第102話 スパイラル
「よ、佳果くん!」
めぐるが叫ぶ。みるみるうちに光をまとっていた佳果の身体は黒のモヤで覆われ、直立する人がたの影となった。その内側で、彼はウーと通信を続けている。
(おいウー! どうなってる!)
『……患者さんのほうで愛のエネルギーをブロックしてるみたい。まったく受け取れないわけでもないみたいだけど、このままだと黒の反撃を抑えきれずにヨッちゃんが危なくなるかも』
(ブロックだぁ!? いったいどうして!)
『それが……患者さんのほうで黒を受け入れているようなんだ。おそらく今こうなっているのを彼自身は納得している。……人間にはこんなケースもあるのか』
(……?)
『ヨッちゃん。あなたには二つの選択肢がある。ひとつはこのまま零気を打ち切ること。もうひとつは、黒と同調して患者さんのエネルギーブロックがなぜ起こっているのかを確かめること。前者を選べばあなたに害は及ばないし、世界はこれまでと何も変わらず、プラスもマイナスも発生しない。でも後者を選んだ場合は……あなたにどんな後遺症が残るか、正直わからない』
(…………なんだよそりゃ)
『だよね。見ず知らずの人のために、あなたがそこまでする義理は』
(ああ? なに言ってやがる! んなの実質、二択じゃなくて一択だっつーの!)
『えっ?』
(黒と同調して親父さんを救うに決まってんだろ! やり方は!?)
『ヨッちゃん……! えへへ、それでこそヨッちゃんだ! なら吾輩に向けている意識を、今あなたに被さっているものに移してみて!』
(よっしゃ、わかった!)
佳果はためらわずに黒との同調を開始した。ウーの姿が見えなくなり、記憶と負の感情の洪水が、精神のビジョンへ押し寄せてくる。
◇
ちいさな赤子が、台風の雨風にさらされて死にかけていた。もはや泣く気力もなく、冷たくなってゆく身体。しかし朦朧とする意識のなか、じんわりとあたたかいものが両の頬を包み込む。
「いま助けてやるからな! がんばれ!」
赤子は通りすがりの男に拾われ、一命をとりとめた。それから数年――物心がついた頃にはもう、己が捨て子であったことを彼は深く理解していた。そして親代わりに自分を育ててくれているこの恩人が、世の中にひどく嫌われているということも。
「父ちゃん。僕は、僕だけは父ちゃんの味方だよ」
義理の父である先代の組長は、最期まで養子の彼が暴力団を継ぐことを、どこか不自然なほどつよく反対していた。だが彼自身は拾われた命を、父の意志を貫き通すためだけに使うと予てから決意していたのだ。
「父ちゃんを否定する世の中を、俺が否定してやる」
こうして彼は、先代の掲げた任侠を重んじつつも、修羅の道を突き進んでゆく。現役を退き、組長の座を拓幸に譲った頃にはもう、どれほどの屍を踏み越えてきたのかわからなくなっていた。
「これが報いか……」
ある日、彼は夢を見るようになった。自らを慕ってくれる家族たちの光を、これまで否定してきた人々の放つ闇が、すべて飲みこみ破壊してゆく夢だ。気づけば無数の怨嗟が聞こえるようになり、夢のなかの自分はいつも血まみれで、黒と赤の世界に這いつくばっていた。そしてその姿を、いつも義理の父が悲しそうに見つめているのである。
「父ちゃん……あんたはこれを……俺に背負わせたくなかったのか……」
闇に溶けゆく自我。
狂気に染まるなか、彼はただただ拓幸のことばかり考えていた。
「お前に……これを継がせるわけには……なあ、俺がぜんぶ受けとめるから……だから、どうか拓幸のことは苦しめないでくれよ……」
◇
(!!)
彼の記憶を垣間見た佳果には、黒の粒子のひとつひとつが先代から脈々と積み重なってきた夥しい負の感情であるとすぐに理解できた。同時に、このスパイラルは他でもなく東使組が歩んできた歴史の産物であり、親父さんがそれを一身に引き受けて拓幸たちを守ろうとしている事実も明らかとなった。
(俺たちが送っているエネルギーをブロックしてんのは……みんなを守るためだったのか。だが……)
佳果は直感的に、彼の背負っているこれらの黒は、いま視えている規模よりもはるかに多いと確信した。なぜならひとつの魂がまとえる光や魔の量には限度があると思ったからだ。仮に彼が死んでも、おそらく拓幸への継承は避けられない。またこの場の黒をすべて処理できたとして、次から次へと新たな闇が襲いかかってくるだろう。
(……それでも!)
なぜかノーストや魔物たちの顔が浮かんでくる。ここで親父さんを救えぬ自分に、彼らを導ける道理などあろうか――それに、彼女ならば絶対にこうするはずだ。
(誰でもいい! 俺にちからを貸してくれ! あんとき夕鈴がしてくれたように……俺もこのじいさんから黒を受け取ってやりてぇんだ! 頼む!)
刹那、こころのなかで佳果の後ろに巨大な何かが出現した。それはどう見ても龍を象った存在であった。
《汝の愛、確かに聞き届けた》
お読みいただきありがとうございます。
抑止力の陰にひそむもの。
どこか、第24話でダクシスが放った世迷い言を思い出します。
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