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庭師

 神の軍勢とやらはすぐに来た。

 空からやってきたわけでも、海からやってきたわけでもないが、塔の頂上に火が灯され、周囲を武装した男たちが警備し始めたから、なんらかの方法でやってきたのが分かった。おそらく塔内の魔法陣を使ったのであろう。

 警備兵は、ほとんど人間と同じに見える。あるいは実際に使役された人間かもしれない。


「まったく、なんなのさ! 引っ越したならそう言いなよ! 危うく消し飛ばされるところだったよ!」

 そう憤慨しながら現れたのは、例の死神であった。

 神の軍勢がいるとは知らず、魔法陣で塔中に入り込んでしまったのだろう。それで怒られて追い出されたらしい。

 イグサでカーペットを編みながら、魔女はうるさそうに応じた。

「いま作業中よ。苦情ならあとにして」

「なによ作業って? おままごとにしか見えないけど」

「消し飛びたいわけ?」

「待ってよ。ちょっとした挨拶みたいなもんでしょ。あいつら、神界の連中だよね? なんで塔にいるの?」

「知らないわ。塔を明け渡せって言うから……」

 魔女も困惑しているが、死神でさえ初耳だったらしい。彼女はどこへも腰を下ろすことができず、やむをえず壁に背を預けた。

「それにしても、あんなに大規模に物質化するなんてね。いったいどれだけ結晶を溜め込んでたのよ」

「あなた、なにが目的か知らない?」

「知るわけないでしょ。神界の連中が、地上なんかに興味を示すとは思えないし。あ、でも待って。こないだ大きな会議があって、なにか話してたみたいだから……えーと、なにかあったのね。うん。なにかが」

「なにかって?」

「知らないって言ってるでしょ」

 死神は神界の住民のはずだが、さほど状況を理解していないらしい。


 会話が途絶えると、死神はしばし口をへの字にして室内を眺めていた。

 黙々とイグサを編む魔女、剣士、ゴブリン。そして四肢を失い身動きのできないジャンと、頭から布をかぶって引きつるように揺れるバルバラ。

 こうしていると、かつて殺戮の塔に存在していたヒリつくような緊張感は完全に消え失せている。いまここにあるのは生活感だけ。


 死神は溜め息をついた。

「ねえ、魔女。帰りたいから魔法陣描いて」

「イヤよ」

「なんで? 目の前に困ってる死神がいるのよ? 協力してよ」

「言ったでしょ、作業中だって。来たときみたいに、塔の魔法陣使いなさいよ」

「塔なんて行ったら今度こそ消されちまうよ。ねえ、頼むよ! 情報持ってきてやるからさ!」

 すると魔女は、ちらと死神を見た。

「情報? それもいいわね。けどあなたにできるの? ロクにモノも知らない不勉強なあなたに」

「言うじゃないのさ……」

「それよりも、この作業を手伝いなさい。それが終わったら魔法陣でもなんでも描いてあげるから」

「イグサ編みを? このあたしが?」

 世界広しといえど、死神にイグサ編みを強要できるのは魔女くらいのものであろう。

 魔女はすました顔を見せた。

「イヤならいいわ。とにかく、これが終わるまでは手が離せないから。硬い床で寝るのはもうごめんだもの」

「ぐっ、こいつ……」


 *


 結局、死神にイグサ編みを強制させ、しかるのち魔女は魔法陣を描いてやった。描くといっても絵の具を使うわけではない。魔法で描く。

 死神はぶつくさ文句を言いながら帰った。


 その後、島の状況は刻々と変化していった。

 ペガサスにまたがった兵が空を哨戒し始め、海では魔物を見かけるようになり、海岸からは大亀までもが上陸してきた。まさに呪われた島だ。ここを拠点とし、人間たちに戦争を挑む気らしい。


 *


 剣士とゴブリンは、波止場へ糸を垂れながら、静かに夜の海を眺めていた。

 今日もまたペガサスが飛び回っている。神の軍勢は着実に戦の準備を進めているように見えるが、しかしいまいち攻め込もうという気概が見えない。

 島から王国までは遠い。

 いったいどうやって移動するつもりであろうか。

 亀の背に乗るには、人数が多すぎる。


「あー、ぜんぜん釣れない」

 剣士は波止場へ大の字になった。

 大亀が出現してからというもの、魚たちが異様に警戒してしまい、ほとんど釣れなくなっていた。なにせいま住んでいるボロ屋さえ踏み潰せそうな巨体だから、少し動いただけで波を起こしてしまう。すると魚たちもパニックを起こし、釣り餌には見向きもしなくなるというわけだ。

 ゴブリンは暇すぎてうとうとしている。

 剣士も眠たくなってきた。なんだかあまいかおりもする。

 ぼんやりする意識のまま、剣士は空を見上げた。視界が歪む。空気があまったるい。ふと脇を見ると、ゴブリンの頭から植物が生えていた。

「ん?」

 重たい体を起こし、剣士はゴブリンの体を揺すった。

「ちょっと! 起きて! ゴブリン! 頭! 草!」

「えっ? 草?」

「あなた、頭に草が生えてる」

 するとゴブリンは眠たげな目をこすり、かすかに笑った。

「なに言ってるの? それ自分のことでしょ?」

「えっ?」

 慌てて頭をまさぐると、実際になにかを掴んだ。引きちぎると、それは花だった。白い花びらの可憐な花だ。しかし手の中ですぐに枯れてしまった。

「あらぁ、なんて乱暴なの。お花は大事にね」

 見知らぬ女が近づいてきた。にこやかな表情を浮かべている。

 人間ではあるまい。体に植物のツタを絡みつかせている。咲き乱れる花々の祝福を受けながら、彼女はふわふわした足取りで近づいてきた。

「誰?」

「庭師よ」

「庭師?」

 なんだかよく分からないが、これも神の軍勢とやらであろうか。砂浜が花まみれになっているのも、彼女の仕業であろう。

「私たちになにしたの?」

「なにも。ただリラックスしてもらおうと思って、お花を咲かせてみたの。素敵でしょ?」

「……」

 まったく意味が分からない。

 ゴブリンはもう眠っている。

「魔物?」

「失礼ね。魔物ではなく庭師よ。塔のみんなは戦のことしか頭にないから、イヤになって出てきちゃった。あなたからは愛のにおいがするわ」

「ごめん、分かるように言って」

「愛よ。濃密な愛のにおい。いいの。人間とゴブリンでも、女同士でも、愛は愛なんだから。ぜひわたくしもご一緒したいわ」

「……」

 剣士に分かるのは、会話が通じないということだけだ。


 *


 やむをえず、釣りを中断して家へ帰った。

 判断を魔女に委ねようと思ったのだ。


 自称庭師を連れて帰ると、イグサを編んでいた魔女がぐっと眉をひそめた。

「誰なの?」

「庭師よ」

 剣士が説明する前に、庭師はにこやかな笑みで辞儀をした。つやめく白い布を身にまとっている。髪も肌も白い。

 魔女は今度こそ剣士に尋ねた。

「魚を釣っていたのではなかったの?」

「この人に邪魔されたの」

「ゴブリンは?」

「寝ちゃったまま起きないから置いてきた」

「そう」

 魔女は溜め息をついた。

 が、この反応にも関わらず、庭師は興奮気味に身を乗り出した。

「ああ、いいわ。嫉妬も愛よ。きゅんきゅんしてしまうわね」

「どうでもいいけど、部屋を花まみれにしないで」

 魔女の指摘通り、庭師が来たせいで、家の中が花に侵食されてしまった。というより、庭師と一緒に花々まで移動するから、彼女がいる限りは植物から逃れられないらしかった。

「お花は苦手かしら?」

「苦手じゃないわ。調合に使うもの。けれども、こんなにたくさんはいらないわね」

「まあ野蛮。でもいいわ。塔にいるよりマシだもの。あの人たちときたら、みんな粗暴でイヤになっちゃう。人間と戦するんですって。なにが楽しいのかしら」

 この庭師は、内部の事情を知っているようだ。

 魔女もいまは追い払おうとせず、彼女の話に乗った。

「神は戦をするため地上へ来たの?」

「そうよ。人間といっぱい殺し合いをするの。愛がないわ……」

「なぜ戦を?」

 この問いに、庭師は首をかしげた。

「理由なんてあるのかしら? あの人たち、戦以外になにもすることがないのよ。自分たちの戦が落ち着いてしまったから、新たな戦を求めて地上に出てきたのではないかしら。きっと戦っていないと死んでしまうんだわ」

「……」

 地上の住人にしてみれば、ただ迷惑なだけの話だ。

 魔女も閉口してしまった。

 戦闘狂が戦闘を求めた結果、魔女は塔を追われたのだ。

 黙ってしまった魔女に代わり、今度は剣士は尋ねた。

「あなたも戦うために来たんじゃないの?」

「いいえ。わたくしは兵士の慰安のために連れてこられただけ。傷ついた兵士を、たくさんのお花で癒やしてあげるのよ。けどそれって、そもそも戦をしなければいいだけの話じゃない? だからバカらしくなって出てきちゃった」

 全員がこの戦闘に賛同しているわけではないらしい。庭師だけが特別なのかもしれないが。

 ともかく、無意味な戦闘行為が始まろうとしていることは分かった。

 庭師はぐっと魔女に顔を近づけた。

「あら? よく見たら、あなた黒の魔女よね。強いんでしょ? このバカげた戦を止めてくれない?」

「さすがに神と戦う力はないわ。あと近すぎる」

「照れてるの? かわいいわね」

 頬を指先でぷにぷにし始めた。

 魔女はすっと距離をとる。

「とにかく、私は神のやることに干渉する気はないわ。帰ってちょうだい」

「いいえ。帰らないわ。わたくしもここに住みます」

「えっ?」

 侵攻はすでに始まっている。

 状況を覆すには、戦うしか道はない。


(続く)

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