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火取虫

 魔女とその仲間たちが塔へ帰還するのを、神の軍勢は不思議そうに眺めていた。

 ゴブリンがいる。四肢のない男がいる。頭から布をかぶった女がいる。


 一同が広間を通って私室へ入ろうとすると、髭ぼうぼうのずんぐりとしたドワーフが近づいてきた。木っ端微塵になったはずのジャンの義肢を抱えている。

「おい、これお前のだろ。そこに落ちてたぞ。直しておいた」

「えっ?」

 バルバラに抱えられたジャンは、目をパチクリさせている。

 元に戻っている。少なくとも見た目は。

 ドワーフは剣士に義肢を押し付けると、名前も告げずに行ってしまった。ちょっと落とし物を拾っただけのような態度だ。

 ジャンはなおも理解していない。

「私の手足を直したと? どうやって……」

 技術であろう。

 しかしあまりにアッサリである。

 魔女は笑った。

「よかったじゃない。これでもうバルバラに振り回されなくて済むでしょ」

「ええ……」


 私室は以前のままであった。髑髏の兵が一体、直立している。

 魔女はベッドへ腰をおろした。

「この人数だとちょっと狭いわね。ベッドもひとつしかないし」

 剣士もとなりへ腰をおろした。

「隣からソファもらってこようよ。誰も使ってないみたい」

「彼ら、みんな地面に座るのね。お尻は痛くならないのかしら」

「たぶんね」

 ふたりは笑わなかった。

 ゴブリンもベッドに来た。

「私、魔女さまと一緒がいいなぁ」

「あら、かわいいこと言うわね。じゃあこのベッドに三人で寝ましょう」

 魔女の想定では剣士も含まれている。


 だが、首を傾げたのは庭師だ。

「わたくしはどこに寝れば?」

 ソファを使うという手もある。しかしそうなると、ジャンとバルバラが余る。

 魔女は苦い笑みを浮かべた。

「もとはどうしていたの?」

「わたくしはいつも、わたくし自身のお花畑で寝てるの。ただ、場所が……」

「屋上の花壇でも使えば?」

「まあ酷い。空いてるスペースで勝手に寝ます」

 寝床さえ自分の植物を使うということだ。


 ジャンは「私は床で構いません」と言い、その脇でバルバラが義肢をくっつけようと悪戦苦闘していた。しかし力任せに押し付けるだけで、まったくハマる気配がない。だから魔女が念力で動かし、それらしい場所へ接続してやった。

 ジャンは手足を得た。

「助かります。これでようやくバルバラから開放される」

「……」

 理解しているのかいないのか、バルバラは左右に身を振って踊っている。


 しばらく休んでいると、さっそく来訪者があった。名もなき伝令だ。「海洋神さまがお呼びです」とだけ告げ、いずこかへ去った。


 魔女と剣士が並んで前へ出ると、でんと座していた海洋神は「うむ」と大袈裟にうなずいた。

「黒の魔女よ、長らくこの塔を管理していた経験を見込んで、聞きたいことがある。いかにすれば塔を移動させられる? 答えよ」

 さっそくだ。来てまだ一晩も経っていない。

 魔女はしかしすまし顔で応じた。

「管理室のスフィアに対し、しかるべき魔力を用いればいいと聞いたわ。ただし、過去に試したことはないから、自己責任でお願いね」

「しかし残念ながら、我が軍にはしかるべき技術と知識を有した人材がおらぬ。代わりに対応してはもらえぬか?」

「前回お断りしたはず」

「同じ塔に暮らすよしみではないか」

「契約にないことはやらないし、また強硬な手段に出る気なら誰かに鍋になってもらうわ。忘れないで。ここは人界よ。まだ神の支配下ではないわ」

 これに海洋神は一本取られたとばかりに笑った。

「ふはは。重々承知よ。だからこそこうして回りくどい方法をとっておるのだ」

 ほかにすることがないと踏んだのか、海洋神はいっそこのやり取りを楽しむつもりらしい。

 魔女は溜め息だ。

「海洋神さま。私は地上への侵攻を力づくで止めようなんて思ってないの。そもそも神の軍勢を止める力もない。だけど、積極的に加担したくもないの。そんなに魔術師が必要なら、神界から呼び寄せればいいと思うのだけれど」

 これに海洋神は呵々大笑した。

「うむうむ、お嬢さんの言う通りだ。しかしこっちにもこっちの事情があってな。結晶がもう底をつきかけておるのだ。例の大亀にだいぶ消費してしまってな。生きておればまだしも格好はついたのだが」

「こうなる前に計画を見直すべきだったようね」

「神界から地上へ攻め込もうというのだ。見た目のインパクトが大事であろう。ああいう亀はウケるのだ」

 実際、魔女も初見のときは腰を抜かし、めそめそ泣きながら祖父の背にしがみついたものだ。

 巨大生物の到来は、それだけで効果的である。

 対処法を知らない場合には特に。


 すると伝令が駆け込んできた。

「報告! 武装した船が五十隻、北側より迫っておる模様!」

 神の軍勢が準備中と見て、人類側が先手を打ったらしい。

 海洋神がニヤリを笑みを浮かべた。

「来たかッ! 少しは骨のある連中のようだな。海で潰すなよ。上陸させよ。こちらは塔の周辺に兵を展開させ、敵の使者が来るのを待て。焦って仕掛けるなよ。交渉をしながら徐々に始めるぞ」

 あきらかに昂ぶっている。

 海洋神はもう魔女に用はないとばかりに、満面の笑みで「さがってよいぞ」と告げた。

 彼は戦ができればそれでいいのだ。これは嬉しいサプライズであろう。

 魔女は無表情で辞儀をし、私室へ戻った。


 一同はあのデカい声を聞いていたらしい。

 ゴブリンが不安そうに近づいてきた。

「戦争、始まるの?」

「ええ、そうね。けれども、きっと大丈夫よ。海洋神さまはお強いもの。頭のほうはいまいちだけれど」

 とはいえ、決して頭が悪いわけではない。戦が大好きで、しばしば戦以外のことを忘れてしまうだけだ。

 庭師がぷるぷると身悶えた。

「ああ、憎しみを抱いてさえいない相手と殺し合うなんて! 悲劇よ! 愛がないわ……。なぜみんなお花を愛さないのかしら。お花を崇めればみんなしあわせになれるのに」

 誰も返事できなかった。

 花でしあわせになれるならそれに越したことはないが、過去にそんな方法で平和になった世界を誰も知らないのだ。

 魔女は咳払いした。

「ともかく、しばらく様子を見ましょう。神の軍勢は強力よ。きっと勝つわ」


 *


 ひとつ分かったことは、海洋神はアストラル結晶を使い切っており、ロクに援軍も呼べぬということであった。

 討伐隊が到着するまであと三日。

 アルファが私室を訪れた。


「失礼します」

 もちろん招かれざる客だ。

 魔女の対応もよくない。

「なにかしら?」

 いまは実験の最中だ。

 とはいえ作業をしているのは魔女だけで、残りの面々はただ退屈をしのいでいるだけであったが。

 アルファはにこやかな表情で膝を折った。

「本日はお願いがあり、お邪魔いたしました」

「だからなに?」

「手持ちのアストラル結晶を融通していただけないかと」

 つまりは戦争のために供出せよということだ。

 勝手に始めた戦争で、魔女の私物を使わせよと。

「ないわ」

「ない? 奥のカゴに、いくらかあるのが見えますが」

「あれは私が使うための材料なの。あなたたちに渡せる分はないわ」

「そこをなんとか」

「みっともないわね、神の御使いが物乞いみたいなマネをして。出て行きなさい」

「……失礼しました」

 アルファは美しい相貌に嫌悪をにじませながら、釈然としない様子で退室した。


 彼の態度には焦りが感じられる。

 海洋神の軍勢は、あるいはなんらかの不安を抱えているのかもしれない。


 庭師が気怠げに花畑に寝そべりながら、あきれた様子でつぶやいた。

「情けないんだから。人間に助けを求めるようじゃ、神の軍勢もおしまいだわ」

 魔女はいま植物からアストラル結晶を生成しようとしている。その作業の手を止め、庭師へ目を向けた。

「ずいぶん無計画な戦みたいね」

「神々の総意ではないのよ。暇を持て余した一部の部隊が勝手に始めただけで」

「いい加減だわ」

「だってほかにすることがないんだもの。暇人だわ。お花でも育てたらいいのに」

 しかし魔女は、あの海洋神が花の世話をする姿を想像できなかった。いや頑張って想像してみたのだが、どうしても受け付けなかった。花に限らず、なにかを育てるようなタイプには見えない。


 神界には神々が住んでいる。あるいは死者の魂が行き着く。だいたいは大人だ。もう成長している。

 赤ん坊もいることはいるのだが、そこでは誰もが成長しない。

 満足をおぼえた魂は消滅する。赤ん坊の消滅は特に早い。あるいは大人でも、戦のさなかに昂揚して消滅する魂もある。

 だからいま残っているのは、戦い続けてなお渇きの癒えぬ生粋の戦闘狂ばかりであった。彼らは暇を見つけては戦争をする。


 魔女は腹の底から溜め息をついた。

「そんなに戦ばかりして、最後はなにが残るのかしら」

 庭師はしかし哀しげな表情だ。

「最後? 最後なんて来ないのよ。あるのは永遠だけ」

 死ねども死ねども生き返る世界で、日々戦いに明け暮れるというわけだ。

 魔女は永遠を生きているわけではない。たったの二百年だ。それでも生にはうんざりしている。それがさらに続くとは。神々がおかしくなるのも無理からぬ話だ。


(続く)

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