第二話.どっちが勇者?
勇者とは何を以って勇者となるのか。
召喚されたから勇者なのか。
それとも聖剣を持つから勇者なのか。
では勇者召喚されたヤギは勇者となるのだろうか。
それとも聖剣を抜いた王様が勇者となるのだろうか。
その答えは──
「──検証結果は『ヤギ』と『くそ親父』二人合わせて勇者ってことでいいか?」
「そうなりますね」
「そうなってしまったかぁ……」
そう言って大きく溜息をつくのはレンだ。
王様が聖剣を引き抜いてからおよそ半刻。最初こそは慌てふためいた四人であったが、やがて冷静になった時、その事の深刻さに気付く。
『あれ? これどっちが勇者だ?』
どちらが勇者だとしても問題しかないこの問い掛け。どっちに転んでも最早魔王討伐は絶望的な状況。そんな事実に顔面をビンタされるレンだったが、そこはまだ何とか持ち堪えた。
まだ希望はある。
王様は人間だ。絶望的に弱く、絶望的に役に立たないが、王様は人間なのだ。そこに二本の腕さえあるのであればまだワンチャン魔王を倒せるかもしれない。戦闘中に隣でべぇーべぇー鳴くことしかできないヤギよりかはまだ希望あるだろう。
レンはそう考えた。
しかしそんな希望はすぐに打ち砕かれる事となる。
何故ならば、王様だけでは剣は抜けず、ヤギだけでも剣は抜けず、王様がヤギと何かしらによる接触をした状態でようやく聖剣が抜けるからである。
それが何を指すのかは答えるまでもないだろう。
(クソ親父だけならまだしもヤギも連れてかないと行けないのか!?)
王様だけでもしんどい。そこにさらにヤギが追加されるとどうだろうか。
絶対にしんどい。心休まるときがない。間違いなくやばい。そもそも王様に戦闘経験など毛頭ない。それにプラスでヤギが居るのだから、ハードモードも過ぎるとレンは頭を抱えた。
しかし頭ごなしに否定してはいけないとレンは一瞬、思考を巡らせる。
自分が戦っているときに横からやかましいヤギの声とやかましい見た目の王様が見ているその状況を想像し、その想像を粉々に斬り刻む。
(ぜっったいに嫌だッッ!! そもそも戦闘に集中できねぇっ!)
ならばやはり他の方法を考えねばならない。
レンはない脳をフル回転させて解決法を摸索する。
(聖剣は親父以外触れねぇ……だからって親父が魔王と戦えるほど強いわけじゃねぇし……それにヤギとかいう訳のわからない付属品まで付いてやがる……)
結論:魔王は倒せない。
Q.E.D.────証明完了。
「よしネル。今からどっか食いに行くか!」
「現実を見てください」
「現実を見てるからこういう判断してんだよ! どう考えても無理だろっ!? 俺が聖剣持とうとしたらよくわかんねぇ力で弾かれるしよぉッ! 実質無敵な魔王と戦えとか無理だろ!」
「でもほら、マスタリーソードでしか傷が付けられないっていうのはあくまでも伝承ですからね。試してみるくらいの価値はあるでしょう」
「おいまてこら、その伝承を先に持ち出して先に諦めたのはお前だからな? お前にその言葉を使う資格があると思うなよ?」
「僕はエルフですので」
「エルフだろうと関係ねぇよお前の中でのエルフ像はどうなってんだよていうか本当にどうすんだよこの状況っ!」
一向に話が進まない事に段々と腹を立ててくるレンは、ふと横に目をやる
そんな苦悩はつゆ知らず横では聖剣を玩具のように振り回す王様の姿。脳天気すぎる王様に呆れを込めたため息をまた一つレンはこぼした。
そんなレンの耳に次に入って来たのは、エリカの声だ。
「──レーン! 見てみて! ヤギちゃんに人参あげようとしたら袋まで食べられちゃった〜」
「『食べられちゃった〜』じゃねぇよなんでまだ餌付けしてんだよ。魔王に世界滅ぼされるのも時間の問題なんだぞ!?」
「わ、わかってるよそれくらい! 体に悪いんだもんね! もう袋は食べさせないもん!」
「そこじゃねぇよッ! 話きいてなかったのか!?」
「だ、だって思った以上に力が強くて……」
「あぁもうだめださっきから会話が成り立たねぇッ!」
どう足掻いても話を聞くつもりはないのかエリカはまたヤギのもとへと向かい遊び始めてしまった。
最早レンの体力はゼロに近いものになっているが、そんな状態に追い打ちをかけるかのように王が横にぬるりと並んだ。
「──して、レンよ。儂は聖剣を扱える言わば『勇者』的なポジションになったわけじゃが」
「もうお前は喋んなクソ親父」
「ほぅ? 『勇者様』に対してその口の聞き方はなっておらんのではないかのぅ? 儂が居ないと魔王討伐は絶望的だというのに儂の機嫌を損ねても良いのかのぅ?」
──くっそ腹立つ殺そうかなこいつ。
なんて思考はすぐに捨てる。ここで相手をしたら王が調子づくだけである。
争いとは同程度の知能を持った者同士でしか起きないものなのだ。相手と同じ土俵に立つ必要はない。
一瞬のうちにそう思考を巡らせたレンは王を一瞥し、鼻で嘲笑った。
「くっそ腹立つ殺そうかなこいつ」
「我慢できずに漏れてしまっとるわ。ま、まぁよい。ふぉふぉふぉふぉ……」
レンの抑えきれなかった殺気と気迫にビビり散らかした王様はそそくさとその場を離れていく。
そこを入れ替わるようにして隣に並ぶのはネルである。
「でも本当にどうするんですか? 聖剣がある以上魔王討伐は理論上可能ではありますが、天文学的確率ですよ?」
「わかってる。はあ……俺が聖剣を使えたら話は早かったのに……クソ……」
聖剣。
勇者にしか扱えぬ邪を滅ぼす聖なる剣。選ばれた者にしか使えない代物である。仮に資格のないものが使おうとするとたとえ抜き身の状態であっても弾かれてしまうのだ。
様々なことを試した。抜き身の状態や王様とヤギに触れた状態、聖剣に貢ぎ物をしたり土下座したり媚びへつらう事もした。
しかしすべて不発に終わった。
ことごとく失敗した。
聖剣を握りドヤ顔を決め込む王様の顔面をシバく程度にはレンも本気で焦りとイラつきを感じていた。
「ヤギを連れて戦うなんて不可能だ。ましてや魔王なんて戦えっこない。守る対象がクソ親父だけならまだなんとかなったかもしれねぇが……」
「ヤギを連れて行くと考えるとそこら辺の雑魚敵にすら苦戦するでしょうね……」
「「はぁ……」」
二人は深くため息をついた。
この旅の先にあるものは間違いなく地獄である。そのことを考え頭が痛くなった二人は考える事を放棄して、心を無にした。
未だにエリカと王様はヤギと戯れており、そこには緊張感のかけらもない。それをボーっと眺めながらレンは問いかける。
「この旅に追加で必要な物は?」
そんな問いにネルはこう答えた。
「首輪とリードと牧草ですかね」
呆れを含めた言葉で返し、二人はまたため息をついた。
結局の所、旅に出ても出なくても待つのは地獄である。ならば抗うしかない。どれだけ可能性が低くとも、その僅かな可能性に掛けて行くしかないのだ。
負ければ世界は滅ぶ。
世界の命運を掛けた旅が、今ここに始まるのであった。
「あ、レンごめーん! ヤギちゃんにご飯あげてたら在庫全部無くなっちゃったー!」
「はぁ!?」
「ふぉっふぉっふぉ。良い食べっぷりじゃったのぅ」
「いやっ、お前らっ……えぇ……!? そんな……うそ……えぇッ!?」
「……牧草以外にも、僕達のご飯も買わないとですね……」
……旅が始まるのは、まだ少し先かもしれない。