を見上げつつ、手順に従って設計図を"使用"する。
「……? 何も起きね―ぞ」
「内側が変わったよ~。さっそく乗ってみて」
ウーの口がひっくり返り、∩のかたちになって横に開く。どうやらここから中へ入れるらしい。「いやどんな仕組みだよ」とつっこむ佳果に続いて、全員が乗船する。内部はたいへんシンプルで、左右に台座が二つと、中央奥に謎のくぼみがあるだけだ。
「とりあえず、台座にはフィラクタリウムと夜の水月をセットすりゃいいんだよな」
「だね。じゃあさっそく、水月はこっちに嵌めてと……外のフィラクタリウムは、悪いんだけどシムル、またお願いできる?」
「任せてくれ」
楓也の言葉に張り切るシムル。鉱物を扱う際の佳果たちはやはり現実世界の身体能力が適用されてしまう仕様のようで、その影響がない彼の存在は非常にありがたい。軽々と運び入れられた荷台から、そびえ立つようなフィラクタリウムが無事、台座へと下ろされる。これで完了かと思いきや、ウーが注文をつけた。
「あ、ほんの少しだけフィラクタリウムのエネルギーが強いかな。夜の水月とのパワーバランスが大事だから、シーちゃんちょっとずつ削ってみて~」
「あいよっと」
指示に従ってシムルが丁寧に微調整を繰り返すと、徐々に均衡がとれてゆく。やがてウーのOKが出た瞬間、一同は周りの空気が澄みわたるのを感じた。同時に、なぜかノスタルジックな気持ちが込み上げてくる。
「今、吾輩たちはどっちつかずの存在になったんだ。これぞ原点回帰だね」
「原点……? どういう意味でしょう」
「やめておけ。此奴が妙な示唆をしたときは、追及しようともはぐらかされると相場が決まっているからな」
呆れ顔で諭すノーストに、零子は苦笑した。
それをよそに、ウーの最終アナウンスが鳴り響く。
「さーて、これで次元間の行き来ができるようになった! あとはエンジンの起動だけ――ヨッちゃん、いっちょキーの差し込みをよろしく頼むよ~!」
「!?」
「……ウー、佳果こまってるよ」
「エンジンキーが必要ですの……? わたくしたち、そのようなものは手に入れておりませんが……」
「へへっ! くぼみの形に見覚えはない?」
「……あの真ん中にあるやつだよな」
佳果がすたすたと近づいてゆく。はたして、キーの正体が判明した。
「なるほど。"太陽の雫"を使うわけか」
昨今ではわりと普通に耳にするようになったオフ会ですが、
筆者も過去、創作仲間で集まる機会が何度かありました。
初対面なのに知っているという独特の感覚……面白かったですね。
※いつもお読みいただきまして
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