テンセイ
倒れて気がつくと、見覚えの無い天井を目にした。
捕獲される動物の如く麻酔針みたいなものを射たれ、気がつくとどこかのベッドに横たわっていた。
それから、まるっと1ヶ月は過ぎた。
その間、ここは何処なのかという情報は何とか掴めた気がする。
まず、驚いたのは自分が全く別の人間になっていたことだ。
人格が変わるとかではなく、自身そのものが見知らぬ誰かに変身していた。
鏡を見て愕然とした。
身長はわりと低く、黒髪、黒目という一般的日本人だったのに、今の自分は身長はあまり変わらないものの、金髪、翡翠の色の瞳という西洋人に似た容姿となっており、さらに重ねて驚いたのは、男の子になっていたということだ。
なんで、男の子になっていたんだろう? 生まれ変わっただけでもびっくりだというのに。
何故そうなったのか、いくら考えてもわかるはすもなく、ただ何らかの兆しが来るのを待つしかなかった。
とりあえずは、この男の子になりきって、行動することにした。
この子の両親は亡くなってて、今は叔父さんと暮らしてるのか。
少し寂しいだろうな。
彼の叔父さんに当たる人は、この国の軍人で、彼の家を預かって切り盛りしている大変忙しい人らしい。彼が成人になったら、彼が当主に収まることになるだそうだ。
気は長いけど、この状況なんとかさないと、えらいことになる。
叔父さんに、この状況を言っておいた方がいいのかな。
人に頼るのはどうかと思うが、今後のことを考えると、保険と思えば良いのだが。しかし、事を聞いた後の反応が恐ろしく、未だに二の足を踏んでいた。
その場で思い悩んでいるうちに、周りは最速に流れていく。
今日は、特別な行事が行われるとのことで、普段は静かな家の中がささやかな賑やかさに覆われていた。
国の誕生を祝う建国祭で、この国を統べる偉い人の演説があるとかで、家で働いている人たちはそれが楽しみならしく、ウキウキしている様子で、叔父さんはそんな人たちのために午後からのお仕事をお休みにして、演説会場である広場に行けるようにしてあげたらしいのだ。
演説会場の壇上には、ひとりの男性が言葉をのべていた。その場にいる人たちの心をがっしり掴んでいるようであった。
若々しく、静かな迫力とカリスマ性を重ね合わせた青年。彼は、この場にいる人たちに語っている。
前向きな事を語っているのだが、彼の表情を見ながら話を聞いていると、彼自身自分の話している事を信用してないように見えた。
視線が、目の前の風景でなく、どこか遠いものを見ているように思えて仕方なかった。
建国祭の演説後の帰宅する途中、ひとりの女の子と危うくぶつかりそうになる。こちらが余所見をしていたのが原因なのだが、女の子は最初驚いた様子だったが、笑顔を浮かべて答えてくれた。
「大丈夫です。」
その表情に甘えて、言葉をさらに返してみる。
「良い演説だったね?」
「はい。とても強く胸に染み入りました」
実にキラキラした表情で返事が帰ってくる。総統にかなり陶酔している感じだ。
ここで名前を聞いておくべきかと思ったが、聞いたところで何かが邪魔をして、単語が脳に染み込まないだろうと確信し
「僕もそうなんだ。」
ありきたりの返事を交わす。他は何を言って良いのか思い浮かばず、日常的な会話を交わしながら歩いていくと、やがて広場を抜けお互いの帰り道に別れるとき、女の子がこちらを振り向いてほんわかとした笑みを浮かべた。