第三話.買い出し中のトラブル?
「──なぁ」
「はい」
「俺たち何しに来たっけ?」
「食料の買い出しですね。」
「誰の?」
「僕たちのですね」
「ならあれは何だ?」
レンが指さすその先には、エリカと王が出店で野菜等を購入しヤギに餌付けする姿があった。
「……ほら、腹が減っては戦はできぬとも言いますし」
「もう一回聞くぞ? 俺らは食料の買い出しに来たんだよな?」
「えぇ、ですから米やらなんやら買ってるではないですか」
「いや買ったそばからヤギに食われてちゃ意味ねぇだろうがッ!!」
レンの泣き叫びも虚しく、二人と一匹には届かない。
のほほんとした空気感にだまされそうになるが、これから魔王を討伐しにいくという大使命を背負った二人と一匹だ。
一人は宮廷魔法使いトップ。一人は一国の王兼勇者。もう一匹はただのヤギ(勇者)だ。
「おま……こんな姿国民が見たら泣くぞ……」
「もう見られてますけどね」
「そういやそうか。なんで出店のやつ気付かねぇんだろうな」
「レンはヤギを連れて歩く宮廷魔法使いや王様を見たことがありますか?」
「俺の言葉は忘れてくれ」
仮に自分が出店の店主でも気付くとはないだろうとレンは考える。いや、厳密には気付きたくないが近いだろうか。そっくりさんがコスプレしていると無理やり脳に言い聞かせ納得させる。
「それで、このエンドレス餌付けタイムはいつ終わるんだ? てかあのヤギの腹の燃費どうなってんだよ」
「ははっ、流石勇者なだけありますね!」
「今のところ勇者要素が胃袋しかないただの雑食になったヤギだけどな」
「ははっ!」
「あぁ駄目だこいつ現実から逃げてやがる」
未だボリボリとあらゆる食材を詰め込み続けるヤギを眺めながら、レンはため息を付いた。ニコニコ笑顔が顔に張り付いたエルの頬をつねり、現実に引き戻す。
「こんなの資金がいくらあっても足りねぇよ。金が無くなる前にさっさと止めに行こうぜ」
ネルの顔をつねりながらエリカたちのもとへ向かおうとすると、なんとエリカたちのほうからこちらに走って来てくるではないか。
ようやく満足したか──そんな浅い考えでホッとしたのもつかの間、満面の笑顔を作るエリカの口からとんでも無い爆弾がすっ飛んでくる。
「あ、レンごめーん! お金使い切っちゃった☆」
聞き間違いか? レンは己の耳を疑う。
確かに最近耳の掃除を怠っていたが、まさかこんなとんでもない聞き間違いをするようになるとは。
己の怠惰を恥じるレンに対し、王様もエリカにならって満面の笑みで口を開いた。
「ふぉふぉ……経済を回すなんて、めっちゃ王様らしい事しちゃった☆」
王様の渾身のウインクが炸裂すると同時に、その顔面にレンの飛び蹴りが炸裂する。その飛び蹴りの威力は凄まじく、先ほどの出店ごと王様は吹き飛ばしてしまった。
「呑気に『☆』なんて付けてんじゃねぇぞクソジジィ殺すぞ」
「せめてその言葉蹴る前に言ってあげてください。石ころみたいに吹っ飛んでましたよ王様が」
この出来事には流石のネルも正気を取り戻した。
その後、王様とエリカは公衆の面前で正座をさせられ、腕を組み鬼の形相をしたレンが問いかける。
「エリカ、お金はいくらくらい用意してた?」
「んー……牧草がいっぱい買えるくらいかな?」
「そんなメルヘンな答え求めてねぇよ売り出し中のアイドルかお前は」
しかしエリカは本当に分かっていない様子だ。
これでよく知識が必須な魔法使いをやってられるなと逆に感心したレンは、埒が明かないと聞く対象を変えることにする。
「おいクソ親父。俺らの用意した旅の軍資金は幾らだ?」
「ふぉふぉ、国単位で見たらはした金じゃよ」
「お前そのセリフ国民が聞いたら顔面が出目金になるまでフルボッコにされるのわかってんのか?」
「ふぉふぉふぉ。蹴りながら出目金化させようとするなレンよ」
「国民の声を反映させた結果だクソ出目金」
この二人はだめだ。
レンは王様の顔面を蹴りながら考える。
この二人が駄目ならば、せめてネルだけにでも味方について欲しい。
その思いでネルに目をやると、ネルはまだ満面の笑みで何処か上の空になっていた。
「レン見てください。ここにちょうちょが飛んでますよ」
「ネルの野郎遂に精神がイカれやがった」
この馬鹿どもと一緒に魔王を討伐だって? 旅をすることすら怪しい今の状況でどうやって魔王を討伐しろと?
レンが頭を抱えていたところに、潰れた出店の残骸から店主が姿を現す。
(しまった、頭に血が上りすぎて巻き込んでしまった)
レンは血の気が引くと同時に、許してもらうにはどうやって土下座をするべきか頭をフル回転させる。
そして、ジャンピング土下座しかないと結論に至ったレンはジャンプをして──
「よくぞ私の正体を見破ったな勇者よ! 私は魔王様に仕える幹部の一人であるマグマ様に仕える悪魔デストロ様に仕える──ドベラシャァ!!」
──レンの二回目のドロップキックが店主の顔面に炸裂した。
店主は出店の残骸に顔面を突っ込んで止まる。なかなか強く埋まったのか抜くのに苦戦していたが、やがて抜け出すと鼻血を出した姿のまま声高らかに笑いはじめる。
「素晴らしい! この私に傷を負わせるとは! こんな事は初めてだ! さすが勇者というべきか!!」
「うるせぇ黙れ! なんかセリフが強者感出てるけど聞いてりゃただの下っ端じゃねえかお前!」
「う、うるさい! 別にいいだろう! 初めての戦闘くらい見栄を張っても!」
「子どもか! てかお前の最初のセリフまじもんの初めてだったのかよ紛らわしいな! それに俺は勇者じゃねえ! 勇者はそこのヤギだ!」
「誰が騙されるかバカモノ! ヤギが勇者なわけなかろうが!」
「あぁ俺も同じ気持ちだよチクショー!!」
そんな問答を繰り返している間、レンの心臓は強く脈打っていた。目の前にいる相手が魔王の配下であり、これから戦闘になるためか?
否。
(あっっぶねぇぇぇ! まじで良かった、ナイス魔王の配下! 危うく市民に危害を加える勇者一行のレッテルが貼られる所だったぜ)
市民からの評判を気にした緊張から来たものであった。
今なら全てが巻き返せる。先ほどまで市民の目が、コイツら蛮族か? なんで有名なヤツらがヤギを連れてこんな蛮行を? またいな死んだ魚の目をされていたが、今は違う。あれ? こいつら実は気付いていたのか? もしかしてヤギを連れてたのは油断させるため? みたいな感じの目に変わってきている。
(よし、ここで最初から気づいていたアピールをすれば全てが巻き返──)
「え、えええぇぇぇ! 君魔王の配下だったの!?」
「はい全部無駄にしたー」
ため息をつくことすらレンは諦める。最早その次元はとっくに通り過ぎていた。
市民の目が冷ややかな視線に変わる。ここにいる市民がエリカやネル、レンの正体に気付き始めている今、もはや何をしても逆効果になる事であろう。
故に手遅れである。これから蛮族の化身とか、ヤギが脳みそパーティー(笑)みたいなレッテルを貼られて旅をする事が確定した瞬間である。
その記念すべき瞬間に感動すら覚えたレンはその感謝の印にエリカにげんこつを与え、ついでに魔王の配下にも本気のげんこつを顔面にぶち込んだ。
またすっ飛んで出店の残骸に身体をめり込ませた魔王の配下は、そこから二度と動くことはなかった。
「終わった……俺の輝かしい勇者の旅が……」
ジンと痛む拳と胸。そんな想いは涙に変わり、ゆっくりとレンの頬を伝っていくのであった,




