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神界より

 呪われた島では、しばらく平和な日々が続いた。


 剣士はまだ一文字も読めないにも関わらず、ソファで読書をしていた。というより、文字を覚える気がない。あくまで挿絵からなにかをつかもうとしている。

 私室では、魔女とゴブリンがきゃっきゃしながら体を洗いっこしている。たらいに水を溜め、互いの体を洗うのだ。剣士はいつもひとりでやる。じろじろ見られながらでは水浴びに集中できないからだ。

 しかしていまは、声が気になって読書に集中できない。


 本を置き、剣士は窓の外を眺めた。

 常闇の夜と青黒い海が見える。いつも同じ位置に浮いている銀鏡のような月も。きっと本物の月ではないのだろう。

 足音とともに、何者かが階段をあがってきた。

 久々の来客だ。死神であろうか。

 剣士が目を向けると、そいつは敵意はないとばかりに両手を広げた。

「はじめまして、赤の剣士。私は神界の使者アルファ。魔女にお目通り願いたい」

 美しい黄金色の髪をなびかせた、中性的な容貌の若者だった。男か女かは分からない。胴には薄衣をまとっている。

「魔女なら、いま水浴びの最中よ」

「ではここで待たせていただいても?」

「どうぞ」

 アルファは魔女の椅子から距離をとり、礼儀正しい態度でその場に静止した。

 以前からこういう客人があったのか、あるいは死神の契約の件で苦情でも言いにきたのか、剣士には判断できない。


 やがて、魔女とゴブリンが濡れた髪のまま、下着姿で出てきた。下着といっても手の込んだものではなく、一枚布に肩紐をつけただけのシンプルなものだ。

「もう、あなたってけっこう強引なのね」

「だって魔女さま、ちゃんと洗わないから」

「ひとりでできるって言ったはずよ」

「できてないもん」

 などと子供みたいにはしゃぐのを、剣士は咳払いで制止した。

 魔女は「あら?」と片眉をつりあげた。

「なぁに? 私とゴブリンが仲良くしてるのが気に食わない?」

「そうじゃない。お客さんだよ」

「えっ?」

 魔女はそのとき初めて気づいたらしく、目を丸くした。よほど気を抜いていたらしい。

「あら、神の使いの……」

 するとアルファは、その場にひざまずいた。

「ご無沙汰しております、黒の魔女」

「珍しいわね。急ぎの用かしら?」

 魔女は上掛けをまとい、いそいそと椅子へ向かった。下着のままでは格好がつかない。

 アルファは薄く笑みを浮かべたまま魔女の準備が整うのを待ち、こう応じた。

「まもなく、神の軍勢が地上へ攻め込みます」

「あら、そうなの。ずいぶん急ね」

「つきましては、主より、この塔を引き渡せとの命がくだされました」

「えっ? 引き渡せ? つまり、ここを出よと?」

「はい」

 唐突な提案だ。住む家がなくなる。

 魔女は目をパチクリさせ、右を見て、左を見て、またアルファを見た。

「ええと、つまり、どういうこと?」

「三日以内に引き渡すようにとのご命令です」

「次はどこに住めば?」

「主はなにも」

「……」

「もし期日までに退去せぬ場合、強制的に排除される可能性もございます。私からは以上です」

 言うだけ言って、アルファはにこりと笑みを浮かべて行ってしまった。

 残された魔女は口を半開きにしていた。


 *


 少しは抵抗するのかと思いきや、魔女はその日のうちに荷物をまとめて塔を出た。剣士とゴブリンも一緒だ。かなりの大荷物である。それを髑髏の兵にも運ばせた。

 向かう先は浜辺のボロ屋だ。


 そこは雨風を凌ぐだけの、木の板を張り合わせただけの家だった。しかも住人がいる。ジャンとバルバラだ。迎えの船が来ないものだから、ずっとそこに住み続けていた。

「魔女さま、その大荷物、いったいなにが?」

 ジャンの問いに、魔女は顔をしかめた。

「私にも分からないわ。いきなり追い出されたんだもの」

「何者かの襲撃が?」

「神界から使者が来たの。出ていかないとダメだって。怖いからすぐ出てきたわ」

 さすがの魔女も、神と一戦を交える気はないらしい。


 剣士はどっと荷物を置いた。

「そういうわけだから、これからよろしく」

「はぁ、それはいいのですが……」

 ジャンの視線は、木戸へ向けられていた。ゴブリンが怖がって戸にしがみついている。以前、彼女は曲芸団に殺されかけたのだ。こうなるのもムリはなかろう。

 魔女は溜め息をついた。

「ゴブリン、入りなさい。この人たちは、あなたに乱暴したのとは違う人でしょ」

「でも見て笑ってた」

 するとすかさずジャンから「私は笑ってませんよ」と訂正が入った。彼は基本的に無表情で、滅多に笑ったりしない。

 しかしバルバラは違った。頭から布をかぶり、常時体をくねらせ続けている。まったく反省していない。

 さすがの魔女もうんざり顔だ。

「あなた。その妙な動きをやめなさい。私のゴブリンが怖がるわ」

「……」

 しかし動くのをやめない。

 ジャンが横からアドバイスをくれた。

「ムダですよ。彼女、寝る時以外ずっとこの調子なんです」

「なにが楽しいのかしら」

「さあ。本当に笑っているのかどうかさえ……」

 ずっと一緒にいたジャンに分からないのだ。魔女に分かるはずがない。

「ほら、ゴブリン。笑ってるんじゃないそうよ。入りなさい」

「けど……」

「あなた、そこでずっとそうしているつもり? まあいいわ。怖がる気持ちも分からなくはないし。気が済んだら入ってきなさいね」

「うん……」

 そう返事をしたものの、しかしゴブリンが入ってくる様子はなかった。


 剣士は構わず床の上に大の字になった。

 ソファなんて気の利いたものはない。絨毯もない。土をつき固めただけの床だ。雑草をあつめたとおぼしき一角もあるが、きっとそれがベッドなのであろう。

 魔女はこの家で唯一の椅子へ腰をおろした。

「不便な家ね。カーペットでも編もうかしら」

 彼女はもともとこの島で育った。ここが夜に閉ざされる前に、住民がどんな生活を送っていたのかを知る唯一の人物だ。

 剣士は仰向けのまま目だけを向けた。

「編めるの?」

「簡単よ。そこらに生えてる草で作れるわ。あなたも手伝ってね」

「いいよ」

 魔女はもともとなにかを作るのが嫌いではないらしい。この生活を積極的に受け入れるつもりでいるようだ。

 剣士もいい。屋根のついた家があるだけマシだ。魚を釣って暮らすのも悪くない。

 問題は、塔へ来るという神界の連中が、この家に迷惑をかけないかということだ。あの一方的な態度を見る限り、近隣住民への配慮があるようには思えない。


(続く)

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