第110話 金色の雲
「せい! やっ!」
アスター城下町の郊外。以前にも佳果と訓練を行ったこの場所で、シムルとヴェリスは組み手を開始した。ややレベルの上がった彼女の繰り出す攻撃はマイオレムの補正と相まって、並の使い手では目で追えないほどの速度に達している。
手心を加えていたとはいえ、あのノーストにも引けを取らぬ鋭い連撃――シムルは時折何発か喰らいつつ、受け流しと回避に専念する。やがてテントーマを行使した彼は、ゾーンへ至るための変性意識へと近づいていった。
(もうちょっとで切り替わりそうだ……にしても、体格差のアドバンテージが馬鹿にならないな。これじゃ本当に守られる側になっちゃうぞ……)
エリア移動にともなって成長したヴェリスは、心身ともにまた数歩先のステージへ行ってしまったような気がする。一時はならんだ肩が遠のき、シムルは彼女と最初に出会ったときにも感じた、手を伸ばしても届かないもどかしさを思い出す。
(……へへ。でもそれは、お前がおれを助けるための距離なんだって今はもうわかっているつもりだぜ。なら、おれは自分にできることをしてその恩に報いるだけだ)
「!」
シムルのオーラがオレンジ色に変わる。ゾーンに入った合図である。
ヴェリスは戦闘態勢を解き、彼と目を合わせて超感覚の制御状態に入った。ここからは、事前の打ち合わせどおりに進めてゆく。
(まずはいつもどおり、わたしとシムルの魂の光を重ねて……)
彼の光をたべることで、次第に視えてくるのは世界の光。あの太陽にも似たあたたかさに当てられると、同時に視界の端でうごめいている外側の黒たちに対する恐怖心がきれいさっぱりなくなる。ヴェリスは深い安らぎにたゆたいながら、ほろ酔い気分で主目的を再確認した。
(今回はあれとつながるんじゃなくて、なかを探索するんだよね)
城でシムルが切り出した"考え"――それは、世界の光とはどういう存在なのかを改めて調査することだった。彼は何かを確信しているような表情でその提案を持ちかけてきたのだが、果たして。
意識体となったヴェリスは、燦然と輝く世界の光に目を細めつつ、中心部へ向かってどんどん飛んでいった。そうしてお互いの光が融和した直後、気づけば辺りには金色の雲がたちこめる美しい空間が広がっている。
「わあ……!」
「……ヴェリスさん?」
絶景に感動しているさなか、不意に背後から声がする。振り返ると、そこにはチャロが浮かんでいた。彼女と会うのは依帖の件で昏睡させられた際、心のなかで勲章を貸して以来だ。
「チャロ! どうしてこんなところに?」
「それはわたしのセリフです……と言いたいところではありますが。遅かれ早かれ、あなたがここへ辿り着くことはわかっていたのも事実です」
「??」
夕鈴の顔でほほえむ彼女は、ヴェリスの手をひいて「どうぞこちらに」と空の旅へ連れ出す。そしてまもなく到着したのは雲間のある場所だった。チャロはその切れ目から、下を覗いてみるよう彼女に促した。
チャロさんみっけ!
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