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遠い距離

作者: アリス

離れているのが、こんなにも淋しいなんてあの頃は思わなかった。


いつも一緒にいたから。

毎日顔を合わせていたから、余計にそう思えた。


逢いたい。


傍にいたい。


触れたい。


貴方の体温を感じる距離で、同じ時間を、少しでも長く過ごしたい。


だけど

願いは、口には出せなかった。






『おやすみ』


寝る前の恒例行事(簡単に連絡が取れるお手軽ツールでのやり取り)でその日の出来事を送る。

最後の一文はいつもどおりで、本音なんて伝えることなんか出来なくて布団の中に潜り込んで唇を噛み締める。


告白して、恋人になって、何もかも順調だった。

幼馴染みの妹分から恋人に昇格したことがとても嬉しくて、いつもニコニコ笑って私の話を聞いてくれた二つ年上の大好きな、優しい治人。


だけど、大学進学と言う将来を決める第一歩を踏み出すために、治人と私はちょっとだけ離れる事を決めた。


《遠距離恋愛》


そんなもの、乗り越えて行ける。


簡単に考えていた。甘く考えていた。


初めの頃は、毎日泣いてた。

治人の声を聞いて、電話を切った瞬間から布団に潜り込んで嗚咽を殺して――逢いたい。でも逢えない。

そんな私の心を分かっていたのか、連休のたびに帰省してくれていた優しい治人。


二人で頑張れば、乗り越えられる。

そう信じてたのに。




いつからか、電話がメールに代わり連休でも帰省しなくなった恋人。




捨てられる?

そんな考えが頭に住み着いた。

振り払っても振り払っても居座って、今の私は友達の言葉にも簡単に心が揺れるくらい弱くなった。


そんな私を叱咤激励してくれたのは、美玲。

治人の妹で、もう一人の幼馴染み。


弱音を吐きまくる私に『泣く前に行動しなさい』と説教してくれた。

普段無口なくせに怒る時は物凄く饒舌になるから、あんまり怒らせたくない人だ。


優しい美玲にいろいろ計画を練ってもらって、『突撃!お宅訪問』をする事にしたのは12月1日。


交際記念日であった。


記念日だからちょっと特別。

きっと連絡がある、休日なんだし帰ってくるよ。

美玲に励まされ、落ち込まないようにしてた。


そう思っていたのに、前の日になっても治人からは何も言ってこない。


だから、こっちから押し掛けることにした。


勇気を出して乗り込んだ電車で、三時間かからないくらいの距離。

小さな旅行カバン一つをお供に降り立ったのは恋人の暮らす街。


会ったら何を話そう。何をしよう。そんなたわいのない事を考えて不安な気持ちを押し込めた。


お気に入りの、治人がプレゼントしてくれたワンピースを着て。

少しでも大人っぽく見られるように、いつもより高めのヒールのブーツはこの日のために奮発した。

美玲にコーディネートされたAラインのグレーのコートはママからの借り物だけど、二人に似合うと太鼓判を押されたから大丈夫だろう。

手土産には治人の好きな紅茶の缶とクッキーを持つ。


「…ここに治人が住んでるんだ」


お宅訪問する前に、ちょっと落ち着こう!と駅前の全国展開してる馴染みの喫茶店でちょっと一息ついて、大好きなカフェ・モカを飲む。

窓から眺める街の景色に、少し淋しくなる。


私の知らない、大学生の治人。

離れている間、知らない人達に囲まれて、知らない生活を送っている。


何でも知りたい、なんて我儘なのかな?


知らない治人がいる、そう思うだけで辛く悲しくなるのはいけないこと?


周りに聞こえないよう、小さな溜息を落とし携帯を手に取った。



『今、何してるの?』



こっちに来ている事は内緒。サプライズになるようまだ言わない。


すぐに返信が届く。

だけど、内容よりも窓の外が気になった。


これが運命?


ありえないほどの偶然。


見知った顔が目の前を通り過ぎて行く。

隣には知らない人が寄り添って。

貴方は笑顔で歩いている。


慌てて店の外に出ると、二人は仲良さそうに有名な宝石店に入っていくところだった。


立ち尽くす私を、怪訝そうな顔で見ていく人々。

彼らの目には私はどんな風に映ってる?


握り締めた携帯を開くと


『これからバイトだよ。真冬は何してる?』


なんて、何でもない内容。

だけど、今の私には十分過ぎる裏切りで。

でも、問い詰めることなんで出来なくて。


溢れ出る涙をそのままに、踵を返した。

どんな顔して、治人に会っていいのか分からず、とんぼ返りで住み慣れた街まで帰る。


返信はしなかった。

『これからバイト』

嘘じゃん。綺麗な、大人の女の人と仲良さそうに歩いてたのに。

『何してる?』

って、今日が何の日か忘れちゃった?

私なんて、そんなどうでもいい存在だった?

恋人って、今でもそう思ってるのは私だけ?

もう、好きじゃなくなった?


いろんな気持ちがゴチャゴチャに絡まって、まともに思考回路が働かない。


大人の女性と、あんなに楽しそうにデートしてる姿を目の当たりにして、それが当たり前なんだと考えてさせられる。


私と付き合ってる事の方が、間違ってるんだ。

そう、思ってしまった。




家までの距離、そんなことばかり考えていたけど、誰もいない家に入った瞬間。

絶叫するように、大声をあげて泣いてみた。


わあわあ、子供みたいに泣きじゃくる。

慰めてくれる人なんていない。

この涙を止められる唯一の人は、もう傍にはいないから。


涙で霞む視界。

勘を頼りに部屋まで行き、携帯で美玲を呼び出した。

きっとデート中だろうけど、今日だけは私を優先させてもらおう。


『どうした?真冬』


「…美玲……私、ふられちゃったみたい…」


『ぇ?』


「せっかく、勇気出して行ったのに駄目だったよ…記念日も忘れられてるって、最悪…」


『真冬、今どこいるの!?』


「家」


『も、戻ってきたの!?』


「女の人と、一緒だった!仲良さそうに、指輪買いに行ってた!私にはバイトって言っておいて、デートしてたんだよ!それも、今日が何の日かなんて…忘れ、て…」


後半はもう何を言ってるのか分からないくらい、ぐしゃぐしゃの状態。

それでも、慌てて帰ってこようとした美玲に治人には言うな!と釘を刺すのは忘れなかった。






あの日から、私から連絡なんかしてない。


携帯電話はサイレントモードにして、机に放置中だ。

相変わらず毎日メールが来るし、電話もかかってくる。

音信不通の私に焦れて美玲にもいろいろ言ってるみたいだけど、あの日の出来事に傷ついた私は別れ話を切り出されると警戒して居留守を継続中。

土日で帰ってくるかも、って思ってたけどそれも杞憂に終わった。


だから、きっと――


私達はこのまま離れていくんだ。



「ほら、ご飯食べなさい!」


「…いらない、おなかすいてないもん」


「真冬が食べないと、おばさん達がもっと心配するでしょう?」


「…じゃ、すいたら食べる」


あの日からちょっと食欲低下してる私におにぎりを差し出す美玲に、ごめんねと小さく返す。

心配してくれる美玲には申し訳ないな~と思ってる。

でも。

電話に出て、治人の声を聴いたら私は正常でいられるか分からない。


「……お兄ちゃん、きっと今日は帰ってくるよ?」


「今日はクリスマスイブだよ?帰ってくるわけないじゃん……もし帰って来ても部屋には絶対入って来ないし……彼氏くん待ってるから出かけてくれば?」


「真冬がそんな状態で出かけられないでしょう。お兄ちゃんと話してみたら?」


「今は、無理」


「お兄ちゃんはまだ真冬のこと気にしてるんだから、大丈夫だって!」



無理だよ?

あんな仲睦まじい二人を見せられて、大丈夫なんて思えない。

こんなにも好きなのに、別れを告げられたらきっと狂ってしまう。


きちんと話しなきゃいけないのは分かってるけど、今は無理。


「美玲……ごめんね」


そう呟いて、何か言われる前に素早く部屋から抜け出した。



あてもなくただただ歩く。


友人達もクリスマスは彼氏と過ごすって言ってたから邪魔はしない。

恋人と過ごせない悲しみは私一人で十分だ。


いつも二人で待ち合わせした近所の公園。


初デートでの待ち合わせもここだった。


ファーストキスもここ。


思い出はいろんなとこに溢れてる。

だけど、今はそれさえも辛い。


「ジングルべ~ル、ジングルべ~ル、鈴が鳴る~」


小さく歌いながら、誰もいない公園のベンチに座り込んだ。


家にも帰れない。帰りたくない。

どうしようかな~と思いながら口ずさむ。


こんな寒空の下、体も心も冷たくなってしまう。

暖める術なんて知らない。

いっそこのまま凍えてしまえたら、どんなに楽だろう。


考えることも、想うことも全て放り投げてしまえたら――私の心は解放されるのだろうか。


「真冬!!」


不意に聞こえた、声。

少し前までは待ち望んでいた、声。


だけど


今は聞きたくなんかなかった。


治人の声を聞いて、治人の顔を見て、治人の温もりを感じて。

いつまでも傍にいたいって思うのは、私の我儘だ。


覚悟を、決めなきゃいけないんだ。


駆け寄ってくる足音がした。

近づいてくるそれに、恐怖から身動きが取れない。


腕を掴まれて、その温もりにドキッとしている瞬間に対面。


「真冬!どうして――」


ぇ!?と驚いた声が続いた。

それもそうだ。

こんなにポロポロ涙流して泣いてたら誰だって驚く。

泣く予定なんてなかったのにな~、なんて事を考えてながら視線を上に上げた。


「な、なんで泣いてんの!?何があっ――」


「…な…んで、いるの?」


「なんで、ってメールしても電話しても真冬出ないから!」


「…できる、わけ…いじゃん」


「真冬?」


狼狽えたり、眉間に皺の寄った顔でもやっぱり格好いいなって今の状況が他人事みたいなバカな事を考える。


大好きな治人。

これで終わりになるのなら、そう思ってた治人を目に焼き付けるかの如くジーッと見つめた。


そして、気付いた――


公園入口に止められた、シルバーカラーの小さな車。

その横で、こちらを見つめている人――見覚えがあった。


治人とあの日一緒にいた、あの女の人。


見せ付けて、別れを言うつもり?

そんなことしなくても、もう分かってるよ。

だから、これ以上私を苦しめないで欲しかった。


「治にぃ、もういいよ?」


「何言って…」


「彼女、待ってるよ?」


わざと「治にぃ」って呼んでみる。

恋人でもないのに、もう治人なんて呼べない。

幼馴染みに戻るなら、昔の呼び名に戻さないといつまでも未練がましく想っていそうだ。


「真、冬?」


「バイバイ、治にぃ。今度会うときは昔みたいに幼馴染みに戻るから……」


「……なんで、別れるなんて言うんだよ!」


怒鳴られる理由が分からない。

私は弱々しく微笑むと、治人の腕を振りほどいた。

すんなりと解かれた手に未練を感じてしまい、それを振り切るようにスカートを握り締める。


「バイバイ」


そう呟いた言葉の先は、突如訪れた抱擁に消されてしまった。


「ごめん、ごめんな…」 


囁きは最終通告?

何に対しての謝罪なのか、私はどうしていいのか戸惑ったまま、治人の腕の中から抜け出せずにいる。


「真冬…」


「治…」


この腕は、もう私のモノじゃない。

でも、治人の優しさが心を惑わせる。

まだ、二人は恋人である。そう思わせるほど、この腕の温もりは手放しがたいものであった。


「好きだ、真冬…好きなんだ。離れたくない!どうして、離れていくんだ…」


「!……嘘つき。私なんてもう好きじゃないでしょ!?あんな、綺麗な女の人と指輪まで買いに行ってるのに、なんで私を好きなんて言うの!」


「ちょ、ちょっと待ったー!指輪って、なんで知ってるんだよ!?」


「…………見たから…」


「へぇ?」


「12月1日!何の日か、覚えてないんでしょ!私だけ、浮かれて、ホントバカみたい…」


「!」


思い出した?

告白してきたのは、治人だった。

嬉しくて嬉しくて、私は泣いちゃったんだよね。

涙ぐむ私をそっと治人は抱き締めてくれた。


幼馴染みから、恋人へ。

幼い頃芽生えた恋心が、初恋が適った瞬間を忘れられないだろう。


真っ青な顔は、私に知られたから?

振られる覚悟はまだ出来てないけど、もうしょうがない。

もう、無理なんだね――


「ご、ごめん!すっかり忘れてて…会いに来てくれたんだよな?なのに、俺は…」


「分かってるから、もういいよ?私は、平気だから。せっかくのイブなんだから、彼女さんと、デートして来なよ」


「違うから!真冬、誤解してるから!!アイツは単なる友人!クリスマスプレゼント買うのに付き合って貰っただけ!」


そう叫ぶと、慌てたようにジャケットから小さな箱を取り出した。


可愛くラッピングされたそれを無造作に破り、銀色に光る輪を手にする。

キラリと光り輝く指輪の内側を見ろと持たされる。


《haru&fuyu forever》


haru?

はる、治人?


じゃ、fuyuは?

ふゆ。

真冬のふゆでいいのかな?

期待してもいいのかな?


「はるからふゆ。俺と真冬の名前と、季節の春から冬ずっと一緒に居れるようにって彫ってもらった。俺が好きなのは真冬だけだから、だから信じて」


左手薬指に、そっと納まった煌めく指輪。

お揃い、とばかりに差し出された指輪は治人の左手薬指にぴったりはまった。


「治…」


「真冬の兄になんて絶対戻らないから。だから、恋人として俺を呼んで?」


「…治、人」


暖かい貴方の傍に、ずっといてもいい?

凍える冬の寒さなんか、感じさせない春のような貴方の傍で、共に時を刻みたいから。


離さないで――


呟きは届いただろう。

冷たい体に、暖かさが伝わって。

抱き締める力強さに、新しい涙が零れる。


私の勘違い。


ちゃんと言葉にしていたら、こんなことにはならなかったよね。


これからは素直に気持ちを伝えよう。

逢いたい時は逢いたいと。

触れたい時は触れたいと。


疑う気持ちごと治人に伝えて、二人で乗り越えて行こう。


距離なんかに負けないくらい、大好きだから。

治人も、ちゃんと私を欲しがって?












「なんで最近冷たかったの?」


「……今、教習所通っててさ。免許取れるまでは黙ってよって思って…」


「?」


「いっつも帰る時間を気にして遠出もしなかったから、ちゃんと免許取って車も買って迎えに来て驚かせようって考えてたんだよ。バイトと教習所通いで会う時間減らしてたら意味ないのにな…」


「記念日は…」


「ホント、ごめん!完全に忘れてた…クリスマスまでになんとかしようってそれしか頭になくてさ」


「――本末転倒?」


「だな」


「で、免許は?」


「……まだ、です」


 

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