僕と彼女の必勝ギャンブル
「先輩、賭け事しましょう」
部室の扉を開けるや否や、ふらふらりと近づいてきた少女にそう言われる。
「賭け事って、一体何をするっていうんだ」
「これです」
そう言って彼女はポケットから3枚のカードを取り出した。
「このカード、1枚は両面赤、1枚は両面黒、そして1枚は片面が赤でもう片面が黒になってます」
「それで? 君がこの中の1枚をランダムに引いて表を見せる。そして僕が裏面を当てるといったところか?」
「いやいや、逆です。先輩が引いて、私が当てるんです」
さもそれが当然の道理だと、そう言いたげな顔だった。
「表が赤だったとき、裏は赤か黒の2通り。確率的には1/2です。てなわけで賭けのレートは2倍。賭けたものが2倍で返ってくるってところでどうでしょう」
ほほう、なるほど。
こいつ、ハメに来たか。
「逆の立場なら受けてやったが、この条件なら2倍は高すぎる」
「チッ」
「今舌打ちしたな。やっぱり知っての犯行か」
さっきまでの明るい笑顔から一変、若干イラついているのか顔を歪ませる。
「お前賭け事には向かないぞ。ポーカーフェイス下手くそだ」
そしてこのゲーム、確率を誤認しやすい有名な問題だ。
一見するとさっきコイツが言ったように裏の色の確率は1/2で決まるように思える。
しかし、確率を計算する上で忘れてはいけないことがある。
それは『カードには表裏がある』ということだ。
わかりやすくするためにそれぞれの色に番号を振る。
両面赤のカードの片面に赤①、もう片面に赤②、そして片面ずつ赤黒のカードの赤に赤③とつける。
黒にも同様につければいいが、まあ確率を計算するだけなら今はいいだろう。
そして差し出されたカードの表面が赤のとき。考えられるパターンは次の3つ。
表面が赤①のとき、このとき裏は赤②となる。
表面が赤②のとき、このとき裏は赤①となる。
そして表面が赤③のとき、このとき裏は黒となる。
つまり、表面が赤のとき、裏が赤の確率が2/3となる。
圧倒的に挑戦者側有利の賭けだ。これでレート2倍とか挑戦者に得しかない。
「えー、でも2倍じゃないと必勝法使えないしー」
表情を指摘されたからか、ササッと顔を元に戻し、ごねを続けるようにそう言った。
「レート2倍でできる、2倍じゃないとできない必勝法……? まさかマーチンゲール法でもやるつもりか?」
「お、やっぱり知ってる? 先輩大正解ー」
「お前、アレで買ったとしても手に入るのは最初の賭け金と同額だけだし、絶対に勝てるったって前提として無限の賭け金がないと100%勝てるとは限らないぞ?」
マーチンゲール法は、倍賭け法とも呼ばれ、例えばレート2倍の賭けに最初に1円賭けたとする。勝てば1円の得、負ければ1円の損。損があるなら必勝法とは呼べない。もちろんこれだけでは終わらない。
勝ったならそのまま勝ち逃げをする。負けたら今度は2円賭ける。勝てば1円の得、負けたら3円の損。
ここでも負けたら今度は4円。勝てば1円の得、負けたら7円の損。
そう、勝ったら勝ち逃げ、負けたら前回の2倍の額を賭ける。勝つまでこれを続ければ理論上負けることはない、というものだ。
しかし勝っても最初に賭けた物が2倍になるだけなので最初の額を高めておかないと意味がないし、そうなればそうなるほど負け続けたときに「次」を行えるだけの賭け金を持っているかが怪しくなる。
「ふふん、でも、今日は対策を考えてきたんですよー!」
「ほほう、ではその方法を聞かせてもらおうじゃないか」
「では私は私の1日を賭けます」
…………は?
「で、コイントス……でもなんでもいいから1/2でレート2倍の勝負をやって、私が勝てば先輩の1日を私が貰います」
「おいおいおいおい、どういうことだ?」
「言葉のままですよ。その1日の間、相手のいうことを聞くんですよ。いわば召使いみたいな」
「……まあいい、続きを言え」
もうほとんどわかりきっているようなものだが。
「そしてマーチンゲール法で勝つまで賭けさせてもらいます。そしたら私が先輩の1日をもらえるって、そういう寸法です」
「なるほどよくわかった。……しかし、僕の1日を奪ったところでどうするっていうんだ」
「デートしてもらいます」
「…………いや、今なんて言った?」
「私とデートしてもらいます」
「もう一回言って」
「先輩に、私と、デートしてもらいます」
…………なるほど、なるほど?
「さて、じゃあやりましょうか」
彼女はスッと1枚コインを取り出す。……用意周到だなおい。
「私は私の1日を賭けます。そうですね、表が出たら私の勝ちってことで」
「おい、ちょっと待てって!」
「問答無用です! それじゃ、よーいっ!」
ピンッ! コインが空を舞う。