第3話 友達
「おい、あいつC組の阿岸だろ」
「なんで朝から学校きてんだ……」
普通に登校しているだけで白い目を向けられる青年、阿岸佳果は学校一の不良で名が通っていた。彼はまわりの視線を気にすることなく、あくびしながら廊下を歩き、教室に到着したところである。
ガラガラとドアを開けた瞬間、室内が静まりかえった。しかし佳果がどっかりと自席につくと、すぐに元の喧騒へと戻る。
「今日は一波乱ありそうだな?」
「いや明日雪降るパターンだろ」
「やっぱちょっとカッコよくない?」
「えー趣味わるいよぉ」
好き放題に言われているが、眠くて仕方のない彼の耳には、どれも等しく雑音にしか聞こえなかった。
(ねみぃ~……半日は寝たってのに、なんでまだ寝足りないんだ)
昨日、佳果はVRMMOゲーム『アスターソウル』をプレイし、夕鈴の姿をしたAIからゲームクリアを目指すように言われた。だが帰宅後、なぜか無性に疲れた彼はすぐ布団へ入り、今朝の登校へ備えることにしたのだ。
(あいつはまだいないのか……っと、ちょうど来たようだな)
教室に小柄で童顔の男子生徒が入ってくる。深緑の丸い目をした彼の名は青波楓也。耳にかかるくらいのオレンジブラウンの髪が、エアリーに躍動している。清潔感があって人当たりもよい彼は、男女問わず人気のある好青年。登場したそばから、みんなに笑顔であいさつしている。
「おはよ~! (……ってあれ、阿岸君?)」
佳果はサムズアップした右手の親指を廊下のほうへ向け、アイコンタクトして出て行った。意図を察した楓也も、カバンを置いて小走りで追いかける。
「どうしたの、珍しいね」
「あー、ちっとばかし、お前に用があってな」
「用?」
「おう。今日の昼、空いてるか」
「うん、大丈夫だよ」
「そりゃよかった。じゃ、あそこで待ってるから頼むわ」
そう言って教室に戻ろうとする佳果。
「え? もしかしてそれを言うために朝から来たの?」
「……そうだよ。お前いつも忙しそうにしてるから、こうでもしねえと捕まんないだろ」
「そんなことはないけど……」
「とにかく、よろしく」
彼は眠たそうに、のそりと席へ帰ってゆく。
(わざわざアポとるなんて律儀だなぁ阿岸君。……よし、今日は購買で美味しいパンを買っていってあげよう!)
ガッツポーズをしている楓也を見て、こっそり覗いていた女子たちが黄色い声を上げた。
◇
午前の授業が終わり、昼休憩の時間。佳果は校舎の中庭に来ていた。花壇がたくさんあり、色とりどりの花々が生き生きと咲いている。それをベンチに腰掛けて眺めていると、楓也が現れた。
「お待たせ。阿岸君、どうせプロテインバーしか持ってないんでしょ? これどうぞ」
「ん? ……おっ! これ、うまいって噂の焼きそばパンじゃん!」
「そうそう。実はさっき人から貰ったんだけどさ、ぼく今日お弁当もあるから困っちゃってて」
「お前すげーな。歩いてるだけで飯が寄ってくんのかよ」
「その言い方はどうだろう……とにかく、遠慮しないで食べて」
「サンキュー! いただきます!」
がつがつと焼きそばパンを食べる彼を横目に、楓也も弁当箱を開けて食事を始めた。頬をなでる春の風が心地よく、柔らかな日差しがあたたかい。
「……君に助けられた日から、もう一年経ったんだね」
「そうだっけか?」
「うん。去年、君が守ってくれた花たちは今年も元気だよ」
「みたいだな」
高校一年生の四月。入学したての楓也は入る部活に迷っていたが、最終的に園芸部に決めた。その後、懸命に植物の世話をする彼の姿は多くの生徒を魅了し、すこぶる人気を博すようになっていった。
一方、それをよく思わない連中もいたらしく――ある時、彼の担当している花壇が荒らされそうになったことがあった。そこへ助太刀に入ったのが、他でもない佳果だった。
「むかしは花なんて、これっぽっちも良さがわからなかったのによ。お前が毎日世話してるの見てたら、そういうのも悪くねぇって思うようになってた」
「はは、ありがとう。阿岸君、あのころはちゃんと学校来てたもんね。……途中から、あんまり来なくなっちゃったけど」
「…………」
「ねぇ、あの時期なにがあったの?」
「それは……」
佳果の顔が露骨に曇ったため、楓也は「ごめん」と言って仕切り直した。
「ところで、ぼくに用があったんでしょ?」
「ん、ああそうだ。お前『アスターソウル』って知ってるか?」
「……驚いた。君の口からその名前が出てくるなんて」
「お、やっぱゲーム好きなら知っててトーゼンってところか」
「うん。でもまあ、普段やらない人でも存在くらいは知ってると思うけどね。色々とすごいゲームだから」
「すごい?」
「まず、プログラムが異次元レベルで高度なんだ。元は出どころ不明のフリーゲームで、VRデバイスさえあれば誰でもインストールできたから、当時は一部の界隈で爆発的に流行ったんだけど。1ヶ月足らずで配布元のサーバーがダウンしちゃってさ」
「フリーゲーム? どっかでくっそ高えって聞いたが、ありゃパチ情報だったのか」
「いや、高いよ? コピーだと、プロテクトが掛かって起動できないらしくてね。配布が途絶えて以降は、その1ヶ月足らずの間にオリジナルをインストールしたVRデバイスでしか、実質プレイできなくなってしまったから」
「ん~~~、つまりあれか、プレミア的な?」
「だね。数年経った今だと、どんなに安くても100万円以上はすると思うよ」
「ひゃく……はぁ!?」
一つのゲームが100万円超え。まんねん貧乏の佳果には理解できない世界だった。しかし逆にいえば、夕鈴の両親がそれほど娘を想っていたと解釈することもできよう。デバイスを貰い受けたという事の重大さが、全身に染み渡ってゆく。
「あれ、やべぇ物だとは思っていたが……まさかそこまでとは」
「? もしかして阿岸君……」
「おう、実は昨日な。ある筋からゆずってもらったんだ」
「え、ア、アスターソウルを!?」
「ああ。んで、色々あって今日からクリアを目指そうと思ってる」
「うわぁ、すごいすごい!!」
楓也のテンションが急上昇する。とても嬉しそうな表情だ。
「? なんだ、ひょっとして欲しかったクチか? よかったら放課後にでも見せてやるが……」
「違う違う、ぼくも持ってるんだよ、アスターソウル!」
「な……マジで!?」
「うん、ぼくはオリジナルの配布時にリアタイしてたからね」
「ってことは、もう結構やり込んでたりするのか?」
「ふっふっふ、帰ったら毎日やってるくらいには!」
佳果は内心、歓喜した。スマホなど、情報を調べる媒体をまったく持っていない彼は、このゲームについてもう少し知ってからプレイするべきだと考えた。そこで、ゲーマーの楓也であれば何か話を聞けると思って登校してきたのである。
幸い、彼は予想以上にゲームに詳しいようだ。しかも既プレイヤーということで、これなら具体的なアドバイスも受けられるはず。何より、一緒にクリアを目指すことだって可能だ。
「そうか……お前に聞いてみて正解だったな」
「えへへ! 阿岸君はもうログインしてみたの?」
「したぜ。チュートリアルってのだけは終わらせた」
「となると、最初の町へ飛ぶところかな……」
「そういや選択肢が出てたな。ちなみに、その町ってどんな感じなんだ?」
「んとね、親切なプレイヤーがたくさんいるよ。まずはそこで、"ベラーター"という職業の人に冒険の準備を手伝ってもらうんだ。初心者支援団体の人たちなんだけど」
「げっ、なんか堅苦しそうな響きだな……俺、そういうの苦手なんだが」
「ははは、でも心配は要らないと思うよ。それこそ、押垂さんみたいな雰囲気の人しかいないし」
「あいつみたいな? ……お人好しの世間知らずばっかなわけか。まあ、そんくらいノンキな町なら大丈夫かもな」
「……押垂さんが聞いたら怒るよ? きっと」
「ちげーねえ」
笑い合う二人。おぼろ雲がゆったりと浮かんでいる。
食事を終えたところで、予鈴の音が響きわたる。そろそろ、午後の授業が始まる時刻だ。
「さてと。俺はここでエスケープさせてもらうが、楓也。よかったら今晩ゲームで会おうぜ」
「おっけー! でも、合流できるタイミングは最初の町を出て以降になるから、できたらそこまで進めておいて欲しいな」
「なるほど、了解した」
「ちなみにニックネームは?」
「なんだったか。……ああ、ローマ字で"YOSHIKA"って入力したぜ」
「そのままにしたんだね。ぼくは"もぷ太"って名前だよ。ログインしたらメッセージを送るから、返答よろしく!」
「うい」
こうして楓也に約束を取り付けた佳果は、まっすぐに帰宅して再びゲームの世界へと旅立つのだった。
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※ちなみにこのお話に出てくる
佳果が楓也を助けたエピソードは、
第七章のあたりで詳しく見られます(遠い)。