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第イ話:誘拐された者  作者: 吉野貴博
5/5

蛇足:上下の下という名の本編。


 あの事件が起こって割とすぐに大学を卒業し、みんなとも別れ別れになり、連絡を取る方法もなくなって、夢を見るようになった。

 夢の中で「これは夢だ」とは解らないタイプの夢である。

〝おりん〟の音が鳴って目が覚め、プライベートな部屋にいる。

 部屋にはふかふかのベッドがあり、座ったら気持ちの良さそうな椅子があり、スタイリッシュな机の上にはお洒落なティーポットと高価なビスケット、本棚があって面白いことが解っている本ばかりが棚に並んでいる。

 部屋を出ると誰もおらず、今いた部屋は長い廊下で、上から見て長方形の短辺に位置している、と言って解るだろうか。

 廊下の左側には扉がいくつもあり、手前から順番に開けてみると、仕事場であったり応接室であったり浴室であったり食堂であったりと続くのだが、その全てが趣味が良く、快適そうで、目が引きつけられる物が置かれている。食事は美味しそうだし皿やカトラリーは高級品で、娯楽室には知恵と工夫が試されるゲームがあり、育児ルームには洗練された知育玩具が置かれていたり、などなど。

 そして建物は、夢を見る度に何かの会社であったり、学校であったり、博物館や図書館であったりと建物が違っており、部屋の内装も置かれているものも、その建物に合った品になっているのである。

 ここにいたらずいぶん仕事もはかどるだろう、住んでいて楽しいだろうし、とても大切な人をここに呼んで一緒に住みたいと思うのだ。

 そして一番奥の部屋、最初にいた部屋とは対になる、廊下の行き止まりにある扉にくると、プレートに「社長室」とか「校長室」とか「館長室」とか、その建物の一番偉い役職が刻まれているのだ。

 開けてみようとするのだが、ドアノブを持った瞬間に、恐怖が体を立ちすくませるのである。

 この部屋は駄目だ、今までの部屋とは全然違う、この中には恐ろしいものがいて、開けたら想像を超えた恐怖に見舞われることになる

 と震え、絶叫を抑えられなくなるときに目が覚めるのだ。

 この夢は定期的に見るものではなく、どんな周期なのか、何が切っ掛けで見るのかも解らないし、そもそも何故この夢を見るようになったのかも解らない、ただ最初の〝おりん〟の音で、ミスキャンパスの語りに何かキーワードがあって、私が受け取ってしまったのではないかと思うだけである。

 みんなもこんな夢を見ているのか確かめようがなく、この夢にどういう意味があるのか誰かに相談しようにも、A子さん誘拐事件の説明もしないといけないような気がして、躊躇してしまう。

 あの扉を開けるとどうなってしまうのか、Kが言ったという「病院みたいな建物」と関係があるのか。夢の中が病院の中にある部屋ばかりになって、プレートに「院長」と刻まれたとき、それはまだ無いのだが、そのときにはどうなってしまうのか。

 過去は解らないことだらけだが、未来ももっと解らないし、現在だって全く解らないことだらけなのだ。

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