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第一話.召喚されしヤギ

 勇者召喚とは、勇者の素養を持つものを呼び出す儀式の事である。召喚されたものは神の加護を纏い、人ならざる力を持っているという。

 誰もが召喚されるのは人間だと思う事だろう。十人にきけば十二人口を揃えてイケメンだといい、余計に二十人は美女だと誰もが疑わない。

 それはレイ達も同じであった。

 人ならざる力を持った勇者が、まさか本当に人ならざる(ヤギ)だとは、誰も予想しなかった事だろう。

 

「──はぁ……はぁ……」


 レイは息を荒げ、地面に崩れる形で座りこんだ。


「完全に失敗じゃねぇか……いや召喚はされてるから成功なのかややこしいな……!」


 まだ現実を受け止めきれないレイは、何度も首を振っては否定する。


「これから魔王討伐の旅に出るってのに……ヤギなんてどうすれば──」


 先のことを考え、つい溜息がこぼれてしまう。しかしこうしていたところで起きてしまったものは仕方ない。気持ちを切り替え、これからどうするかを相談するために三人がいる方へと顔を向ける。


「──ほれほれ、人参じゃぞぉ……」

「王様王様! 人参よりもこっちのキャベツの方が食べるよ!!」

「なんじゃと!? 早くそれを寄こすのじゃ!!」

「あぁ! そんなに騒いだらヤギさんが怯えちゃうよ! ほら、少し分けるからゆっくりとね……」

「あ、あぁすまぬ。少しテンションが上がってしまっての」


 そんなレイの前に映し出されたのは、エリカや王がそんな事気にしないとばかりにヤギに餌を与えているほのぼのとした光景であった。

 レイは無言で立ち上がると、背中に背負った鞘から剣を抜き放つ。


「──餌付けしてんじゃねぇぇええぇぇッ!」


 ゴゥン……という低い音が剣の腹から鳴り、あまりの痛さにエリカと王は頭を押さえて屈みこんでしまう。


「いったーい……! なにするの!?」

「こっちのセリフだボケェ゙! なにしてんだッ!? 勇者召喚失敗して世界が窮地に立たされてんのに何呑気に餌付けしてんだよ!?」

「何言ってるのよレイ! このヤギこそが選ばれし勇者なんだよ!!」

「んなわけあるかァ!! このヤギに勇者要素あるか!? ほら見ろこの間抜けな顔!! 何処を見ているのかも分からないこの眼を!!」


 ヤギは口に含んだキャベツをむしゃむしゃとひたすら咀嚼して潰していく。やがて食べ終わったのか、また『ベェー』と間抜けに鳴いた。


「ほら聴いたかこの何も考えていない様な鳴き声!! そもそも勇者が『べぇー』なんて間抜けな声出すはずねぇし出していいわけねぇだろうがッ!」

「レンよ落ち着くのじゃ!」

「誰のせいでこうなったと思ってるクソ親父! オメェらこそ現実見ろよヤギだぞ!? 呑気に牧草とかむしゃむしゃ食べるあのヤギだぞ!?」

「可愛さは最強じゃろうが!!」

「そんなもんで魔王を倒せたら誰も苦労しねぇわアホッ!」 


 レイは息を荒げながら背中に背負う剣の柄を握る。呑気に口を動かす獲物(やぎ)を見据え、眼光を鋭くした。

 

「こうなったら今日の晩飯はジンギスカンだ! おいネルも手伝え!」

「ジンギスカンは羊の肉ですよ」

「別に今はそこどうでもいいだろうがっ……!」

「間違いは訂正しておかないと。あとさらっと僕を巻き込まないでください」


 そう言いながらも、ネルは弓を構える。

 やはり今のこの状況はマズイとネルも分かっているのだろう。レイは剣を構え、ネルは後ろから支援する準備へと入る。


「勇者召喚はやり直しだ! エリカもふざけてないで早く準備しろ!!」


 レンはそう大声で命令すると、ヤギへと急接近する。その動きに合わせてネルも矢を放った。

 だが一人、首を傾げるのはエリカである。


「何言ってるのレン? 勇者召喚はもうできないよ?」

「はぁ!?」


 その言葉を聞いたレンは力が抜けたのか、ズサー、と壮大にこける。ネルが放った矢もこけるような軌道を描いて、ヤギへと当たることはなかった。

 勢いよく立ち上がったレンは、すぐさまエリカに詰め寄る。


「どういうことだよっ!!」

「そのままの意味だよ? 勇者召喚をするのに必要な媒体を使っちゃったし」

「媒体とか使ってたのか!? じゃあ……代わりは!?」

「代わり? そんなのあるわけないじゃん。だって失敗するか成功するか。死ぬか生きるかの一発勝負だもん」

「うぐっ……確かに……」


 そう、よくよく考えればそうだ。

 勇者召喚は一発勝負。成功したら勇者が召喚され、失敗すれば死ぬ。つまり、勇者召喚とは一度きりの儀式なわけで。その媒体も必然と一度きりしか用意しないわけで。

 その事実に気付き、ゆっくりとヤギを視界に入れる。


「ほれほれ……キャベツじゃよぉー……のぉ、チョコとかはだめなのかの?」

「動物って基本的に駄目なんじゃないですか? 犬猫も中毒症状起こすと聞きますし」

「ほら勇者じゃし……」

「勇者以前にヤギですので……これからは牧草も買わないといけませんね」


 いつの間にかヤギ側へとサイドチェンジしていた手のひら返しの達人ネルは呑気に王様と会話している。


(これって俺がおかしいのか……?)


 一種の洗脳なのではないかと疑ってしまう程に皆が受け入れ始めている。そんな状態にレンは、もはや自分が間違っているのかと自分自身を疑ってしまう。

 しかしレイは首を振る。


 ──これが本当に勇者なのか。こんな餌付けされてしまう勇者なんていてもいいのだろうか。てかヤギが勇者ってなんだよ等、様々な思いがレイの中で飛び交っていく中、ネルが肩に手を置いてくる。


「レイ……もう諦めるしかないですよ。このヤギこそが勇者と認めるしかありません」

「ネル……何でお前まで……俺……信じてたのによォ……!」

「僕も勇者がヤギなんて信じたくありません。でも信じるしかないんですよ」

「どいうことだよ……」

「僕の勘が告げているんです。このヤギはただものではないと」

「ただもんじゃないヤギってなんだよ……色違いでもねぇのに」

「なら試してみましょうか。このヤギが本物の勇者ならば、勇者にしか扱う事の出来ない伝説の聖剣──マスタリーソードを抜く事が出来る筈です」

「待てまて、落ち着いてよく考えるんだネル。こいつ四足歩行だから勇者だとしても抜けねぇし扱えねぇよ?」


 そんなレイのツッコミは謁見の間に虚しくも消え去る。ヤギの咀嚼音だけが鳴り響く中、暫くの沈黙を終えたネルは満面の笑みを作りながら口を開く。


「もう詰みですね。この世界に救いはないです」

「俺が言うのも何だが情緒大丈夫か? さっきから手のひら返し過ぎて捩じ切れてね?」

「エルフとはそういう生き物なんです」

「んな訳あるか! 全エルフに謝れ今すぐに!」

「ならどうやって魔王を倒せと言うんですか!? 伝承によれば魔王はマスタリーソード以外では傷を付けられないとあるんですよ!?」

「伝承は伝承だろッ!? 実際やってみないとわかんねぇって! やってみたらこう、意外と何とかなるタイプの魔王かもしんねぇだろうが!!」

「そんなバイトみたいなノリで魔王を倒せる訳ないでしょう!?」


 ギャーギャーと、結局はまた言い合いに発展し謁見の間はまた騒がしくなる。

 そんな二人は置いてエリカと王様はヤギに餌付けしていたのだが、ふと、王様がどこからか鞘に収められた剣を取り出した。

 見た目はまさにシンプルで、武器屋のガラクタコーナーに置かれていても不思議ではないありふれた鉄製の鞘である。


「どうやら聖剣(これ)の出番は無さそうじゃの」


 王様は何処か残念そうに呟く。

 そんな様子を見たエリカは聖剣を一瞥した後にこう返した。


「使わないに越したことは無いんじゃない?」

「……それもそうかの──おっとと」


 王様は手を滑らせたのか、聖剣が地面へと落ちる。その音は言い合っていた二人にも聴こえたようで、一同の注目はその聖剣へと注がれた。


「おぉすまんすまん。つい手が滑ってしまっての」


 平謝りしながら聖剣の持ち手を掴んだ王だったが、餌付けされたヤギはその聖剣すらもご飯だと勘違いしたのか鞘にかじりついた。


「こ、こらこらヤギちゃん。これはご飯じゃないのじゃ」


 一向に鞘を離そうとしないヤギに、無理矢理持ち手を引っ張り取り返そうとする王様。

 その瞬間──謁見の間は突如として光りに包まれることとなった。


 四人共が何が起きたのかは分からない中、『ベェー』という間抜けな声だけははっきりと聴き取る事が出来る。


 光が収まる。そして広がる信じられない光景。


『ベぇー』


 呑気な声が虚しく消える。

 ヤギの口には鞘がくわえられている。しかしそこにあるはずの持ち手はなく、代わりに王様の手には、煌々と刀身を輝かせる剣が握られていた。


 未だ眩しさによるダメージを回復していない王様は状況を理解出来ていなかったが、他の三人──いや、三人プラス一匹は、その事実をしっかりとその目で確認していた。


「「「えぇぇぇええぇぇぇええええぇぇッ!?」」」

「な、ななな何が起こっとるのじゃ!?」


 三人の驚愕した声、王様の何が起きたのかと戸惑う声、そして『ベェー』という間抜けな声それぞれが、謁見の間に響き渡るのであった。


 


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