第101話 零気実践
その後、仔細を確認し合った四人は、東使組の本部にあたる事務所のビルへ行く運びとなった。拓幸は堅気の未成年に悪縁をもたらさぬよう、構成員を人払いした上で周辺地域における警護の任に当たらせたらしい。もぬけの殻となったビルの上階に辿り着くと、とある部屋から苦しそうなうめき声が聞こえてくる。
「親父はこの中だ。……暴れてるみたいだな。手足を縛っているとはいえ、お前らを危険にさらすわけにはいかない。悪いが鎮まるまで少し待っててくれないか」
そう言って拓幸はひとり部屋に入っていた。このように興奮状態になってしまったときは、彼が鎮静剤を投与して看病するのが常だそうだ。
そこからしばらく騒がしい状況が続いたが、やがて雷雨が止むごとくシンとした静寂が訪れる。カチャリと扉を開けた拓幸が「すまない、もう大丈夫だ」と言って三人を招き入れた。
「……!」
ベッドに大の字で寝ているのは、白髪がみだれ、拘束具によって手足を赤く染めた枯れ木のような老人。浅い呼吸で眉をハの字にして眠っているその表情を見て、佳果たちは心臓を掴まれた気がした。わかってはいたものの、かなり深刻な状態だ。
「……元々、おれよりガタイのいい人だったんだぜ。それがこんなに痩せ細っちまってよ……最近、自分の記憶を信じられなくなってきたところだ」
目を伏せた拓幸の拳は震えている。彼にとってこの人物は、それほど大切な存在だったのだろう。めぐるは佳果と楓也を見て頷くと、最終確認を行った。
「……組長さん。事前に軽く説明させていただきましたが、これから佳果くんがやろうとしていることは、他言無用でお願いします」
「ああ。どんな面妖なことが起きようとも、おれは絶対に口外しないと約束する。だから安心しろ坊主」
「……ありがとうございます」
「よし、じゃあ阿岸君」
「おうよ」
佳果が老人の頭に手をかざす。ここへ来る前に店主から振る舞われたあの料理のおかげで、彼は即刻ゾーンの発動に成功した。あとはウーから言われていたとおり、目を閉じて強く呼びかけるだけだ。
(……ウー! 俺だ、阿岸佳果だ! ここは東使組の本部で、いま親父さんの――)
ウーと繋がるためには、彼に向けて意識を飛ばしつつ、己がどこにいる誰なのか、そして何を目的に話しかけているのかを具体的に念じる必要があると教わった。
佳果が懸命に呼びかけを行っていると、やがて頭のなかにウーの姿が浮かび上がってくる。初めて出会ったときと同じ粒子状だ。
『やあヨッちゃん』
(ウーか!? 繋がってよかったぜ!)
『感度良好だよ~! で、その人が患者さん?』
(ああ、そうだ。ちなみに"外側の黒"はあるのか? 俺はまだ何も視えねぇんだが)
『……あるね。今から愛のエネルギーを送ってあぶり出すよ。ちょっと暴れるかもしれないけど、ヨッちゃんは何があってもその手を動かさないで』
(がってん承知だ)
刹那、佳果のまわりが輝き始めた。息を呑んで見守っていた拓幸は、突如として起こった奇跡のような光景に思わず声を漏らす。
「こ、こいつは……!」
(阿岸君、零気がうまくいったんだ!)
「すごい! ……あ、あれ」
純粋な驚きが、徐々に恐怖へと塗り替えられてゆく。なぜなら、光を受け取っている親父さんの身体から黒いモヤが立ちのぼっているからだ。依帖のときほど深い黒ではないにしろ、その圧倒的で由々しき気配は、楓也とめぐるを立ちすくませるのに十分な禍々しさを帯びていた。
いっぽう拓幸も、先刻から本能的な警鐘が鳴り止まない。あのモヤはやばい――長年の経験からくる勘が、みなを連れて全力で逃げろと叫んでいる。だがいっさい動じず毅然と勇気を保つ青年を見て、彼は冷静さを取り戻した。
(……焼きが回ったか。あんちゃんが踏ん張ってんのに、依頼したおれのほうが怖気づいててどうする! 何か、何かおれにもできることは!)
拓幸が己を鼓舞し葛藤しているさなか。
急激に、黒いモヤが佳果へ向かって流れ込んでゆく。
お読みいただきありがとうございます。
彼らの運命やいかに。
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