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第イ話:誘拐された者  作者: 吉野貴博
4/5

蛇足:上下の上という名の前置き。


 以上が私が大学生の頃、同じゼミにいた二人に起こった事件である。

 最後の方にも書いたが、この事件には顛末といえるものがない。

 誘拐犯達の目的や正体が解らないし、A子さんの身に何があったのかも解らないのだが、もう一つ、ミスキャンパスである。

 彼女はKから聞いた話を私たちにしてくれたが、もちろん録音はしていたが、

「よく一度しか聞かない話を覚えられますね」は必要な指摘であろう。

 誰かがその場で聞いたところ、昔テレビで話芸の達者な芸人が、修行のやり方の一つとして、「師匠が語った噺をどれだけ覚えられるか、その場で繰り返させる」という方法があって、それをやっているし、大学に入ってからはいくつかの記憶術を学んだと言っていた。

 みんな、流石にエリートは違うなと感心していたが、実はその説明は、誠意はあるが事実ではない、ということである。簡単なことで、Kが口にした言葉や口調がそっくりそのまま再現されているはずがないのだ。

 Kの精神状態はあのときに平常だったはずがない。もちろん日常生活では今まで通りの態度を取っているだろうが、あの事件のことを話し、我々、すなわちみんなのことを口にするときに平静でいられるとは思えないのだ。そして彼女はそこを判断し、彼女なりの言い方でみんなに説明したはずである。

 そこで抜け落ちるものもあるだろう、事件の説明には影響しない些細なことであっても。

 そして私が語らなかったことも一つある。

 A子さんをみんなで守るために行動を起こし作戦を立てたとき、私は事情があって参加出来なかったのだ。そのときの様子は参加した者から聞いたことなのである。

 だからといってこの事件を語るに際し、話しの根幹を揺るがすようなことが抜け落ちたとは思わない。私が参加していたところで少々臨場感が増す程度で、説明への影響や信用にはほとんど違いはないはずだ。

 みなさんも考えてみてほしい。

 この事件をとことんまで要約すると、

「女子大生を誘拐したカルト集団が、犯行時に一緒にいた男子学生もついでに誘拐してみたら、実はそいつがカルトのトップよりやべぇ奴で、カルト集団が逆襲されどうかなってしまった話」である。

 要約すれば面白みは増すのだが、関係した全員の心情は丸ごと捨てられているし、カルト集団がA子さんを誘拐しようと思った「事件前」も、A子さんが大学を辞めた「事件後」も存在しない、これだけで完結してしまった説明になってしまっている。

 私もこの事件ではかなりの第三者であった。

 同じゼミにいた者として新聞部や推理小説研究会などの連中ほどには離れていないが、A子さんを守るときに参加していなかった非当事者である。Bや守りに参加したみんなは、その部分だけ当事者であり〝我が事〟であったのだ。

 私はみんなに一番近いところにいた〝他人事〟ポジションである。

 だからこそ私は、真実は誰にも解らねども、事実と誠意の間にもかなり深くて暗い溝があることに気がついたんだと思うし、その後私の身に起こり始めた〝よく解らない現象〟の原因は、欠落した事実に起因しているのではないかと思えてならないのである。


 前置きが長くなって申し訳ない。端的に言えば「後日談?」である。

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