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時告鳥

 ポテト騎士団の面々は、行進中には大合唱した。鎖帷子の上から着用した前掛けには、ポテトのエンブレムが堂々と刺繍されている。彼らは勇敢でたくましく、常に誇らしげであり、そして歌はひどかった。


 三十一階、コカトリスに遭遇。

 上半身が巨大なニワトリで、下半身がトカゲという、悪趣味な魔物だ。クチバシには毒があり、容赦なくついばんでくる。足が速いから、すぐに追い詰められてつつかれる。が、鎧を貫くほどではない。剣で刺せばちゃんと死ぬ。問題は、鳴き声がとにかくうるさいことだ。

 いまも遭遇した途端、ひっきりなしに羽をバタつかせ、トサカをぶるんぶるんさせつつ、コケーッ、コケーッと喚き散らしている。


「なんとやかましい魔物だ」

「左右から挟み込め!」

「足だ! 足を狙え!」

「うおおおおっ!」

「ポテトのご加護あれ!」

 騎士団の戦術が先ほどとまったく同じである気がするが、剣士は深く考えないことにした。なんであれ、ひとりでやるよりマシだ。

 が、騎士団のひとりがさっそくクチバシの餌食となり、装甲の薄い胸元をえぐられた。

「ガウェインがやられた!」

「動じるな! 祝福の風は吹いている!」

 彼らに戦術などというものはないのかもしれない。彼らの神も「殴っていれば、いずれ勝てる」と言っている。


 剣士はダガーを投げてコカトリスの右目を潰し、死角となった右側から背後へ回り込んだ。トカゲだから尻尾を引きずっている。それを真上から叩き切った。

 コケーッと怪鳥音。

 口から毒液を撒き散らしながら、とにかく鳴き喚いている。周囲が石壁だから反響してなおさらうるさい。

 武器がダメになったらしいポテト騎士団が、切断された尻尾を拾ってコカトリスに殴りかかった。戦いかたがメチャクチャだ。しかし学ぶべきたくましさだ。


 髭面のリーダーがコカトリスの背面からよじ登り、メイスでガンガンと頭部を殴りつけた。先端は痛そうな菱形になっている。それがコカトリスの頭蓋骨を砕き、脳を露出させた。が、コカトリスは羽をバタバタやって走り回り、リーダーを振り落とした。

 いや、すでに脳は死んでいるのかもしれない。それ以上進めないのに、壁に向かって走り続けている。

「いまだ! かかれ!」

「ポテトにしてやれ!」

「いや、ポテトの添え物にしてやれ!」

 コカトリスに負けぬほどの怒声とともに、団員は武器を手に手に駆け出した。剣士も後続する。


 その後は、一方的な殺戮であった。

 すでに壁を押すだけだった巨大な魔物は、背後から袋叩きにされ、最終的に鶏肉となった。羽をむしり、騎士団の面々はそれを生のまま喰らっている。もちろん剣士も喰った。


「死者の命を大地に捧げる。よきポテトとならんことを」

「ポテトを讃えよ!」

「ポテトを讃えよ!」

 果たして塔で死んだ人間がまともに埋葬されるのかは不明だが、剣士は、彼らの信仰に口を出さぬことにした。


 リーダーが、ふと、剣士を見た。

「ふむ。あんたはじつに勇敢で強い。なあ、うちに入らんか? 見ての通り男所帯だが、身の安全は保証する。もちろん報酬も均等に山分けだ。仲間ってのはそういうモンだからな」

「えっ……」

 剣士には、魔女を殺したあとの展望がなかった。それが拭いきれない虚無感となっていたことも否めない。だがもし受け入れてくれるものがいるというのなら、話は違ってくる。

 剣士はおそるおそる尋ねた。

「私もポテトを?」

「悪いがそこは譲れん。俺たちはガキのころからポテトを食って生きてきた。言ってみれば命そのものだ。だから戦場でもポテトを植える。敵を殺したら、同じだけ大地に返すんだ。もっとも、植えるはずのポテトが胃袋の中ってこともあるが」

「……」

 これまで剣士は幾多の命を奪ってきた。いまさら戦場に出ることを躊躇するつもりもない。しかしポテトに対する信仰心は、豆粒ほども持ち合わせてはいなかった。

 リーダーはばんばんと背中を叩いてきた。

「おいおい、そんな顔をしねぇでくれ。答えはいつでもいい。気が向いたら参加してくれりゃあよ。信仰が問題か? 気にするな。軽い気持ちでいい。食ってれば必ず好きになるからな」

 ガハハと笑った。

 そして行進しながら、また「ポテトを讃えよ」の合唱が始まった。何度聞いてもひどい歌声だ。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 我慢できずに水晶を覗いてしまった魔女は、いわく言いがたい感情にぷるぷると震えていた。

 騎士団の連中は、目の前にいるわけでもないのに、触れずして、ただ歌声によって魔女の精神を蝕もうとしている。とんでもない歌だ。あるいは魔法でないぶんタチが悪い。やはり異端同士は相容れない。


 叩き割りたい衝動を抑え、魔女はすっと水晶を遠ざけた。

 ソファに寝そべり、また悶々と天井を見つめる。

 騎士団はニワトリのクチバシでひとり減ったものの、まだ十名近くも生存している。のみならず、剣士に対し、自分たちのポテト愛好会に入れとまで勧誘してきた。

 一刻の猶予もない。


 いますぐ階下へ向かい、魔女みずからがカタをつけるべきかもしれない。あるいは三十六階の魔物をドラゴンかなにかに入れ換えて、その場で皆殺しにするべきか。

 殺すだけならいくらでも手はある。

 しかし仮にも「黒の魔女」だ。下へ降りている姿が人々に目撃されれば威厳に関わる。支配者は、あくまで最上階にいなければならない。それに、三十六階にドラゴンが出るなど不自然だ。召喚するだけの材料もない。


 感動の再会はふたりきりでなければならない。

 ポテト愛好会には用がない。会いたいのはあくまで剣士だけ。剣士だって魔女と同じ気持ちのはずだ。

 月明かりの最上階――。剣士は傷を負いながらも命を賭してやってくる。魔女は盛大に出迎える。踊るように戦い、そしてまた別れのときを迎える。死んでしまった剣士の亡骸なきがらを見つめ、魔女は思いの丈を伝える。傷つけたくないのをこらえて心臓を切り取り、蘇生の儀式を始める。

 その傍らで、もしあの歌声が流れていたら……。考えるだけで魔女の腹は不調を訴えた。

 早めに決着をつけねばならない。

 なにか手があるはずだ。ポテトだけを始末する魔法が。あるいは男だけを始末するのでもいい。ならば休憩室に淫魔を派遣するという手もある。

 だがもし、剣士まで淫魔の毒牙にかかってしまったら……。

「待って。それはダメよ。信じてるけど、でもダメ。剣士は悪くないわ。けど淫魔は、誰にも遠慮しないから……」

 腹がギュルギュルしてきた。

「なんなのよこの世界は……。だから嫌いなのよ。いつもいつもイヤなことばかり。思えばあのときだって……」


 島には伝承があった。

 海から魔物が現れたら、塔へ逃げ込むべし。

 まだ魔女になる前の少女が怖がっていると、老人たちは優しく笑った。おそらくこれは津波のことを伝えたものであり、慌てず塔へ逃げれば安全だから、と。

 しかし違った。出てきたのは正真正銘の魔物だった。信じられないほど巨大な亀が、島へ乗り込んできたのだ。海岸付近にいた漁師はあっけなく喰われた。


 記憶が曖昧だが、そのとき少女は、禁忌を犯して塔の封印を解いてしまったらしい。凄まじい魔力が体に流れ込んできたのをおぼえている。

 その後、力が暴走し、魔物だけでなく、少女以外の全員が死んだ。

 島は、そのとき夜に閉ざされた。


 それからはずっとひとりだ。

 魔女が髑髏の兵と遊んでいると、ある日、浜辺に人が流れ着いた。かなり衰弱していたが、献身的な手当てが功を奏し、男は助かった。残っていた小舟を与えて送り出した。

 すると後日、なぜか討伐隊が送られてきた。

 話がどう伝わったものやら、「死霊を操る魔女を殺すべし」と武装した男たちが大挙してやってきたのだ。身を守るのに必死だった魔女は、そのときたくさんの人間を殺した。涙を流すだけの人間性もかろうじて残っていた。


 そんなことが何度かあったので、彼女は開き直って「黒の魔女」をやることにした。

 誰も彼も金欲しさに魔女を殺しに来る。魔女は彼らを殺して所持品を巻き上げる。

 憎しみを向けられるのは不愉快だが、しかしコミュニケーションの相手もまた彼らしかいなかった。だから、できる限り楽しもうとした。強すぎて誰も挑んで来なくなるのは困るから、加減することもおぼえた。

 しかしそんな生活にも、魔女は次第に飽きてきた。

 討伐隊は、魔女の首を戦利品としか見ない。これでは髑髏の兵と大差がない。決まりきった反応しか見せないのだから。


 少し違う刺激が欲しかった。

 するとゴブリンが居座って商売を始めた。

 赤の剣士も来た。

 戦いのさなか、泣き真似をして、心配してくれたのは剣士だけではない。しかし演技だと分かると、ほとんどのものは殺しにかかる。言葉で叱ってくれたのは剣士だけだった。殺したあとで後悔した。それで、やるまいと思っていた蘇生術に手を出した。儀式は成功した。

 剣士は逃げなかった。

 何度でも会いに来てくれた。

 嬉しかった。


(続く)

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