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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第2章
34/37

第33話 雪

 その日の朝は、いつもよりも寒く感じられました。


「……寒っ!」


 わたしは寒さで、目が覚めてしまいました。

 ベッドから出たくありませんですが、ご主人様が起きてきたときに、寒くてはいけません。わたしは意を決してベッドから出ますと、すぐに服を着替えました。


 着替えを終えますと、冷たい空気の中を歩きながら、わたしは暖炉に向かいました。

 まずは暖炉に火を入れなくてはなりません。

 暖炉の中に薪を並べ、古新聞を隙間に詰めてそこに火をつけます。今朝はとても寒いので、普段は使わない石炭も少し入れました。おかげですぐに燃え上がり、暖炉が暖かい空気を部屋に放ってくれます。


「あっ……!」


 暖炉に火を入れたわたしは、窓のカーテンを開けた直後、外の景色に目を奪われました。



 外はいつの間にか、一面銀世界になっていました。



 昨日の夕方までは無かった雪が、街を覆い尽くしていました。

 街灯も通りも外のゴミ箱も、全てが真っ白です。


 わたしは、昨夜のラジオから流れてきた天気予報を思い出しました。

 ご主人様が聴いていたラジオから流れてきた天気予報では、夜中から雪が降ると予報されていました。そして現在、その予報通りに雪が降っています。

 寒いわけが、よく分かりました。


「うう……見ているだけで心の中まで雪が降ってきそう……!」


 わたしは窓から離れて、朝食の準備に取り掛かりました。


 わたしは、雪景色があまり好きではありません。

 雪はわたしにとって、救貧院での冬の強制労働を思い出させるからです。


 雪が降る中での強制労働は、多くの収容された人にとって、辛い日々だったはずです。

 わたしも雪が降る中、強制労働でひたすら穴掘りをさせられたことがありました。今でも時々悪夢として見てしまうほど、記憶の奥に焼き付いてしまっています。


 そのとき、わたしの耳がご主人様の足音をキャッチしました。


「うー……今朝は寒いなぁ……」

「おはようございます、ご主人様!」

「おはよう、マリア……おぉっ、雪だ!」


 窓の外に気づいたご主人様が、窓辺に駆け寄りました。

 窓の外を眺めるご主人様の目は、まるで子供のようです。


「なるほどなー。通りで寒いわけだ」

「ご主人様、雪はいつまで続くのでしょうか?」

「うーん……冬が終わるまでの間には、何度か降るんじゃないかな?」


 わたしの問いかけに、ご主人様はそう答えました。


「そうですよね……」

「マリア、元気がないみたいだけど、体調でも悪いのか?」

「い、いえ! 違います!!」


 慌ててわたしは、首を振りました。

 今さら過去の救貧院でのことを話しても、重い空気になってしまうだけです。ご主人様はこれから仕事に取り掛かるのですから、わたしが重い空気にしてしまうのはいけないと思いました。


「寒いのと、お腹が空いていて元気が出ないだけです」

「確かに、こう寒くてお腹も空っぽなら、元気が出ないな」


 よかった。

 ご主人様が納得してくれました。


「もう少しでできますから、待っていてください」


 わたしはキッチンに戻り、駆け足で朝食を作りました。




 オレはマリアが作った温かい朝食を食べた後、仕事に取り掛かった。

 仕事をしながら時折、事務所の掃除をするマリアを見た。


 マリアは外を見るたびにため息をついて、また仕事に戻るということを繰り返していた。


 オレはそれが、不思議でしょうがなかった。

 そう思ったのは、マリアが獣人族狐族の少女だからでもあった。雪を見てはしゃぐことが多い獣人族狐族だが、マリアはそうはならない。むしろため息をつくことから、雪があまり好きではない様子だ。


 どうしてなのかは分からないが、だからといって聞き出すようなことはしない。


 知ったところでどうかなるものでもないだろう。

 それに、オレの仕事には関係のないことだ。


 オレは仕事に一区切りをつけると、トレンチコートを羽織った。


 これから、取引先に書類を持って行かなくてはならない。

 オレは雪が降る街中に出ると、すっかり雪が積もった通りを歩き始めた。




 ご主人様が帰ってきましたのは、午後になってからでした。


 それまでわたしは、暖炉の前で休憩をしていました。

 雪が降るほどの寒さの中、暖炉の前にどれだけ長居しても、誰からも怒られない。まるで夢のような時間を、わたしは過ごしていました。

 ご主人様のおかげで、わたしは寒さの中で震えなくて済みます。

 暖炉の中で燃える炎は温かさだけでなく、安心も与えてくれました。


 少しウトウトしかけた頃、事務所のドアが開きました。

 わたしは反射的に立ち上がり、事務所のドアに駆け寄りました。


「ご主人様!」


 慌ててわたしは、ご主人様に駆け寄りました。


 ご主人様は身体全体に、雪がかかっていたのです。

 コートはもちろんのこと、頭やカバン、靴まで雪がついていない場所はないくらいでした。


 わたしは救貧院で、雪まみれになっていた同室の人を思い出してしまいます。

 雪を落とすこともできず、すぐにまた吹雪の中で強制労働をさせられていた男性。食事はわずかなパンと塩気のあるスープ、そして粥。食事をしている時も雪まみれで、食事をしている姿勢のまま、雪にまみれて亡くなりました。


「けっこう、雪がすごいよ」


 ご主人様はそう云って笑いますが、わたしはそれどころではありませんでした。

 雪まみれで亡くなった男性と、ご主人様が重なってしまいます。

 すぐに雪を払い落とそうと、わたしは手を伸ばしました。


 突然、ご主人様がカバンを置き、わたしの手を握りました。


「マリア、すごいぞ!」

「ひゃっ!?」


 ご主人様の強い力に引っ張られて、わたしは外に連れ出されてしまいました。

 暖かい室内から、一気に雪が降る街中への移動。わずか数メートルほどの距離しかないのに、わたしには大移動にも思えてしまいました。


「ごっ、ご主人様!?」


 寒さの中に連れ出されたせいか、わたしの声は震えていました。

 メイド服は厚めに作られてはいますが、この寒さを防ぐには少し心もとないです。


 すると、ただでさえ寒いのに、ご主人様がコートを脱いでしまいました。

 脱いだコートから、ご主人様は雪を払い落とします。


 ご主人様が何を考えているのか、わたしにはさっぱり分かりませんでした。


「ご主人様、わたし、雪は――」

「寒いからな、ほいっ!」


 わたしの言葉を遮って、ご主人様は脱いだコートをわたしの肩に掛けてくれました。

 コートにはご主人様の温もりが残っていました。


 寒い中に、コートを通して伝わってくるご主人様の温もり。

 不思議とわたしは、寒さを感じなくなってしまいました。


「マリア、これをご覧よ!」


 ご主人様が、なぜか事務所の窓を指さしていました。

 事務所の窓に、何があるのでしょうか?


 ご主人様から云われた通り、わたしは指さす先へと視線を向けました。


「あっ……!」


 そこにあったものを見たわたしは、思わず声を漏らしました。



 そこには小さな雪ダルマが2つ、並んでいました。



 ただの雪ダルマかと思いましたが、そうではありませんでした。

 小さな木の実や小さな木の枝を使って、雪ダルマに顔が書かれていました。それによく見ますと、雪ダルマの片方は獣耳のようなものがついていました。


「マリアをイメージして、作ってみたんだ。似てる?」


 ご主人様はまるで子供のように、雪ダルマの出来栄えをわたしに訊いてきます。

 雪ダルマなんて、誰が作っても同じのはずです。


 ですが、ご主人様が作った雪ダルマは、どこかわたしにそっくりに見えました。


「……似ていますね」


 わたしは気がつきますと、雪ダルマをじっと見つめていました。

 そうしているうちに、記憶の奥底にしまい込んでいた、救貧院での出来事を思い出してきました。



 雪が降った冬の日に、わたしは職員の目を盗んで友達と遊んだことがありました。

 そこでわたしは、雪ダルマを友達と一緒に作りました。わたしはその雪ダルマに愛着が湧いてしまい、暖炉がある部屋に持ち込んで溶かしてしまったことがありました。

 雪を食べてみたこともあります。


 そんなことを、思い出してしまいました。

 辛い救貧院での日々、少しの間でしたが、辛い出来事を忘れられた時でした。


 雪の日は辛い思い出しかないと思っていましたが、そうではありませんでした。


 わたしはご主人様と一緒に、しばらくの間、雪ダルマを見ていました。



「……ご主人様、寒くはありませんか?」


 少し時間が経った頃、わたしは雪ダルマを見ながらご主人様に訊きました。


「うん……確かに、少し寒いな」


 ご主人様がそう云い、わたしはポケットから懐中時計を取り出しました。

 外に出てから、もう5分も経過していました。


 わたしの手も、氷のように冷たくなっているでしょう。


「では、そろそろ中に入りましょうか」

「そうするか」


 いつの間にか、わたしは笑顔になっていました。

 ご主人様も笑顔で、寒くてもその笑顔は暖かかったです。




 わたしとご主人様は事務所に戻りますと、まずは暖炉の前で冷えた身体を温めました。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、9月5日の21時を予定しております。

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