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第イ話:誘拐された者  作者: 吉野貴博
3/5

上中下の下


 先生に言われて二人で機材を取りに行ったら、後ろから突然襲われて、頭に袋を被せられて、袋の上から声が出せないようにされて、後ろ手に縛られて、引き摺られて車に乗せられてって、まぁ解るわよね、

 長いこと車に揺られて、どれだけ走ったんだか解らなくなって、やっと車が止まって外に出されて、気温とか虫の音で夜だなって思って。

 足元を指示されて歩かされて、靴を脱がされて階段を上ってぐるぐる歩かされて、シャツとズボンを脱がされたんだって。

 それで袋をとられて周囲が見られるようになったんだけど、もうA子さんとは違う部屋に連れてこられていて、体格のいい男の人が何人もいたから抵抗は諦めたんだって。

 手を縛っていた紐をとられて「その服を着ろ」って病人が着るような服を出されて、財布のことを思ったんだって。

 病院の大部屋みたいな広さなんだけど、ベッドは一つ、椅子が七脚壁際に置かれていて、窓も時計もなく、がらんとしていたんですって。

 その日はそれで終わり。食事も出されなかったけど食欲はないし、時間が全く解らなくて寝たんだって。

 翌日かどうかも解らないけど、目が覚めてしばらくしたら、扉の向こうから〝おりん〟を叩く音が聞こえてきたんだって。お仏壇を拝むときに金属のお椀みたいなやつを鳴らしてるの。それからお医者さんみたいな服を着た男の人と、看護師さんみたない服を着たがっしりとした体格の男が入ってきたんだって。

 お医者さんみたいな方がニヤッと笑って、持ち手の付いた金色の〝おりん〟を看護師さんみたいな人に渡して、椅子を動かしてK君の前に座って、〝とても酷いこと〟を喋り始めたんだって。

 K君はもう暴れるつもりはなくて、下を向いたんだけど、看護師さんみたいな方がK君の後ろに回って、お医者さんみたいな人に無理矢理顔を向けさせたんだって。さすがに視線を外すのまではどうもされなかったけど、面と向かって〝酷いこと〟を聞かされ続けたんですって。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ずーっと〝とても酷いこと〟を聞かせられて、ずーっと頭を固定されて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、黙って終わるのを待っていたんですって。〝その程度の反応〟はしないと一段上のやり方をされるかもしれないんですって。

 しばらくすると、また扉の外から〝おりん〟を鳴らす音が聞こえてきて、お医者さんみたいな人が喋るのを止めて、立ち上がって扉を開けたらまた一組のお医者さんみたいな人と看護師さんみたいな人が立っていて、その人たちと交替して部屋を出て行ったんですって。

 その人も目の前に座って〝とても酷いこと〟をしゃべり始めたんだけど、K君の〝そのくらいの反応〟も、その人達にとっては初めてだからそれほど気にせず、ずっと〝とても酷いこと〟を言って、またしばらくしたら扉の外で音がなって、また交替するんだって。

 さすがに何回目かの交替で最初の人が来たんだけど、K君の反応をどう思ったのかは解らなくて、おかしさに気がつく前に、扉の外ですごい数の〝おりん〟の音がして、その人達が「先生」と呼んでいた人が部屋に入ってきたんだって、大勢を引き連れて。お医者さんのドラマの院長回診みたいだったって。

 その人達、K君に〝とても酷いこと〟を言っている中に、ちょくちょく「先生」のことを言うことがあって、偉大なお方だの全てを見通しているだの凄さを言って、それでK君が如何に駄目でどうしようもない奴かが真実だってふうに言っていたんだけど、その「先生」がやって来たんだって。

 ここに連れてこられてどれだけ時間が経ったのか正確には解らないんだけど、様子を見に来たのかなって。

 部屋の中の二人が直立不動の姿勢になって最敬礼して。

「先生」が扉から近くに来るまでに、身長と服が目に付いたんですって。

 みんなはお医者さんとか看護師さんが着るような服を着て、上履きとかスリッパを履いているのに、「先生」だけはスーツに革靴を履いていたんですって。

「先生」だけが靴履きなのを見て、履き物がその人達の上下関係を表しているのかなって。

 自分より身長が低いことと、ズボンの裾が靴の踵を見えない長さにしているのを見て、言うことを決めたんですって。

 すごい尊大な態度でK君の目の前まで来て、背中を反らせて馬鹿にした顔で口を開こうとした瞬間にK君が

「なんだシークレットブーツか、チビが反っくり返ってお山の大将かよ!」って、一気に言ったんだって。

 みんなシンとしちゃって、「先生」の顔がこわばって、何かを言おうと口を開く瞬間を見逃さず、「先生」に〝とても酷いこと〟を吐き出したんですって。

 違ってもなんでも、とにかく「先生」の気勢を削ぐのと、言っちゃいけない公然の秘密を言うことでみんなの動きを止めることとを狙って、今までの怒りを自分の頭がおかしくなるほど強く込めて、〝とてもとても酷いこと〟を吐き出したんですって。

 この部屋にやって来たお医者さんみたいな人たち、みんな「先生」に心から心酔しきっていたんだけど、最初の人は自分の見方をするし、二番目の人には二番目の人の見方があるようにってふうに、人によって「先生」の偉大さ、素晴らしさが違っているのをしっかりと記憶していて、

 二番目の人は最初の人のような見方はしていない、三番目の人は四番目の人のようには気がついていないことを、さも「みんなあんたにいい顔を見せているように見えるだろうが、裏じゃ何て思ってるのか知ってんのかよ!」ていうふうに、ことさら悪い方にねじ曲げて「先生」にぶつけてやったんだって。

 もう頭に血が上って血管が切れるんじゃないかってくらい集中して言い続けて、とうとう本当に頭がクラッとなって目の前が暗くなって口が動かなくなったんだけど、根性をだして顔を上げたら「先生」は顔が真っ白になって歯をグッと食い締めて、フルフルとK君を見ていたんだけど、くるっと後ろを向いて部屋を出て行っちゃったんですって。

 みんな先生先生言って一緒に出て行って、K君は放っておかれて、(あぁ、殺されるかな)とベッドに横たわったんだけど、少し経って向こうで大騒ぎが始まって、でシンとなって、またしばらく何にもないから廊下に出てみたら、誰もいないんだって。

 建物の中はやっぱり病院みたいで、部屋がずらっと並んでいて扉にガラス窓があって、歩きながら通る扉のガラス窓から中を見ていたら、ずっと誰もいないんだけど、とうとうA子さんがいるのを見つけて、扉を開けてA子さんを呼ぶんだけど頭を抱えてうずくまっているだけで何も反応しない、部屋の中に入ってA子さんの肩を揺すると、A子さんますます身を固くするんだけど、K君が名乗ったらようやくK君を見たんだって

「なんか誰もいなくなったみたい」と言ったらようやく立ち上がって、K君の手を握ってびくびくしながら歩き出したんですって。

 また誰もいない部屋の前を通って、階段があったから下って、正面玄関に出たんだけど誰もいない。

 外に出ようと思ったんだけど靴がなくて、しかたなくA子さんと二人で裸足のまま外に出たら、やっぱりそこは病院みたいな建物で、山の上で、舗装された道を歩いて山を下ったら、悲鳴を上げる人がいてパトカーを呼ばれて、パトカーなら安全だろうと助けを求めたんですって。


 私は言ったわ、

「大変な目に遭ったわね」

 それで聞いたわ、

「なんで私たちには教えてくれたの?」

「そりゃあなたたちは特別だからですよ」

 どういう意味?

「あなたたちは生まれつき綺麗で格好良くて、頭も良いし、スポーツ万能。それでいて普段の努力や鍛錬を欠かさずそういう魅力をさらに磨いています。

 そういう人が俺みたいな者を眼中にないのは、そりゃ当然です、当たり前です、そうだよなぁとしか思いません。

 でもみんなは違います。

 あなたたちのような凄い素質もありませんし、日々の努力も鍛錬も、勉強もせずに、それでいつも俺のことを何て言ってるか知ってますか?あの建物の連中が口に出して言ったことを、裏で言ってるんですよ。みんなで俺のことを馬鹿にして。

 あなたたちだったら俺のことを馬鹿にするのは解りますし、そもそも世界が違うから馬鹿にすらしないでしょう。

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「そんなことはないよ、みんな心配しているよ」

「まぁ、それは」

 K君はようやく笑って

「あなたは雲の上の人ですから」


 みんなが聞いたのはそこまでである。

 A子さんを誘拐した連中の正体はなんだったのか、何故誘拐したのか、誰かを捕まえることができたのか、警察も大学も教えてくれなかった。

 A子さんは郷里に連れて帰られてから、一度もこちらに戻らずに大学を辞めた。Bにも連絡は来なかったそうだ。

 Kはその後もいつも通り、みんなとは必要なことしか言葉を交わさない。

 リア充グループは自分たちの日常に戻り、みんなと接触することはなくなった。

 結局みんな、A子さんの身に何があったのか、知ることはなかった。


 そしてみんなは、ミスキャンパスが最後に口ごもり、結局口にはしなかった言葉を頭に浮かべる。

「みんな、そんなこと言ってないよね?」


「蛇足」に続きます。

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