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最後のメイドと万年筆  作者: ルト
第1章 
19/37

第18話 出張~前編~

「明日、泊りがけで出張に出かける」


 昼食を召し上がっている時に、ご主人様はそうおっしゃいました。

 いきなりの出張の予定に少々驚きましたが、わたしはすぐに頷きました。

 ご主人様が決定したことに、メイドであるわたしが異議を唱えることは致しません。


「かしこまりました、ご主人様」


 明日のわたしは、このご主人様の自宅兼事務所で、お留守番です。

 ご主人様がいないのは寂しいですが、ご主人様はお仕事なのですから、致し方無いことです。


「それで、仕事を手伝ってほしいから、マリアも一緒に出張に行くぞ」

「はい……って、えぇっ!?」


 ご主人様からの言葉に反応してからわずか数秒後。

 わたしは変な声を上げてしまいました。


 ご主人様と一緒に、出張に出かけることは何度かありました。

 しかし、これまでに同行した出張は全て、日帰りでのお仕事でした。

 今回はなんと、泊りがけです。


 お仕事とはいえ、メイドであるわたしがご主人様と外で泊まるようなことが、あってもいいのでしょうか?


「ほっ、本当ですか!? ご主人様!」

「あぁ。だから明日の朝までに、着替えなどを準備しておくようにね。カバンは、確か渡してあったよね?」

「は、はい! ご主人様から頂いたトランクが、部屋にあります!」

「それに、必要なものを入れて持ち出せるようにしておくこと。いいね?」

「はいっ!」


 わたしはそう返して、夕食を食べ進めました。




 ご主人様がお休みになり、家中の施錠確認を終えた後、部屋に戻ったわたしは、明日の準備を始めました。

 ご主人様から譲り受けた少し古いトランクを開けます。そしてその中にわたしの予備のメイド服や下着、洗面用具などを入れていきます。5分と掛からずに、わたしの必要な荷物は全て、小さなトランクに納まりました。

 自分の私物が少ないことに、今さらながら驚きます。


「泊りがけ……」


 わたしは荷物が入ったトランクを見ながら、つぶやきます。

 泊りがけでご主人様と仕事をするなんて、初めてのことです。

 わたしは自然と、お仕事よりもご主人様と泊まる場所のことを考えてしまいます。


 泊まる場所は、どこなんでしょうか?

 ホテルのような場所なのでしょうか。それとも、宿屋のような場所でしょうか。


 どんなところだったとしても、ご主人様と一緒に行けるのなら、どこへでも行きます。

 それが、メイドとしてのわたしの務めなのですから。


「ご主人様と一緒に……」


 どうしてでしょうか、わたしは身体が熱くなってきてしまいました。

 このままでは、明日の朝が起きられなくなりそうです。


 わたしは大慌てで、ベッドに入ってランプの灯りを消しました。




 翌朝。

 オレが起きてくると、マリアはすでに起きて朝食の準備をしていた。


「おはよう、マリア」

「おはようございます、ご主人様」


 オレがイスに座ると、マリアはすぐに朝食を準備してくれた。

 すっかり当たり前の光景になった。

 そしてマリアが自分の朝食を準備すると、オレとマリアは朝食を始める。


「9時頃に出発するから、それまでに洗い物を片付けて、荷物を持って出れるように」

「はい、ご主人様」


 オレはマリアにそう云って、朝食を食べ進めた。



 出発する9時が近づき、オレは自動車にトランクを積み込んだ。

 後部座席にトランクを乗せたのは、取り出しやすくするためだ。マリアは助手席に乗せるし、運転するのはオレだ。


「おまたせしました、ご主人様!」


 出発時刻の3分前に、マリアがやってきた。

 トランク以外に、なぜかバスケットをマリアは手にしている。


「戸締りも、してきました!」

「よし。じゃあ荷物を車に乗せて」


 オレがそう云うと、マリアは自動車に荷物を載せた。

 しかしどうしたわけか、バスケットは手放さなかった。


「そのバスケットも、後部座席に乗せるか」


 オレがそう云って手を伸ばそうとしたとき、マリアが云った。


「いえ、これはわたしに持たせてください!」

「……まぁ、いいけど?」


 珍しく従順なマリアが、はっきりと自己主張したな。

 オレは少し首をかしげながらも、無理やり取り上げるようなことはしなかった。


 マリアが助手席に乗り込むと、オレも運転席に乗り込んだ。

 そしてオレたちは、自動車で少し離れた隣町まで出かけた。




「ご主人様、今日はどのようなお仕事なのですか?」


 運転中。信号が変わるのを待っていると、マリアが聞いてきた。


「今日は、デネブ伯爵家に赴いての出張書類作成だ」


 オレは、仕事の内容をマリアに話す。


「隣町ではあるんだが、デネブ伯爵家は隣町の中でもちょっと離れた場所にある。日帰りでの仕事もできなくはなかったんだが、ちょっとしんどいから泊りがけの出張にしたんだ」

「泊まる場所は、どちらでしょうか?」

「ホテルだ。マリア、先に荷物を宿泊するホテルに置いてから仕事に行くから、荷物を預けていくのを忘れないように」

「はい!」


 信号が変わり、進んでも良いと表示される。

 オレはブレーキから足を離し、アクセルを踏み込んだ。


「キャッ!」


 マリアがシートに身体を押し付けられる。

 どうやら、少し急加速をしてしまったようだ。


「あぁ、すまない」

「いえ、大丈夫です。ご主人様」


 マリアはそう云い、手にしていたバスケットをしっかりと持ち直す。

 一体、あのバスケットには何が入っているのだろう?

 オレは気になりながらも、運転に集中しなくてはいけないため、聞かなかった。




 隣街に到着したオレたちは、まずホテルへと向かった。

 ホテルにチェックインし、受付で部屋のカギを受け取る。旅費を節約するため、オレとマリアは同じ部屋に泊ることとなっている。最初は分けようとしたが、マリアはオレの財布を心配してくれたのか、同じ部屋に泊まることに同意してくれた。

 ホテルの部屋に荷物を置くと、仕事に必要なものを入れた書類カバンを手にした。

 マリアは、大事に抱えていたバスケットを手にする。


 自動車に戻ってきたオレたちは、荷物を載せて自動車に乗り込む。


「ご主人様、立派なホテルですね!」

「あぁ。電話で予約しておいたが、まさかここまで立派だとはオレも思わなかった。マリア、もしホテルに残りたいなら、残ってもいいぞ?」

「いえ、ご主人様のお仕事のお手伝いをさせてください!」


 マリアは助手席でバスケットを抱えながら、そう云った。


「ホテルの部屋で待っているよりも、ご主人様のお仕事をお手伝いしたいです」

「……わかった」


 オレは少しだけ口元を緩めると、自動車のエンジンを始動させた。

 そして自動車を運転し、オレとマリアはデネブ伯爵家へと向かった。




 デネブ伯爵家は、隣町の中でもとりわけ離れた場所に建っている。

 伯爵の爵位を持つデネブ氏は、広大な荘園を持っていて、その敷地内に大規模なカントリーハウスを構えている。カントリーハウスの隣には、使用人たちの宿舎もあり、畑や温室では日々新鮮な野菜を栽培していた。さらに敷地内にある森は趣味の射撃ゲームをするための戦場として使われている。この町の実力者であり、有名人になるのも無理はない。


 オレは過去に何度か足を踏み入れていたが、マリアはデネブ伯爵のカントリーハウスに来るのは初めてのことだった。


「ご主人様、すごいお屋敷ですね!」


 マリアは自動車の窓から広大な庭を見て、目を輝かせている。

 オレは最初にデネブ伯爵から仕事の依頼を受けて、ここに来た時のことを思い出す。


 あんな感じで、1人で盛り上がったなぁ……。


「デネブ伯爵は、この町の有力者だ。最初に来た人は、みんなそうやって驚くんだ」

「ご主人様も、驚かれたのですか?」

「……もちろんだ」


 オレはカントリーハウスの駐車場まで、自動車を走らせた。

 自動車から荷物を持って降りると、従僕がやってくる。


「代書人のシリウス様、お待ちしておりました」


 お仕着せを来た従僕が、丁重に出迎えてくれる。

 この従僕に出迎えられるのも、久しぶりだ。


「ご主人様がお待ちです。応接室まで、わたくしがご案内いたします。お連れの使用人の方も、どうぞ」

「ありがとう」


 オレとマリアは従僕に案内され、デネブ伯爵のカントリーハウスへと入っていった。




 応接室まで案内されたオレたちは、応接室のソファーに腰掛けた。

 見た目は質素だが立派なソファーは、オレたちをまるで包み込むように、静かに沈んだ。


「まもなく、ご主人様が参ります。それまでお待ちください。では、失礼いたしました」


 従僕はお辞儀をして、応接室から出て行く。

 従僕の足音が聞こえなくなると、マリアが口を開いた。


「ご主人様、従僕なんてわたし、初めて見ました!」

「従僕を雇えるような雇用主は、それほど多くはない。オレもデネブ伯爵以外では、数えられるほどしかお目にかかったことは無いんだ」

「これからデネブ伯爵に会うと思うと、なんだか緊張します……」

「オレも、緊張しているよ」


 そんなことを話していると、応接室のドアが開いた。

 オレとマリアは反射的に立ち上がり、ドアの方に身体を向ける。


 恰幅の良い、栄養の行きわたった身体に紳士服を身にまとった中年男性が入ってくる。

 デネブ伯爵だった。


「代書人のシリウスです。こちらは私の使用人のマリア。今回はご用命、誠にありがとうございます」

「私がデネブだ。よく来てくれた」


 デネブ伯爵は立派な腹を揺らしながら、ゆっくりとソファーに腰掛ける。


「なんとかして本日中に、この書類を全て作ってもらいたいのです!!」


 デネブ伯爵はそう云うと、オレたちの前に大量の書類を置いた。

 その中から1枚を手に取り、オレは書類に目を通す。

 使用人の雇用に関する申請書だった。


 これほどの量を目にしたのは、初めてのことだった。


「これは……使用人の雇用証明書と免除申請書……それに人物証明書に履歴書などの、関係書類だ」

「全て、私の屋敷で雇っている使用人たちのものです! このままでは、私の雇っている使用人……執事から末端のメイドや従僕に至るまでが、全員使用人保護団体に保護されてしまいます。そうなってしまうと、私の有力者としての立場はおろか、私の生活さえ危うくなってしまいます!」

「ご依頼は……メイド禁止法が成立する前から雇入れていることを証明するための申請書の作成、と伺っておりました」


 オレが依頼を受けた時に、確認した依頼内容を確認する。

 デネブ伯爵は、大きく頷いた。


「はい! 報酬は望むならいくらでもお支払いいたします! どうか、私の使用人たちを守ってください!」

「かしこまりました。本日中に、全ての書類を作成いたしましょう」


 オレは、引き受けることにした。決して、不可能な数ではない。

 記入する内容は、多少違えどほとんど同じだ。


「ありがとう! 必要であれば、昼食も用意する。この呼び鈴を使って、遠慮なく従僕かメイドに伝えてほしい!」

「ありがとうございます。それでは、さっそく仕事に取りかからせていただきます」


 デネブ伯爵が呼び鈴を、別のテーブルの上に置いた。

 オレは書類カバンを開け、万年筆を取り出した。




 仕事を始めてから、どれくらいの時間が経っただろうか。

 オレが書類を書き上げていき、マリアが日付など簡単な箇所を記入していく。


 マリアが読み書きができて良かった。

 おかげで大幅な時間短縮と、オレの労力が半減された。


 オレはふと、時計を見た。

 もうすぐ、お昼の時間だ。


「ふぅ……マリア、そろそろ休憩しようか」


 オレが万年筆にフタを被せて、机の上に置く。


「はい、ご主人様!」

「さぁて、出前でも取ろうか」


 別のテーブルの前に移動し、オレ呼び鈴に手を伸ばそうとすると、先にマリアが呼び鈴を手にした。

 さすがはマリア。オレに呼ばせるのではなく、自分で呼ぶのか。


 オレは勝手にそんなことを考えて感心していたが、違った。

 マリアは呼び鈴を、テーブルの隅に動かしただけだった。


「マリア……出前、取らないのか?」

「ご主人様、お昼は用意してあります」


 お昼がすでに用意してあるって?

 オレが首をかしげていると、マリアはバスケットをテーブルの上に置いた。出発した時から、マリアが大事そうに抱えていたバスケットだ。


 バスケットの中から、マリアはサンドイッチを取り出していく。

 中に入っていたのはサンドイッチだけではなく、金属製の保温容器に入ったスープも準備してあった。ほかにゆで卵とリンゴも入っていた。

 マリアがどうしてあんなに大事そうに自ら持ち運んでいたのか、オレはようやく理解した。


「こういう時は、すぐに食べられるもののほうがいいかと思いまして、朝早くから準備してきました」

「気が利くなぁ……マリア」


 マリアは慣れた手つきでサンドイッチとスープ、ゆで卵を並べていく。

 リンゴはどうやら、デザートになるらしい。


「美味しい。マリアのサンドイッチなら、いくらでも食べられそうだな」

「ありがとうございます、ご主人様!」


 マリアが満面の笑みで云う。

 尻尾も抑えられないらしく、左右に激しく振られていた。


「スープも味がしっかりしている割には、サンドイッチとよく合う。ゆで卵もちょうどよく冷えていて、食べやすい!」

「喜んでもらえて、本当に嬉しいです」


 オレは夢中になって、サンドイッチを口に運び、スープでそれを流し込んでいく。

 時折ゆで卵をかじり、またサンドイッチを食べ進めた。


 ライラとピクニックでこのサンドイッチを食べたら、より美味しく感じられたのかもしれないなぁ。


 そんなことを考えながら、オレはサンドイッチをマリアと共に平らげていった。

 そして食後のデザートには、リンゴを半分に割ってマリアと共に食べた。


 食事を終えたオレたちは、仕事を再開した。




 夕方になった頃に、書類が全てできあがった。

 オレは呼び鈴でメイドを呼び、デネブ伯爵に書類が完成したことを伝える。


 その場で待っていると、デネブ伯爵がデカい腹を揺らしながらやってきた。

 走ってきたらしく、汗もかいている。


「はぁはぁ……しょ、書類ができあがったというのは本当かね!?」

「はい、こちらをご確認ください」


 オレが示した書類を、デネブ伯爵は確認していく。

 次から次へと書類を手にしていく中で、デネブ伯爵の顔に笑みが広がっていった。


「……確かに!」


 書類を置いたデネブ伯爵は、オレとマリアに頭を下げた。


「ありがとう! これで私の生活と使用人たちは、守られた!!」


 オレとマリアは視線を交わし、微笑む。

 やっぱりこうして直接お礼を云われると、やってよかったなといつも思う。


「では、報酬の件なんですが……」

「もちろん! いくらでもお支払いしよう! いくらかね!?」

「い、いえ……後日請求書を郵送させていただきますので、請求書に記載された銀行の口座にお支払いをお願いします」


 デネブ伯爵は、何度も頷いた。

 これなら、支払いに問題はないだろう。




 オレとマリアは荷物をまとめ、デネブ伯爵のカントリーハウスを自動車で出発した。

 目指す場所は、宿泊するホテルだ。


 夕陽がすっかりと落ち、ホテルに到着するころには夜になっていた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ご意見、評価、誤字脱字指摘等、お待ちしております!


ここで、しばし更新はお休みをいただきます。

次回更新は、8月中頃の21時を予定しております。

それまで間が空いてしまいますが、予定より早く連載再開できるように動きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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