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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第2章
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第32話 冬の訪れ

「……はっくしょん!」


 朝早くに、わたしはあまりの寒さで目を覚ましました。

 外はまだ暗く、床から冷たい冷気がベッドの上まで上がってきていました。



 もうすっかり、冬です。



 わたしはベッドから出て、メイド服に着替えます。寒い中の着替えは応えますが、ご主人様が起きてくる前に、暖炉に火を入れないといけません。ご主人様に、せめてこの家と事務所の中だけでも、寒い空気の中を歩いてもらいたくはありません。

 大急ぎでわたしは暖炉に薪を積み上げ、火を起こします。

 そして急いで、朝食の準備に取り掛かりました。


 その時でした。


「うー……今朝は寒いなぁ……」


 すぐに分かりました、ご主人様です。


「おはよう、マリア」

「おはようございます、ご主人様!」


 わたしは朝食を作りながら、ご主人様に朝の挨拶をしました。


「まだ暖まっていなくて、申し訳ございません」

「仕方がないさ。もう冬だからな」


 ご主人様はそう云って、居間のイスに腰掛けました。

 わたしはすぐに熱いコーヒーを、ご主人様にお出しします。


 急ピッチで、わたしは朝食を作り始めました。




 マリアが作ってくれた朝食を食べ終えるころには、だいぶ暖かくなっていた。

 紅茶を飲んで一息つくと、オレは服を着替えて身だしなみを整えた。


 温まった部屋の中で、今日も仕事に取り掛かる。

 仕事はたくさんある。仕事をこなせば、オレに入ってくる収入も増えてくる。


 さぁ、仕事だ!




 オレは手が疲れてきて、万年筆を置いた。

 時計を見ると、10時をとうに過ぎて、11時近くになっていた。


「ふぅ……」


 出来上がった書類を置き、オレは机から目を上げる。

 ずっと机に向かっていたせいで、目も疲れていた。

 少し遠くを見て、目の疲れを癒さないとな。


 窓の外を見ようとしたオレの目に、マリアの姿が飛び込んできた。


 マリアは今日も、事務所の中を掃除している。

 どうやら今は、暖炉の前を掃除しているようだ。暖炉の前に置いたソファーで見えないが、マリアの足元では箒の先端が動いているに違いない。


 あそこは暖かそうで、いいなぁ。


 そうだ!

 少しだけ、ソファーで休憩するか!


 オレはそう決めると、イスから立ち上がる。

 そのままソファーへと足を向けた。


「マリア、掃除お疲れさ……ん?」


 オレがソファーの前に出ようとして、マリアの様子がおかしいことに気がついた。

 箒が、動いていない。いや、むしろ箒を持っているマリア自身が、全くといっていいほど動いていなかった。マリアは暖炉の前で、まるで銅像のように直立不動の姿勢を保っている。


 おかしいと思ったオレは、マリアの肩をそっと叩いてみた。


「マリア、どうかしたのか?」

「ひゃっ!?」


 オレが肩を叩いた直後、マリアは尻尾をビクンと立てて変な声を上げた。


「あっ……ご主人様!」

「マリア、掃除していたんじゃなかったのか?」

「あっ……そ、そうでしたっ!」


 オレが尋ねると、マリアは箒で床を掃き始めた。


「すいません、手早く終わらせて、お昼の準備しますね!」

「ああ、頼んだよ」


 マリアが暖炉の前から離れていき、オレはソファーに腰掛けた。


「うーん、ここは暖かいなぁ……」


 オレは少しウトウトしそうになりながら、ソファーで暖炉の火に当たりながら休憩した。

 どこからか視線を感じたような気がしたが、きっと気のせいだろう。


 休憩を終えると、自然とそのまま昼食の時間になってしまった。




 夜。

 オレは書斎で1人、原稿を書いていた。静かな夜は、現行の執筆が捗る。


 しかし、そんな時でさえも、時に書けなくなる時がやってきてしまう。

 そんなときにやることは、読書か休憩だ。


「ううっ、寒……!」


 オレは原稿執筆に集中していて、いつの間にか寒さを忘れていた。

 これは読書どころではない。

 少し温まったほうがいい。


 オレはふと、暖炉のことを思い出した。

 マリアはオレよりも少し先に使用人部屋に戻っている。暖炉の火は、マリアが管理している。確認したわけではないが、きっともう、暖炉の火は消えているだろう。

 だけど、ぬくもりは少しは残っているかもしれない。



 残ったぬくもりだけでもいい。

 少し、暖まりたい。



 そんな気持ちに支配されていたオレは、ひざ掛けとして使っていたブランケットを羽織り、書斎を出た。

 そして廊下に漂う冷えた空気に震えながら、暖炉がある事務所へと向かった。




 事務所に近づいてくると、オレは妙なことに気が付いた。


 廊下に漂っていた空気が、暖かい。

 これはぬくもりの残りなどではない。明らかに、暖炉で火を焚いているぬくもりだ。


 マリアが、居間にまだいて朝食の下ごしらえでもしているのだろうか?

 いや、マリアはもう休んでいるはずだ。それに居間に暖炉はない。現在使っている居間は、元々はキッチンの一部だったところだ。暖炉があるのは、かつて居間だった事務所しかない。

 だとしたら、事務所に誰かがいることになる。


 オレの身体に、緊張が走る。

 マリアが暖炉の火を消し忘れたのならまだいいが、誰かが忍び込んでいたとしたら、ただ事では済まない。


 事務所は施錠したはずだ。

 これは確認しないといけない!


 オレは気配を殺して、事務所に足を踏み入れる。


「――!!」


 暖炉のほうを見たオレは、思わず叫びそうになった。



 暖炉の前に置かれたソファーに、誰かが座っている!!



 オレはゆっくりと机に近づき、机の上に置いた万年筆を手に取った。

 護身用のコルト・ローマンは、書斎に置いてきてしまった。キッチンに行って包丁やナイフを取ってくるわけにもいかない。心もとない上に本来の使い方ではないが、今はこの万年筆以外に、武器になりそうなものがない。

 そっとキャップを外し、突き立てるように持つと、オレはソファーに向き直る。


 ソファーには、まだ誰かが座っていた。


 オレに気づいていないのか?

 それとも、眠っているのか?


 どちらにせよ、好都合だ。

 相手に気づかれる前に、先手を打つことができるのだから。


 オレは再び忍び足になると、ゆっくりとソファーに近づいていく。

 暖かい空気が、少しずつ近づいてくる。しかし今は、そんなことはどうでもよかった。


 ソファーに座っている誰かを、確認して対処するのが先だ!



 ソファーに近づきながら、オレは相手を観察した。


 どうやら獣人族で、長い髪から察するに女性のようだ。

 しかし、事務所には鍵がかかっているはずだ。一体、どこから侵入してきたというのか?


 もしかしたら……幽霊?


 オレは生唾をゴクリと飲み下す。

 ここに事務所を構えて2年になるが、今まで幽霊が出たことはない。紹介されたときも、そのようなことの説明は無かった。もしかしたら、不動産屋が隠していたのかもしれないが。


 だが人であろうと幽霊であろうと、オレの事務所に勝手に忍び込んだことは許されない。

 人なら警察に突き出すし、幽霊なら2度と出てこないようにしてやろう!


 相手の背後まで来たオレは、万年筆を握り直した。



 オレは後ろから万年筆で刺そうと考えたが、ふと立ち止まった。



 攻撃する前に、相手の顔を確認しておいたほうがいい。

 もしかしたら、警察の手配書に顔が載っているお尋ね者かもしれない。

 そうだとしたら、下手に傷つけるよりも、なるべく無傷で取り押さえて警察に引き渡せば、懸賞金がたんまりと貰えるかもしれない。


 刺すのは止めだ。もっといい方法がある!

 ぶん殴って、気絶させたほうがいい!


 オレは万年筆に再び、キャップを被せた。


 再び忍び足で、オレは相手の顔が確認できる場所まで移動を始める。

 相手が動き出したら、こっちもいつでも反撃できるようにしないと!


 自然と足に力が入りながら、オレはソファーの横まで移動した。

 どれどれ、相手の顔は……。


 しかし、そこには意外な人物が座っていた。




「――あれ?」


 そこにいたのは、獣人族の少女だった。

 獣人族狐族の少女。メイド服を着ていて、膝の上に自分の尻尾を、ひざ掛け代わりに置いている。火が焚かれている暖炉の前で、その少女はうとうとしていた。時折、その可愛らしい狐の耳をピクピクと動かしながら、かすかに首を前後に動かしている。


 オレはその少女が誰なのか、よく知っている。

 何しろ、その少女の雇用主は、オレなのだから。


「マリア」

「ひゃいっ!?」


 オレが相手の名前を呼ぶと、変な声で返事をした。


「ごめんなさい! ごめんなさい!! すぐに労働に戻ります! お願いですから、殴らないでください!!」


 突然、マリアが猛烈に謝罪を始めた。

 一体、どうしたというのだろう?


「マリア、オレだ! シリウスだ!!」

「はっ……ご主人様?」

「マリア、そんなところで寝ていたら、風邪をひくぞ?」

「ごっ、ご主人様!!」


 マリアは慌ててソファーから立ち上がった。

 もう使用人部屋で休んでいると思っていたが、どうやら違ったらしい。


 顔を確認しておいて、本当に良かった。

 もしそれをしなかったら、万年筆でマリアを刺していたところだった。


 オレは手にしていた万年筆を、ポケットに入れた。


「マリア、さっきの謝罪は……?」

「……ご主人様、わたしの過去をお話しします」

「わかった。とりあえず、座ろうか」


 オレはマリアにソファーに座るよう促す。

 マリアがなかなか座らないため、オレが先にソファーに座ると、すぐにマリアも着席した。


 そしてマリアは、自らの過去を少しずつオレに話してくれた。




 マリアが救貧院に居たことは知っていたが、冬の救貧院は極寒地獄そのものだったらしい。

 事実、冬の救貧院では高齢者や病気の者を筆頭に、命を落とす者も多かったのだとか。

 強制労働の間に亡くなっても、しばらくは冷たい土や雪の上に放置されるようなことも、日常茶飯事だったとマリアは語ってくれた。


 しかしそんな救貧院でも、共同の暖炉の前という、唯一の暖まれる場所があった。

 極寒地獄となる冬の救貧院で、暖炉に当たっている時は、マリアにとっては唯一のやすらぎの時間だった。想像を絶する寒さの中で、暖炉の前がやすらぎの場になるのは、当然のことだろう。


 だが、救貧院の職員は暖炉の前でのんびりしようとすることも許さなかったらしい。

 職員に見つかると、すぐに罵声と暴行を受け、強制労働をさせられる。再び、極寒地獄の中に放り込まれるのだ。


 そんな出来事が、毎年冬に起きていたため、マリアは寒さが半ばトラウマになっていたらしい。

 しかしここでは、職員からの暴言や暴行もなく、いつまでも暖炉の前にいても怒られないために、時間を忘れてしまったらしい。




「ご主人様、申し訳ございません」


 マリアは、暖炉の火を見つめながら云う。

 暖炉の火が照らし出すマリアの表情は、物憂げなものになっていた。


「これからは、なるべく短時間で済ませるようにします。薪のおカネも、わたしのお給料から天引きして構いません」

「……その必要はない」


 オレはそう云って、火掻き棒で燃えている薪を動かした。

 暖炉の中の火が、少しだけ大きくなった。


「休憩したいときは、暖炉の前で休憩してもいい」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ。ただし、お客さんが事務所に来ている時は、なるべく控えるようにな。オレも、寒いのは得意じゃない。こうしてゆっくり火に当たる時間は、オレにもマリアにも、これからは必要な時間だ」

「ありがとうございます!!」


 マリアはオレに向かって、何度も頭を下げてきた。




 それからマリアは、暖炉の掃除や薪の補充も、自ら率先してやるようになった。

 どんどん火の取り扱いを覚えていくマリアに、オレは目を細めた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!

次回更新は、9月4日の21時を予定しております。

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