第109話 女王の風格
「女王陛下、それはまことですか……!」
サブリナをはじめとして、一同に激震が走った。人々の負の感情から魔獣が発生しているのならば、悪徳を煽る可能性をはらんだ本計画を実行するのは本末転倒である。魔除けを広めるなかで魔が増えてしまっては、根本的な矛盾が生じるからだ。
「ええ。私はかつて……長い旅路の果てにその真実へ辿り着きました。しかし負の感情そのものをなくすことはできません。人間という在りかたにとって、感情とは正負にかかわらず切っても切れないもの――ゆえに、魔獣の存在を一概に否定することもできません」
(……そうだったのか。でも、じゃあノーストさんたちみたいな魔人や魔物が別にいる理由はなんなんだ? 精霊様は生まれる前の記憶がどうとか言ってたけど……)
さながら楓也のように思案するシムル。その横顔をちらりと見て、ヴェリスが彼の心情を推し量っている。フルーカは二人の成長に目を細めながら続けた。
「だからこそ……我々人間に必要なのは、ときに降りかかる彼らの火の粉を祓う光。その意味で、サブリナにはいつも助けられていますね。本当にありがとう」
「はっ。勿体なきお言葉」
「うふふ。ただ、今回あなたがたが発案されたフィラクタリウムの普及計画――私はこれが成就した暁に、今までとはまた違った光が世界に差し込むような気がしてなりません。……新しい試みに障害はつきものです。何か良い方法がないか、もう少し議論を重ねてみましょう」
優しくほほえむフルーカ。民の声を聞き届け、話し合いの席を用意し、本質的な問題提起を行った上で、ともに歩むための方法を模索しようとする。その親身な姿勢と人柄は、彼女の器を物語っていた。
「がっはは、さすが女王様だ! プリーヴの旦那。今の話を踏まえて、どうにか突破口をつくれねぇか考えてみようぜ」
「はい。手前も俄然、燃えてまいりましたぞ!」
「では私も一度、調べ物をしてまいります。数時間をおいてからまた会議を開きますので、それまでは自由行動としましょう。ヴェリスちゃん、シムルくん。隣の部屋にお菓子があるので、よかったら食べてね。ベッドやソファもあるから、お昼寝していても大丈夫ですよ」
「わ、ありがとうおばあちゃん!」
「ありがとうございます!」
◇
別室に移動した二人は、美味しい菓子を堪能する。大人たちは広間のほうで休憩しつつ、引き続き作戦を練っているようだ。せっかく二人きりになれた状況ではあるのだが、シムルの頭は先ほどの議論でいっぱいになっていた。
「なあヴェリス。女王様が言ってた話だけどさ」
「うん」
「要は、姉ちゃんたちが加工してくれたアクセサリーを迅速かつ効率的に運べればいいんだよな。あとは世界中の人々に、魔除けを頒布している事情を知らせる方法と……既に受け取った人が、欲張ってまた買いに来ちゃったときの対処法を思いつければ」
「わたしにはちょっと難しかったけど、そういうことだと思う」
「……おれに考えがあるんだ。お前の超感覚が必要になるんだが、ちょっと力を借りてもいいか?」
「え? それはかまわないけど……」
「へへ、『どうやってゾーンに入るのか』って? 確かに今は変性意識に誘導してくれる兄ちゃんもノーストさんもいない。でもお前がいるじゃんか」
「わたし?」
「ああ、久しぶりに組み手といこうぜ! 今回は"マイオレム"の出し惜しみもしなくていいからさ!」
お読みいただきありがとうございます。
うろ覚えのかたへ補足しますと
マイオレム=ヴェリスの固有スキルです。
それにしても、お行儀よくしていると忘れがちですが
この二人って闘技場を制した実力者なんですよね。
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