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夜、夜、夜

 赤の剣士は、騎士団の歌に囲まれながらも、順調に塔を進んだ。

 やがて三十六階へ到達。

 出くわした魔物は、ドラゴンのように見えた。

 そう。

 見えただけ。しかし肉がない。なんらかの動物の骨をつなぎ合わせ、ドラゴンのように見せかけただけの偽物だ。


「お、おう……。ドラゴンか?」

 騎士団の面々も困惑している。

「念のため左右から挟み込むぞ」

「足もやっとくか」

「行くぞ」

「ポテトのご加護あれ、だ」

 彼らは怪訝そうな態度で、武器を手に手に距離を詰めた。


 魔物の動きは鈍重だった。のみならず、右腕の関節は逆方向にくっついており、格好もいびつ。失敗作であろうか。あるいは急造品かもしれない。


 毒や炎の気配はなかった。なにせ骨しかない。鋭い牙と爪にさえ気をつければよさそうだ。

 剣士も武器を構え、正面から挑みかかった。

 大口を開けて噛み付こうとしてくるが、素早く飛び込んで内側へ滑り込んだ。スカスカだ。床を滑り、転がるようにして起き上がった。

 背後へ回り込むのも容易。

 尻尾で横殴りしてきたので、ガントレットで受けた。するとガッと派手な音がして、そこから尻尾が折れてしまった。自重に耐えられなかったらしい。

「ガハハ! 見掛け倒しだな!」

「ポテトの添え物にもならんわ」

 気の毒になるほど一方的な袋叩きである。


 数分後、かつてドラゴンの形をしていたものは、ただの骨の山と化していた。

「ふん、なんとも手応えのない」

「拍子抜けとはこのことよ」


 剣士も首をかしげた。

 まったくと言っていいほど脅威が感じられなかった。

 普段なら、このフロアには巨大な毒ガエルが出てくるはず。いずれにせよたいした敵ではないのだが、ここまで弱くはない。


 *


 四十一階、石蜘蛛に遭遇。

 無生物ではない。表面が石のように硬くなった巨大蜘蛛だ。八本足で自由自在に這い回る、動きの素早い魔物である。


「おい見ろ、蜘蛛だぞ」

「左右から行くぞ? 行くからな?」

「足もな」

「うおおおおっ!」

「ポテトのご加護あれ!」

 虫が苦手なのか、騎士団のテンションもおかしい。

 とはいえ、左右から同時に仕掛けられ、石蜘蛛はどちらを向くこともできずカサカサと後退した。


 剣士はまた正面から仕掛けた。

 青黒い毒液を吐いてくるが、あまり勢いはない。安々と回避し、距離をつめて口内に剣を突っ込んだ。そこには装甲がない。ズブリと奥まで突っ込むと、ピーッと甲高い鳴き声がした。

 引き抜くと、剣は毒液まみれになっていた。


 騎士団が左右から足を潰したのもあり、石蜘蛛はその場に崩れ落ち、ピクピクと痙攣を始めた。瞬殺だ。

 ひとりであれば手こずっただろう。しかし正面と左右の三方から同時に仕掛けたおかげで、難なく急所を突くことができた。普段であれば、機敏な動きで方向転換するため、硬い外装ばかりを叩いてしまって剣がすぐダメになる。


「さすがにこいつを喰う気にはなれんな」

「まったくだ」

 これには剣士も胸中で同意した。

 毒まみれだ。口ぬせぬほうがよかろう。


 *


 そして四十六階。

 不自然に鼻の長いカバのような動物が寝そべっていた。ベヒモスだ。寝ている。

 この魔物は突進が速い。しかし方向転換が苦手であるため、逃げ切ろうと思えば不可能ではない。


 とはいえ、騎士団に「逃げる」という選択はないらしい。

「見ろ! 大物だ!」

「起きろ! 神聖ポテト騎士団である!」

「いざ尋常に勝負!」

 が、ベヒモスは無視。

「こら! 貴様、塔の番人だろう! 起きて戦わんか!」

 だがベヒモスはうるさそうに目を向けただけで、あっちに行けとばかりに背の翼を動かした。まるで番人の自覚がない。

 髭面のリーダーが顔をしかめた。

「なんなのだこいつは。いつもこうなのか?」

「そのときの気分によるみたい」

 剣士は記憶を探りながらそう答えた。

 実際、真正面から交戦したことはない。最初に遭遇したとき、後ろから追い回されたことがあるくらいだ。そのときは急いで次の階へ行ってしまったが、いまにして思えば、ベヒモスは自分のテリトリーから人間を追い出したかっただけなのかもしれない。


 やむをえず、一行は次のフロアを目指した。


 *


 かくして五十階、休憩室へ到達。

 なにも異変はない。ただソファとテーブルが置かれただけの安全な部屋だ。

 剣士はたらふく水を飲んでから、床に座り込んでパンを齧り始めた。

 すると髭面もやってきて、隣に腰をおろした。

「たしか魔女は百一階だったな。つまり半分まで来たってことだ」

「上もだいたい同じ感じだよ」

「なら大丈夫だな。勝利は目前だ」

「……」


 騎士団は士気も高く、そして強い。必要のない戦闘をしておきながら、ここまでほとんど被害を出さずに来た。

 それでも魔女には勝てないだろう。あの強さはまともじゃない。一方的に襲いかかってくる嵐のようだ。生きていられるのは、魔女が手加減をしている間だけ。

 ときおり彼女は、ふざけて大の字で寝転んだりもする。

 どういうつもりなのかは分からない。

 戯れているつもりなのかもしれない。

 そういうとき、剣士は立ち上がるのを待つことにしている。どうせ罠なのだ。これを好機と攻め込めば、背後から首を刎ねられるのがオチだ。

 もっとも、立ち上がるのを待ったところで結果は同じだが。


 *


 しばし眠った。

 耐えきれなくなった騎士団員が生のポテトを齧ろうとして仲間に止められたほかは、取り立てて問題もなく時間が過ぎた。

 夢は見なかった。

 剣士は、思いのほかぐっすりと眠ったようだった。


 また水を飲み、皆が起きるのを待った。

 小窓からは漆黒の闇が覗ける。

 朝は来ない。


 剣士はシャンデリアの蝋燭に灯る炎を見つめ、ずいぶん前に見た太陽を思い出そうとした。

 なぜこの島は夜に閉ざされているのであろうか。

 なぜこの島は呪われたのであろうか。

 魔女は教えてくれない。

 こんな島では、布団を干しても太陽のにおいはしないし、海で泳いでも楽しくはなかろう。それに、ポテトだって育たない。

 いや、花は咲いているし、雑草も茂っている。しかし日陰で育ったような不気味な植物ばかりだ。


 *


 同刻、島の船着場――。


 焚き火のすぐ脇で、ゴブリンの少女は腹を出して熟睡していた。どこでもよく眠れるのが彼女の取り柄だ。

 寝て起きて商売をする。それだけだ。ほかにはなにもない。


 ふと、髑髏を引き連れた魔女がやってきた。

「起きなさい、ゴブリン。起きなさい。黒の魔女よ。起きなさい。起きて」

 いきなり身を揺すられるという暴挙により、ゴブリンは安眠をさまたげられた。

 魔女が無遠慮なのはいまに始まったことではないが、しかし短時間のうちに戻って来るのは滅多にないことだった。

 なにか買い忘れたものでもあったのだろうか。

「なんれすか、魔女さま」

 まぶたをこすりこすり身を起こし、まずは焚き火に薪をくべる。


 髑髏の兵が椅子を置くと、魔女はそこへ腰をおろし、行儀よく膝を揃えた。

「ゴブリン、私と話をしましょう」

「話? 私と? へぇ……」

 まだ頭が寝ぼけている。緊急の用でないことは分かった。しかしいまいちしっくり来ない。

 カゴをあさり、ポテトに串を通す。

「魔女さまも食べます?」

「いらない。それより、まずはよだれを拭きなさい。はしたない」

「うん……」

 ゴブリンは言われるまま口元を袖でぬぐった。ポテトを食いすぎたせいでポテトの夢を見ていた。

「で、お話って?」

 そう尋ねると、魔女は不機嫌そうに眉をひそめた。

「あなたがするのよ」

「私? なにを?」

「故郷の話でもなんでもいいわ。とにかく聞かせて頂戴な」

「故郷? ゴブリンがいっぱいだよ。あとはね……キノコを食べるの。ほかには足の速いのが街に行って、人間からパンを盗んだりもするよ」

 すると魔女は、見るからにのけぞった。

「盗む? そんな卑しい生活を?」

「だって仕方ないじゃん。平地だって川だって、いいところは人間ばっかり住んでて、私たちは使えないんだもん。パンくらいもらったっておあいこなの」

「そうなの? ごめんなさい、ちょっと理解できないわ」

「理解して」

「努力するわ。それで? ほかにはどんなくだらない生活を?」

「くだらなくない! ゴブリンのことバカにしないで!」

「分かったわ。前言撤回する。だから怒らないで。ほかには? なにか楽しいことはないの?」

「ええとね……」

 森に入った人間を後ろからおどかしたり、石を投げつけたり、ズボンをおろしたり、いろいろ楽しいことはある。しかしどう考えてもバカにされる内容だ。

 ここはひとつ、ウソでもいいから感心させてやらねば。

 ゴブリンは串を火にかけつつ、神妙な顔で話を切り出した。

「じゃあとっておきの話をするね。あれは満月の晩、森でゴブリンの祭りをしていたときのことよ……」


(続く)

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