第92話 試験
「記憶の旅はどうだった?」
「!」
辺りを見回すと冥土の湖畔に戻ってきている。
演技中の楓也は、水月の楓也に向かって静かに言った。
「……なんで今さら、こんなもん見せやがった」
「きみの本質を探って、ぼくを扱うにふさわしいかどうかを試すためさ。……ここがどういう場所なのか教えてあげる」
彼いわく、この湖は愛が希薄で、魔が濃密な魂をもつ者にしか近づくことができないそうだ。それは彼自身――夜の水月を守るための仕組みであるらしい。
「守る?」
「うん。ぼくの力は、悪用されると現実世界にも害がおよぶからね。そういうのを総じてディメンションアイテム、略してDIって呼ぶんだけど……DIは基本、精神的なセキュリティで守られているんだ」
(ディメンション……次元ってことか)
「たとえばこの冥土の湖畔は、魔に属する存在が侵入した場合、すぐに魔獣化が起こって自我を失う。よって彼らに悪だくみされる心配はない。一方、人間は自由に行き来できる代わりに、ぼくが"強制退場"か"試験"かを判断させてもらってる」
「……どういうことだ?」
「人間のなかには純粋に魔と近い者もいれば、きみのようにフリだけの者もいる。もし前者なら強制退場、後者なら試験って感じかな。きみは自傷というかたちではあったけど、自らの魔に対して制御をはたらかせていたからね。これがもし純粋に魔と近い者だったなら、今ごろ負の感情に飲み込まれて大暴れしていたと思うよ」
(『資格はある』とかほざいてたのはそういう意味か)
「で、お察しのとおり試験内容は追想さ。さっきの記憶は、今生きみの魂の核となった出来事に該当するものだ。それを愛が希薄な今の状態で見つめ直したとき、最後に勝つのが魔であればやっぱり強制退場してもらうことになるけど――愛であれば、ぼくは喜んで"協力"させてもらう」
水月は小さく微笑むと、湖の真ん中から楓也のほうへ浮遊して近寄ってきた。
「んだよ、ニコニコしやがって気持ちわりぃ」
「仕上げとして、きみであるぼくから確認させてもらいたい。今のきみは、記憶の中で演じていたきみよりもずっと魔が濃い。だからあることないこと言ってたのは仕方ないとして」
「けっ」
「ねえ、ちゃんと戻ってくる気はある?」
「……オレはよぉ、言ってみりゃ青波楓也の幻影だ。てめぇにとっては無用の、醜くて薄汚ねぇ、ゴミクソみてぇなオレだ」
「…………」
「なのによぉ……てめぇ、オレにゆだねやがったな? オレが失敗したらブツは手に入らねぇ。あいつらを裏切ることにもなる。そんな超超重要な場面で……てめぇはオレを選びやがった! しかもそれが当たり前みてぇな顔して!」
「……ふふっ」
「ちっ、マジで阿岸佳果と同じ目ぇしやがってよ! ……心底ムカつくが、オレとてめぇの心が一つなのは……それは認めてやってもいい! だからこっから先はてめぇの勝手にしやがれ!」
彼がそう吐き捨てると、水月は小さくうなずいた。瞬間、彼らは重なり合い――気がつくと、楓也は湖のそばで佇んでいた。手には夜の水月とおぼしき結晶が握られている。
「"協力"してくれるってことだね。……ありがとう」
お読みいただきありがとうございます。
DI、作中だともう一つありますね。
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