第103話 魔をあざむく
(あ、あんたは!?)
佳果の問いには答えず、龍は彼のもつ魂の光を反転させた。さながらブラックホールのごとく、周囲の黒が吸収されてゆく。己の存在が負の感情に塗りつぶされてゆく感覚が絶え間なく続き、佳果は狂気と正気の綱引きを強いられた。
(やめ…………いや、ここで合ってるぞ……まとめてかかってきやがれ!)
彼が精神のなかで闘っている一方、現実では微動だにしない影の塊となった佳果を見て、他の三名が動き始めていた。駆け寄った拓幸は、黒に染まった肩に手をかけて懸命に揺する。
「おい阿岸、大丈夫か!? ……っ! ぐおぉあっ!!」
瞬間、この世のおそろしさを全て凝縮したような死屍累々のフラッシュバックが起こり、拓幸は全身に突き刺さった刃が縦横無尽に動き回る白昼夢を体験した。バチッとはじかれた彼の手は内出血を起こしており、脂汗が止まらない。
繰り広げられる非現実的な状況に、他の二人もまた戦慄している。しかしめぐるはごくりと唾を飲み込むと、据わった目で佳果に近づこうとした。
「こ、今度は自分が……!」
「ッ!! ダメだ坊主!! あれに触れちゃならない!!」
拓幸が全身を震わせながら、めぐるの前に立ちはだかった。その形相は、先の出来事にどれほどの恐怖が伴っていたのかを如実に表していた。壮絶な事態に、彼は涙をうかべて拳を握りしめる。
「でも、このままじゃ佳果くんが!」
「――ぼくが行くよ」
楓也が二人の横を素通りして、すたすたと佳果の元へ向かう。無論、拓幸はその無謀な行為を止めようとするが、一瞬みえた彼の横顔を見て、震えごと時が止まってしまった。
(青波……? お前、なんて目をしてやがる!?)
楓也の瞳がいっさいの光を失い、ぽっかりと穴の空いた様相を呈している。およそ人とは思えない顔つきであるが、彼は以前のように己を手放してこの境地に至ったわけではなかった。
(阿岸君にまとわりついているコレ……彼とウーのエネルギーを飲みこむように動いていた。おそらく愛の光を拒絶する性質をもっているんだろうけど……なら、闇と同化すれば!)
冥土の湖畔にて実践した方法がこの局面でも有効であるとみた楓也は、魂のほとんどが魔と化した自分を呼び出し、佳果への接触を試みた。はたして手がはじかれることはなく――彼もまた、黒の生み出した精神の世界へと誘われてゆく。
お読みいただきありがとうございます。
本日は諸事情で少し短めの回となりました。
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