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不公平

 二十五階は休憩室だ。

 魔物はおらず、ソファとテーブルが設置され、水道が引かれ、パンやフルーツまでもが用意されている。いかにもここで英気を養ってくれと言わんばかりだ。

「なんだこの部屋は」

「罠かもしれん、気をつけろ」

 さすがにプロらしく、神聖ポテト騎士団は気を抜くことなく部屋の探索を始めた。


 が、剣士は安全であることを知っている。椅子へ腰をおろし、兜をとってパンを齧った。

 男たちが「なんと豪胆な」などと感心する。

 豪胆なのではない。何度も来ているから勝手が分かっているだけだ。

「罠なんてないよ」

「なぜ分かる?」

「何度か来たから」

「何度か? ここは初めてではないと?」

「そう」

 魔女に殺されて生き返っていることは、なんとなく言い出せなかった。にわかには信じてもらえないだろうし、あるいは魔女の手先だと思われかねない。


 男たちはしばらくきょとんとしていたが、そのうちの誰かがパンを齧り、誰かが水をすすり、そうこうしているうちに完全に警戒が解かれた。

「クソ、どこかに火はないのか。ポテトを焼きたいのだが」

「あきらめろ。ここは魔女の棲家だ」

「所詮は災いの種か。必ず殺さねばな」

「おう。ヤツを始末し、この島をポテトまみれにしてくれようぞ」

 謎会話が始まり、そしてまた「ポテトを讃えよ」の大合唱が始まった。

 気のいい連中だが、頭の中までポテトまみれのようであった。剣士はむさ苦しい歌声に顔をしかめつつ、パンを食いちぎった。


 *


 二十六階、ゴーレムに遭遇。

 砂の巨人である。高さだけでも剣士の倍近くある。

 すこぶる動きが鈍い。だから壁伝いに駆け抜ければ、戦わずやり過ごすことができる。

 剣士がそうアドバイスしたにもかかわらず、騎士団の面々は挑みかかった。

「出たぞ! 大物だ!」

「左右から挟み込むぞ!」

「足だ! 足を狙え!」

「うおおおおっ!」

「ポテトのご加護あれ!」

 剣だけでなく、メイスなどの鈍器もあった。これなら有効打とはなりえるであろう。しかしあまりに戦闘狂である。


 やむをえず剣士も戦列に加わった。

 ゴーレムの攻撃はどれも大振りである。回避しやすいように思えるのだが、実際はリーチが長すぎて、ほとんど回避できない。食らえば一撃でミンチになる。

 実際、拳で殴り飛ばされた一名が、さっそく壁のシミとなった。

「トリスタンがやられた!」

「動じるな! 祝福の風は吹いている!」

 凄まじい腕力で強打し続けているおかげで、たしかにゴーレムの足はぐらついていた。剣士は、いままでこんな光景を見たことがない。


 ゴーレムの攻撃が回避困難である以上、届くか届かないかの距離をキープしたまま翻弄するしかない。

 さいわい、赤の鎧は目立つ。剣士はゴーレムの気を引こうと、踏み出したり引いたりを繰り返した。が、やはり足元への攻撃のほうが気になるらしい。

 剣士は飛び上がり、ダガーを投げつけた。

 それは頭部に直撃し、ゴーレムの気を引くことに成功した。あとは適切な距離を保ちつつ、死なないように気をつけるだけ。


 ズーンと部屋が微震するほどの一歩だった。

 ターゲットは明らかに赤の剣士。

 ゆっくりと手を伸ばしてくるが、身を引いて回避できた。しかし後退ばかりもしていられない。壁際に追い込まれたらおしまいだ。


 ズーンと二歩目。

 巨体だから歩幅が大きく、思いのほか距離を詰められた。ゴーレムの手がぐんぐんと伸びてきて、あわや掴まれそうになって飛び退き、剣士は尻もちをついた。

 急いで身を起こすが、わずかに時間をロスした。次はつかまれてしまうかもしれない。


 三歩目を踏み出そうと身を起こそうとしたゴーレムが、ふと、想定を超えてのけぞった。いや、横ざまに傾いている。ついに足を破壊されたのだ。そこから崩壊し、形を失ってサラサラの砂山となった。


 勝利である。

 髭面のリーダーが盛大に息を吐いた。

「神の御言葉は正しかった。殴っていれば、いずれ勝てる。まさしくその通りになったな」

 本当に言ったかどうかはともかく、ここでは実際そうなった。あのゴーレムを物理的に打ちのめしたのだ。

 砂に巻き込まれた男たちも、もぞもぞと這い出してきた。

「クソ、砂まみれだ」

「ポテトになるには早すぎるぞ」

 そしてガハハと大笑い。


 それから仲間の死体へ向き直り、各自が胸に手を当てた。

「死者の命を大地に捧げる。よきポテトとならんことを」

「できればそのあと酒になってくれ」

「異議なし」

「先を急ぐぞ。魔女が俺たちを待ってる」

「ポテトを讃えよ!」

「ポテトを讃えよ!」

 おそらくは長いことこの調子で戦場を駆け抜けてきたのだろう。奇異ではあるが、結束は強いようだった。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 黒の魔女は私室のソファに寝そべり、君影草の花を愛でていた。

 剣士の様子は気になる。しかし水晶を使って覗き込めば、きっと例のポテト男たちがポテトを崇めているさまを見せられることとなろう。

 異端なのはお互いさまだが、しかしせめて信仰の対象は別のものであって欲しかった。たとえば手元で首をかしげるこの小さな花のように。毒はある。しかし見た目がキュートだ。

 ポテトよりも、こちらのほうがよほどいい。

 だが魔女は花を投げ捨て、虚空に向かって息を吐いた。

 まるで満たされない。

 剣士は仲間たちと力を合わせて戦っている。なのに魔女はひとり。使役している魔物はいるが、なにを聞いてもまともに返してくれない。あまりに不公平だ。

 これならゴブリンとの会話をもっと引き伸ばすのであった。会話が苦手なばかりに、取引を済ませると同時につい帰ってきてしまった。


 しかし違うのである。

 ゴブリンとの関係は、あくまでビジネスだ。愛はちっとも芽生えていない。あの小娘は、きっと商売が厳しくなれば島を離れる。損得で居座っているに過ぎない。

 だというのに、あの剣士の執着と来たら。

 愛する魔女と再会するために、傷だらけになりながらも塔へ挑むではないか。殺されても、殺されても、決して逃げ出さずに。

 プレゼントした銀貨だって、ふところにしまったまま、使わずにずっと持ち歩いている。たった一枚の銀貨なのに。


 魔女は魔術書を抱きしめ、足をバタバタさせた。

 早く会いに来て欲しい。

 まだ二十数階をうろうろしているなんて信じられない。彼女はなぜあんな弱い魔物どもに手間取るのであろうか。分かっている。それは彼女が勇者ではないからだ。そう。まさに勇者でないがゆえに愛おしいのだ。

「早く、早く、早く、来て来て来て……」

 身悶えが止まらない。

 いつものように足ののろい魔物などさっさと素通りして、仲間を盾に使い、この最上階へ到達して欲しい。

 早く来てくれないと、頭がどうにかなってしまいそうだ。動悸がする。


 いや、この動悸は、もしかすると君影草の毒かもしれない。

 ふと冷静になり、魔女は捨てた花を見つめた。

 あまりに興奮しすぎて、顔に近づけ過ぎてしまったかもしれない。死ぬほどではないはずだが……。


 ソファからおりて、水道で手を洗った。

 魔法のポンプで地下水を汲み上げ、下へ流すだけの簡単な設備だ。魔女が作ったわけではない。彼女が生まれたときにはすでに塔ごと存在していた。

 なんでも神話の時代、近隣に出没した海の魔物を倒すため、神の使いが拠点にしたのだとか。

 事実かどうかは分からない。ただ、伝え聞いた限りではそうだ。伝えた人間はみんな死んだ。島のはずれの墓地に眠っている。

 それは父や、母や、祖父や、あるいはいろんな親戚たち。みな普通の漁師だった。島が夜に閉ざされる前の話だ。


 いま、魔女はひとりである。

 剣士を数に入れていいならふたり。

 他の連中は、いついなくなっても不思議ではない。

 自分に対して、世界がさほど優しくないことはよく知っている。切り落とされてなお毒を放つ草花とて例外ではない。


(続く)

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