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小さな経済圏

 痛みがおさまってから、剣士は腰を上げた。

 キメラが死骸になってずいぶん経つ。刺さったままの剣を引き抜くと、凝固しかけた血液が糸を引いてまとわりついた。が、手入れする気も起きなかったので、抜き身のまま持ち歩くことにした。必要になったらまた髑髏からぶん取ればいい。

 ただし、ダガーの血だけは剣の刃でこそぎ落とした。


 十二階へあがると、髑髏の兵が待ち構えていた。三体。

 剣士は横薙ぎに剣を振り回して一体の背骨を折り、回り込んで二体目の腕を叩き割り、首を刎ねた。三体目が振り下ろしてくる剣を、思わず左腕で受け流した。いつものクセだ。まだ傷が癒えていないのに。

 剣士は怒りに任せて髑髏を蹴り飛ばし、距離があいたところをバックスイングで叩き込んだ。刃は頭蓋骨に直撃し、木っ端微塵に粉砕。

 ものの数秒で戦闘を終わらせた。


 血まみれの剣を捨て、代わりのを拾う。やや欠けてはいるが、魔物を殺すのには使えるだろう。

 おそらくは、過去に挑んだ挑戦者の遺品だ。正式な所有者は、あるいはこの髑髏かもしれない。しかし生前どんな人物であったのか、どんな顔であったのかさえ分からない。ひとりの人骨ではなく、複数人の骨を組み合わせたものかもしれない。

 いまとなっては、ただの遺骨であった。


 呪われた島などと言われるが、ここでは肉のついた死体に出くわすことはなかった。見かけるのは髑髏ばかり。

 黒の魔女も、腐った肉は見たくないのかもしれない。肉や臓器は別の儀式に使っているのだろう。

 ともあれ、剣士にとっては無関係な話だ。内情など知りたくもない。


 *


 この塔では、フロアを五つ進むごとに強い魔物と遭遇する。六階、十一階、十六階、二十一階、二十六階……。はたして百一階でようやく魔女と対面できる。

 先は長いから、一気に登り切るのは現実的ではない。

 剣士も、さすがに途中で寝ることにしている。


 十六階にはリビングアーマーが待ち構えていた。

 メイスを手にした重装の鎧だ。ゴーレムほどではないが、足が遅い。なので剣士は一気に駆け抜けてやり過ごした。

 無機物には急所がないから、剣やダガーで攻略するのは困難である。


 足腰に疲労を感じつつ、二十階の髑髏を始末した。

 そこで一休み。


 壁際に背をあずけ、そのままずるずると床へ座り込んだ。

 まだ左腕が痛む。

 兜をとって盛大に溜め息をつくと、汗がどっと流れ出して鎧に滴った。


 いったい自分がなにを目指しているのか、ときおり忘れそうになる。こんなに苦労して魔物と戦い、そして塔を登っても、最後は必ず魔女に殺害される。そして目が覚めるといつもの墓場。懐には銀貨が一枚。


 島へはたびたび討伐隊を乗せた船が来る。

 剣士はそれに乗って街へ帰ってもいい。いいはずなのだが、どうしてもそんな気にはなれなかった。帰りを待っている人はいない。行くアテもない。そもそも街にはあまりいい思い出がない。

 ここで魔物を相手にしているほうが性に合っていた。


 ともあれ、傷薬くらいは買っておくのだった。

 ついでにパンと水も。

 どうせ死ぬのだからと、剣士は食事もまともにとらなくなっていた。

 体が衰えることはない。蘇生するとき、魔女が勝手に健康体にしてくれるのだ。頼んでもいないのに。

 しかし効率的に戦おうと思えば、やはり備えが要る。


 ふところから銀貨を取り出し、掲げて見る。

 現在流通している、国王の顔が刻まれたデザインだ。おそらくは討伐隊の死体から回収されたものであろう。

 塔に置き去りにされたものは、すべて魔女に没収される。


 だから剣士にとって、この銀貨は、志を同じくするものの遺品とも言える。

 なのだが、なにより気に食わないのは、魔女から押し付けられたという点に尽きる。自分を殺しに来た相手に対し、面白がって駄賃をくれてやるというのだ。ナメられているとしか思えない。


 いや、説教なら面と向かって幾度もやった。

 なのに魔女は、ただ愉快そうに微笑するだけ。まともに反論さえしてこない。

 ときには死者から取り上げたであろうアクセサリーを勝手に身に着けたりもしている。あの少女は、完全に頭がイカレているに違いない。


 見上げれど、ただシャンデリアがゆらゆらと不気味な灯りを放つばかり。ほかはなにもない石の部屋だ。小さな小窓から夜が覗けるほかは、どちらを向いても石の壁しか見えない。

 床には先程蹴散らした人骨が転がっている。


 黒の魔女は、こんな塔に閉じこもり、骨や鎧を操ってなにがしたいのであろうか。識者によれば、魔女はいずれ世に災いをなすのだという。だから、きっとそのための準備をしていると見るのが妥当であろう。

 しかしそれにも疑問符はつく。

 いったいなぜ世に災いをなすのか。

 以前尋ねたときは、よく分からない言葉ではぐらかされてしまった。人生がどうだとか、経済がどうだとか、世のことわりがどうだとか、小難しいことを言っていた。

 なにか崇高な理屈でもあるのかもしれない。剣士には理解できないような、なにかが。


 一方、剣士の生き方はごくシンプルだった。ただ魔女を殺す。それ以外に、なんらの目的も持ってはいない。

 また同時に、もし魔女を殺してしまえば、その後、なにをするかも決めていない。

 考えるだけで暗澹あんたんたる気持ちになる。ときには魔女に勝利する夢を見ることもある。ただしそのときは恐怖で飛び起きる。もし事実であれば、悲願の達成であるはずなのに。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 黒の魔女は、私室にて書物をめくっていた。

 剣士の寝相を眺め続ける趣味はない。いや、ときにはそれも面白いのだが、さすがに長時間楽しめるようなものではない。

 それよりも、ありあまる素材で死霊術の実験でもしていたほうがはるかに有意義だ。

 ゴブリンが島で商売を始めたおかげで、頭の弱い魔物に素材を集めさせる必要がなくなった。銀貨を渡せばハーブやキノコが山ほど手に入る。そして銀貨は、ここで待っていれば勝手に集まる。

 この上ない研究環境だ。


 *


 同刻、島の船着場――。

 のたのた身を揺する海の表面を、一隻の船が浮きつ沈みつしながら近づいてきた。大きな帆船だ。しかし乗員のほとんどは船を動かすための船乗りで、島へ降り立つのはほんの数十名。

 討伐隊などと言うが、小隊規模である。


 国王は、賞金のために命を差し出す人間を募り、いちおう船で送り出している。が、結果に期待していないことは明白だった。過去にいちども討伐を成功させたことがないからだ。

 かといって手を打たずに静観していれば、今度は民衆が不安を訴える。

 だからやむをえず事業を続ける。これは治世の一環だった。


 もちろんそんな人間の事情など、ゴブリンの少女には関係のない話。

 彼女は銀貨が稼げればそれでいい。


 船から渡された板の上を、武装した勇ましい一団がぞろぞろとおりてきた。中には船酔いで青白い顔のものもいる。

「寂しい島だ。なにもない」

「あれが殺戮の塔か?」

「ずいぶん高いな」

 魔女を殺して賞金を得るつもりの討伐隊には、まだ観光の余裕があった。


 ゴブリンはカゴを背負い直し、彼らに近づいていった。

「はいはーい、殺さないでねー。悪いゴブリンじゃないですよー。私、ここで商売してるの。いいモノ揃えてるから、なんか買ってって? 特別なサービスもあるよ」

 すると討伐隊の面々は半笑いで受け入れた。

「おい、見ろ。ゴブリンのガキだ」

「商売だって?」

「どうせ泥団子でも売ってるんだろ」

 ガハハと大笑い。

 しかしゴブリンは腹を立てたりしない。たとえ悪い人間だとして、こうして笑顔でいるうちはまだいい。財布の紐もゆるい。


 少女はカゴをおろし、中のものを持ち上げて見せた。

「とりあえず見て。銀貨なんて持ってたって、塔の中じゃ使えないよ? 手持ちがなければ物々交換でもいいし。ほら、キノコ! 味は分かんない。それともお酒がいい? いざというときの傷薬と……。あとはお守り! 私が作ったの。効き目は保証しないけどね。死んでも恨みっこなし! ね、なんか買ってよ」

 討伐隊はきょとんとしている。

 中には「こんな怪しいもん誰が買うんだよ」とあざけるものもいる。

 実際、ロクでもないものばかりだ。唯一価値がありそうなのは、魔女から譲ってもらった酒のみ。彼らは殺すべき相手が醸造した酒とも知らず、喜んで買い求めることになる。

「酒? どんな酒なんだ?」

「特別製だよ! 味見する? サービスしたげる」

 こうなれば、あとは有り金を巻き上げるだけだ。


(続く)

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