第105話 龍神
ウーが雲のふとんになって、佳果と楓也を包み込んだ。憔悴し、冷え切っていた心身がじんわりとあたたまってゆくのを感じる。助かったのだという安堵の気持ちに弛緩しつつ、佳果は眼前にたたずむ龍へ質問した。
「あんた……龍神なのか?」
《いかにも。汝らがウーと呼んでいる、其処な粒子精霊を遣わした者でもあるな》
「ということは、この龍神様が……主様!?」
『そうだよ~! もう主様! 突然いらっしゃるから驚いてしまいましたぞ!』
《ふふ、すまぬ。そなたも元気そうで何よりだ》
龍神は微笑すると、徐々に小さくなってゆく。まもなく人を象ったその存在は、浮遊して佳果たちのそばまでやってきた。長い黒髪をなびかせ、中性的な顔立ちをしている。
《さて。汝らは見事、魔に侵された上で愛をためらわなかった。今後もその"真の勇気"を忘れさえしなければ……闇を祓う白き光は、その身をまもる盾となろう》
(闇を祓う……そういや、あの黒いモヤたちはどこにいったんだ?)
先ほどホワイトホールから解き放たれた負の感情の群れは、いわば行き場のない数多の無念が連結し、宿主や外界から向かってくる愛をはじいて、取り殺さんとする熾烈な意識の集合体であった。佳果には、それがウーの説明していた"先に進んでいる魂"や奥魔とは異なるように思えたのだが――。
《あれらは、あくまでも人の想念。汝の魂に吸収されたのち、つよき愛の振動に触れて己の在るべき次元を思い出したがゆえ、満を持して旅立っていったのだ。……彼らがさらなる苦痛を強いられるようなことは決してないゆえ、心配せずともよい。汝が成し遂げたのは一方的な払除などではなく、相互的な浄化なのだから》
「! あんた、俺の思考を……!」
《……何を驚く? 心が読めるのは、ウーとて同じだろうに》
「え、そうだったのウー!?」
『へへ、まあね♪』
これまでのモノローグが筒抜けだったという事実にうろたえる佳果と楓也。けろっと笑うウーに二人が肩を落とすなか、龍神は続けた。
《……ただし、此度の浄化は先んじて真の勇気を獲得していた楓也が同室におり、汝を導いたこと。またウーを介して私が支援できる環境が整っていたこと。加えて、黒が奥魔でなく想念だったから辛うじて成立したに過ぎない。本来であれば黒を受け取るなど、自殺行為にも等しい愚行であると心得なさい。仮に御しきれたとしても邪法の類――超感覚の副作用を得たくなければ、次回以降の使用は控えるように》
「なっ……それって夕鈴のことだよな!? 邪法……? あいつはどこで、誰からそのちからをもらったんだ!?」
《……今それについて答えることはできない。だが、私と同じく神々の理から外れている存在に授かったのは間違いない、とだけ言っておこう》
「理から外れて……? あの、どういう意味でしょうか」
『フーちゃん、主様はね。龍神界のなかでも黒龍という立場にあらせられるんだ。ちょっとはみ出したこととかにも融通が利いて……つまり今回みたいなやり方は、主様だからこそなせるわざなのさ!』
いわく、普通の神々であればそもそも人間への干渉自体が原則としてご法度となるらしく、このように対話したりする機会はまずあり得ないのだとか。しかしそうした理が適用されていない黒竜などの一部の存在は、稀に特定の者たちへ助力を行うことがあるそうだ。
《要するに汝らは例外なのだ。なぜ例外なのかは、やはり話すことはできないが……ただ、支援した理由については明かせる。それは近い将来、陽だまりの風が魔境に向かおうとしているからだ》
「魔境? ……じゃあ、もしかしてあんたが俺の魂を一度ひっくりかえしたのは」
《左様。真の勇気は彼の地において生命線となるがゆえ、汝らにはたいへん酷な苦難を強いるかたちとなってしまったが……避けては通れぬ試練として、果敢に立ち向かってもらった次第》
「生命線、といいますと?」
《――陽だまりの風は、彼の地で滅びる未来に向かって進んでいた。私がウーを遣わしたのも、今回試練を与えたのも……すべてはその軌道から逸するための布石だったのだ》
お読みいただき、ありがとうございます。
ただいま佳果と楓也は精神世界で喋っている状況です。
現実世界での時間経過はほとんどありません。
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