第115話 ガールズトーク
一方、アーリアと零子はラムスの村の工房を借りて"加工"の熟練度上げに勤しんでいた。手順としては、まず採掘場から運びこまれた多種多様な原石を、町中でのみ表示できる専用ウィンドウ上から"切削"を選択し、その場に出現する専用の道具を使って実際にカットを行う。これは原石の"アイテム化"を目的とした作業だ。
アイテム化されていない原石はインベントリに入らず、その他の工程である洗浄や研磨、石留めなどの際に素材に指定することもできない。よって手間は掛かるものの、切削は"加工"における最初の関門といえよう。
なお全てのプロセスが終了すると、最後に"製作"が選択できるようになる。ここまで漕ぎ着ければ加工者は熟練度に応じて様々なアクセサリーを作れるのだが――今回の計画で用意するのはあくまでも魔除けだ。つまり万人に装備しやすい形をしている必要があるため、陽だまりの風は事前にペンダント型を作るということで合意している。しかしペンダント型は熟練度が最大値に達していなければ製作できない仕様のようで、彼女らは現在、必死に練習を重ねている最中だった。
予想を超える重労働に、零子が汗を拭って一息つく。
「ふう……今はまだ全体的にアナログな作業ばかりで大変ですけど、このまま熟練度を上げてゆけば、そのうち全自動化や大量生産も可能になるんですよね?」
「ええ。お料理のときもそうだったのですが、板についてくると一気に世界が変わるはずですわ。千里の道も一歩から――みなさんのためにも、二人で根気よくがんばっていきましょう!」
「はい、お姉さま!」
「……あの~、おふたりとも」
不意に入り口の方から声がする。振り返ると、そこにはシムルの母であるナノが立っていた。彼女は芳ばしい香りの漂う焼き立てのクッキーが乗った皿を抱えて、優しく微笑んでいる。
「もう何時間もやられているようですし、そろそろ休憩されてはいかがでしょうか? これ、つまらないものですけど……差し入れです」
「まあ! もしやナノさんお手製ですの? なんたる至福……!」
「やたー! あたし、ちょうど甘いものが食べたいと思っていたんです! ありがとうございますナノさん!」
「ふふ、よかった。ではあちらでティーブレイクとまいりましょう」
◇
三人は空いていた大きめのテーブルを使って、ナノ特性のクッキーと紅茶を堪能しながら暫し雑談に興じた。
「ところで、お姉さまは誰かイイ人とかいないんですか?」
「おや、さっそくきましたわね。……もちろんナイショです♪」
「ええ~気になりますぅ!」
「アーリアさんのパートナーですか……なんというか、あまり想像ができませんね」
「え、ちょっとナノさん、何気にひどくありません!?」
「うふふ、もちろんそういう意味ではなくて……アーリアさんってとても達観しておられますし、一人でなんでもできちゃいそうですから」
「あ、それわかります! お姉さまといると理由もなく"大丈夫だ"って思えるというか、心の底から安心できるというか……うーん、こんな素敵な女性を口説けるような殿方かぁ。確かに想像できないかも」
「も、もう! 二人してからかわないでください……嬉しいですけれど、急に持ち上げられると照れてしまいますわ」
両手で頬を覆って蒸気するアーリア。普段凛としている彼女とのギャップのせいだろうか、二人はなぜか背徳的な気分に襲われた。慌てて零子がターゲットを切り替える。
「ナ、ナノさんは最近、ゼイアさんとどうなんですか? 結婚すると色々あると思うんですけど、もし夫婦仲を保つ秘訣とかあれば、ぜひ教えて欲しいです!」
「わたしと旦那ですか……? あの人はこどもの頃からああいう感じで……お互い好き合っていたらこうなったものですから、今も昔も、お互いこれといった気持ちの変化はないような気がします。なので秘訣とかも特に……ごめんなさい零子さん」
(つよい)
(おしどり夫婦なんですのね♡)
アーリアは如何せん器量が突き抜けていて参考にならず、ナノも純愛すぎて野暮なことを聞くのが失礼な気がしてきた。零子はくいっと紅茶を飲み、「うらやましいなぁ……」と小さくつぶやく。その様子に、二人は顔を見合わせた。
「零子ちゃん、もしかして何かお悩みが?」
「わたしたちでよければ相談に乗りますよ!」
「えっ? ああ、いやその……あたしはお二人と比べたら、そもそもスタートラインにすら立ててないって感じというか……」
「?」
「……あの、やっぱりこの話やめません? あたしなんかよりも、お二人の徳あるエピソードを聞いたほうが何かと――」
「零子さん。わたしたち、そんなに頼りないでしょうか」
「へ?」
「そうですわ。あなたが話しづらいと感じるなら、無理強いするつもりはありませんけれど……わたくしもナノさんも、あなたの味方です。話すと楽になるかもしれませんし、よろしければ詳しく聞かせていただけませんか?」
「……でも、聞いたらきっと……せっかくの楽しい時間を台無しにしてしまいますよ? 本当にいいんですか?」
少し真剣な顔になって、大きく頷く二人。
その優しさに根負けしたのか、あるいはこの流れになるのを心のどこかで待ち望んでいたのか――零子がぽつりと話し始める。
「あたしの彼氏、事故で亡くなってるんです」
知られざる零子の過去。
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