第99話 ゼロの
「先に進んでいる魂?」
首をかしげる佳果。もし成長した魂という意味であれば、このゲームにおいてエリア移動を繰り返したとそれと同一視してもよいだろう。しかし如何せん"人よりも"と冠した真意はみえてこない。怪訝そうな顔をする彼に、ウーは変わらぬ調子で答えた。
「そう。魂は、前進すると凝縮されていたエネルギーが拡散していって、次第に物質から離れてゆくんだ。そこが人間との境目ともいえるね」
(……??)
(あはは、さすがにぼくもちんぷんかんぷんだなあ)
とうてい理解の及ばぬ内容ではあるが、二人はとりあえず最後までウーの話を聞いてみることにした。
「物質から離れた魂はその性質上、感知が難しくなるよ。実体の喪失に伴って、見たり触ったり、意思疎通ができなくなるから」
「ほう」「ふむ」
「で、その段階の魂はほぼ愛が占めているんだけど……どんなに進んだ魂であっても、1%くらいは奥魔が付着しているものなのさ。そしてこの奥魔に関しては、制御に成功したか失敗したかで、魂の派生先が決定する。みんなが外側の黒と呼んでいるのは主に失敗したほうで、かつ奥魔に飲み込まれちゃったパターンだね」
「…………だぁ~! わかるようで全然わっかんね~!」
「えっと、ウー。つまり外側の黒って、ルーツは人間の魂なの?」
「全部がそうってわけじゃないけど、その場合は往々にしてあるよ」
「そうなんだ……」
「……なあ、ところでよ。そいつらってなんか知らねぇうちにこっちへ悪影響を及ぼしてくることがあるだろ? あれ、俺たちじゃ対処できねぇのか?」
佳果はかつて二度、外側の黒をその身に引き寄せていたことがある。自暴自棄になっていた十二歳のときと、夕鈴を不良たちから救ったあの事件のときだ。いずれも彼自身に引き寄せた自覚はなかったのだが、その後に彼女から聞いた話では、それらが一時的に佳果の殺意を増幅させ、闇へ引きずり込もうと働きかけていたのだという。
依帖稔之の件では、彼の凶行を"声"によって支援していたと思われる禍々しい漆黒の霧を、佳果はめぐるや楓也とともに目撃している。また超感覚に目覚めたヴェリスについては、今後そうしたものが日常的に見えるようになった際、制御を身につけず無防備のままでいては大変危険であるとフルーカから忠告があった。
どのケースにも共通しているのは、何か得体のしれない存在が実害を被るほどの干渉力を発揮し、こちらを陥れようとしてきている点だ。うてる対策がなければ今後もずっとこの問題に悩まされる羽目になるだろう。
「阿岸君のときは押垂さんが黒を受け取って、滝行で浄化したんだっけ? そして依帖先生のアレはチャロさんが黄金の剣であぶり出したあと、祈りの光でどこかへ飛ばして……ヴェリスは超感覚制御の際に、光をたべて免疫をつけるようにしているよね。これらの前例を踏まえると、やっぱり――」
「うん、鍵になるのは結局のところ愛なんだ。フィラクタリウムで魔獣を退けるのと同じようなもので、外側の黒にも光はテキメンだから……二人にできる対処法があるとすれば、愛のエネルギーを一定水準まで高めることに尽きるね」
ウーは一通り喋り終えたのか、おしりを突き出して特有の伸びをした。
――ともすれば、今回の依頼主が抱えている黒も、その方法でなんとかできるかもしれない。ただ一定水準というのがどの程度で、そもそも自分の愛のエネルギーを高めたり、他人のそれを高めたりするためにどうしたらよいのかがわからない。佳果と楓也は互いにうなった。
「むう、奥義を使うにしろ、ありゃ超感覚とのシナジーありきだしな……」
「うーん、かといってぼくらがチャロさんの真似をするのは無理だと思う。なら、消去法で滝行?」
「半狂乱の患者つれてどっかの滝まで行くのか?」
「だよねぇ……」
途方に暮れる二人。
だがウーはニコニコを保ったままあっけらかんと言った。
「ヨッちゃんのゾーンを応用すれば、その人に効くかもしれないよ」
「……え、マジ? だが応用ってのは?」
「吾輩がエネルギーを送ってあげる! 無の状態を保ったままでいてくれれば、ヨッちゃんを媒介にして、その人へ愛を流し込むことができるよ。現場では相手の頭に手をかざしておいてもらうだけで大丈夫」
「ん……? まてまて、お前ってそんなことまでできんのか!?」
「えっへん」
「驚いたな……精霊様って本当にすごい存在なんだ」
「でしょでしょー。あっ、ちなみにいま溜めているのとは別のエネルギーを使うからそこは安心してね。それと一度、ここで予行練習だけはしておこうか。この技術は零気っていうんだけど、ぶっつけ本番だとうまくいくか不安だから」
こうして幸いにもウーの協力を取り付けた二人は、予行練習を終えるとすぐにログアウトし、めぐるの部屋へ戻った。彼も店主との打ち合わせがうまくいったようで、ひとまず貸し切り状態のお店で東使拓幸と会う運びとなる。
お読みいただきありがとうございます。
これ、どこまでがフィクションになるんでしょうね。
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