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ポテトを讃えよ

 尋ねてもいないのに、男たちは自己紹介を始めた。

 彼らは「神聖ポテト騎士団」。

 モットーは「ポテトが人類を救済する」。呪われたこの島へポテトを持ち込み、ポテトを広めるために来たのだという。しかし実態はただの傭兵団で、各地を転戦してはポテトを植えて回る変わり者らしかった。

 腕は確かなようだが、ガーゴイルとの戦闘で一名を失ったらしい。リビングアーマーには完勝。


 剣士もポテトをひとつ押し付けられた。

 あとで火を通して食えとのことだった。そのとき芽が出ていたら必ず取れだとか、皮もきちんと剥けだとか、いろいろな説明を受けたが、すべて聞き流した。

 ここには調理器具がない。


 ともに階段をあがりつつ、いろいろな会話をした。

「それにしてもあんた、たいしたもんだな。ひとりであの魔物を倒したって? うちにスカウトしたいぐらいだ」

 リーダーが感心していると、別の男が目を細めた。

「やっぱこの女、例の赤いやつなんじゃ……」

「赤の処刑人か?」

「いや、赤の暗殺者だったような」

「赤のドラゴンスレイヤーじゃなかったか?」

 まともに伝わっていない。

 正しくは「赤の剣士」だ。

 いずれにせよそう名乗ったのは、赤い髪の自分が、たまたま赤い鎧を手に入れたからに過ぎない。なにせ「黒の魔女」と戦おうというのだ。せめてそれらしい異名でも名乗っておこうと思ったのだ。


 *


 赤い鎧は、仕事の報酬として受け取ったものだった。

 ギルドからの斡旋だ。雇い主は、疲れた顔の行商人。別の街まで護衛して欲しいとのことだった。剣士のほか、クロスボウの名手を自称する男が雇われた。

 指定されたのは、細い山道を通過するルート。盗賊が出るから、普通なら誰もが迂回する道。しかし行商人は急いでいたらしい。

 そして当然のように盗賊に囲まれた。

 クロスボウ野郎はまっさきに逃走。

 行商人が無茶を通したばかりに、とんでもないことになってしまった。


 馬を殺されたため荷車を動かすのも困難となり、完全に足止めを食った。

 行商人はなにを使ってもいいから、とにかく追っ払ってくれと懇願してきた。

 だから剣士は、手当たり次第に商品を投げた。

 やけくそになったわけではない。投擲とうてきの技には自身があった。なにせモノを投げればメシにありつけるという生活だった。死活問題だ。

 盗賊は自分たちが有利だと思い込んで油断していたこともあり、何人かが戦闘不能となった。その負傷者の内に、おそらく彼らの幹部がいたのだろう。捕まえてナイフを突きつけると、盗賊は停戦に応じた。


 街へ到着すると、行商人が赤い鎧をくれた。

 女性用の甲冑だから買い手もつかない上、やたらかさばっていて運ぶのも大変で、持て余しているとのことだった。

 それを追加の報酬として押し付けられた。

 剣士も、はじめは困惑した。できれば銀貨のほうがよかった。粗悪品でなかったのが唯一の救いだが、持ち運ぶのに苦労した。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 黒の魔女は不快感に打ち震えていた。

 水晶に映る「私だけの剣士」が、むさ苦しい男たちと一緒に歩いている。イモばかり食って、自分たちまでイモみたいな顔になった戦士たちとだ。

 あまりにイライラしすぎて、さきほど試薬品の調合に失敗し、素材をダメにしてしまった。


 魔女は取り立てて男を嫌悪しているわけではない。剣士に近づいて欲しくないだけだ。とても許しがたい気持ちになる。

「ヒゲの男、もう少し距離をとりなさい。顔が近いわ」

 言っても聞こえるわけではないのに、魔女は苦情を申し立てないわけにはいかなかった。声を発していないとストレスで胃腸がおかしくなる。


 もちろん赤の剣士は、他人のことなど相手にしない。

 戦いになれば盾として使うだけだ。

 しかしいつもの討伐隊であれば、こういう冷たい反応をされた途端に会話を切り上げ、距離を取る。なのに頭にポテトが詰まったようなこの連中は、それでも剣士に気安く話しかける。

 歩きながら酒を飲むものもいる。しまいには「ポテトを讃えよ」とヘタクソな歌を大合唱。

 頭痛がしてきた。

 あんなポテト男に囲まれていては、剣士までポテトになってしまう。ポテトだけを殺す魔物はないのかと魔術書をめくるが、まるで見当たらない。

「不快だわ。品がないし……。なにより、やっぱり距離が近い。適切な距離というものがあるでしょ。私だって、彼女には必要なときしか触れないのに。なんでそんなに親しげなのかしら」


 *


 同刻、島の船着場――。

 ゴブリンの少女はカゴを置き、桟橋に腰をおろして足をぶらぶらさせていた。海の向こうに故郷がある。人が住む街の、さらに向こう側に。

 彼女はもとからこの島にいたわけではない。

 故郷にいられなくなり、なんとか生きようと思案しているうちにこの商売を思いついた。さいわい、魔女は活動を黙認してくれている。たまにパンをくれることもある。

 ゴブリンから会いに行くわけではない。向こうから来るのだ。魔法で動く転送装置があるらしく、たびたび塔を抜け出してくる。


「ゴブリン、話があるわ」

「あ、魔女さまだ」

 このようにいきなり現れる。

 誰に見せるつもりなのか、先日街で調達した服を来ている。ヘッドドレスのついた可愛らしい服だ。長い黒髪に黒い服がとてもよく似合う。

 ゴブリンは立ち上がり、魔女へ駆け寄った。

「塔はいいの?」

「いいの。まだ全然下のほうだから。それより、ハーブを売って頂戴」

「どのハーブ?」

「いいからあるだけよこして」

 もちろん魔女が自分で運ぶわけではない。荷物持ちとして髑髏の兵を引き連れている。

 ゴブリンはカゴの底のほうをあさり、小さな籐細工の箱を出した。

「あんまり集まってないよ」

「銀貨一枚で足りる?」

「いいけど、パンも欲しいな」

「それはあとであげる。なに? お腹でもすいてるわけ?」

「うん、いつも」

 ゴブリンの冗談に、魔女はにこりともしなかった。いつも人形のように無表情で、笑っている顔を見たことがない。きっと特別なときにしか笑わないのだろう。

 ゴブリンはさらにカゴをあさった。

「キノコもいっぱいとったよ」

「それはいらない」

「なんで? 誰もキノコ買ってくれないの」

「それはもういっぱい持ってるから」

「違うキノコがいいの?」

「そうよ。違うキノコよ。もっと洞窟の奥のほうに生えてるやつ。光るやつとか。とにかく珍しいのでなくちゃ」

「どれも同じに見えちゃう」

「それでよく商売しようと思ったわね。とにかくキノコはいいから」

 断られてしまった。

 故郷のキノコならいくらか見分けがつく。しかしこの島のキノコは、どれも黒っぽくて同じ種類に見えた。光るキノコなど見たこともないし、洞窟は危ないから入る気がしない。

 ゴブリンはさらにカゴをあさった。

「あ、そうそう。ポテトもあるよ。人間たちが交換してくれたの。火で焼くと食べられるみたい」

 すると魔女はぐっと眉をひそめた。

「近づけないで。いますぐそれをしまいなさい。見たくないわ」

「えーっ」

「私はいま、ポテトを滅ぼす研究をしているの。そのポテトもすぐに滅ぼすわ。私の秘術が完成する前に、せいぜい食べてしまうことね」

「うん、分かった」

 いったいなぜポテトが滅ばねばならぬのか、ゴブリンの少女には想像もつかない。魔女の考えることだ。きっとなにか深遠な理由でもあるのだろう。

 ともあれ、食えと言われて拒否する理由もない。食料はいずれ悪くなる。その前に栄養にしてしまうのが一番だ。

「パンはあとで届けさせるわ。だからまたハーブを集めておいてね。手伝いが必要なら私のペットを貸すから」

「ううん。いい。おっかないもん」

「そう? おとなしいのに」

 理解できないといった顔で魔女は行ってしまった。

 髑髏の兵もあとに続く。

 その後ろ姿さえ不気味だ。魔女はもはや、他者の目にそれがどう映るかさえ分からなくなっているのであろう。


 なんにせよポテトだ。

 悪くなる前に食べてしまわねば。

 ゴブリンは焚き火へ向かい、食事の準備を始めた。討伐隊は銀貨をくれなかったが、代わりに山ほどポテトを置いていった。しばらくは食うのに困るまい。


(続く)

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