死の舞踏会
階段にはドアがない。
だから誰かが近づいてくれば、そのまま足音が響く。
硬質な月明かりが陰翳を織りなす最上階。
座椅子に腰をおろす黒の魔女と、脇に控える赤の剣士は、曲芸団を出迎えた。
最初に足を踏み込んだのは頭から布をかぶったバルバラ。そして機械の手足を持つジャン。キョロキョロしながらロブが来て、最後に老婆が杖を突きつつやってきた。
老婆は入ってくるなり顔をしかめた。
「ようこそ、挑戦者たち。私が黒の魔女よ。こちらは赤の剣士。私のお気に入りなの」
出会い頭に殺してもよかったはずだが、魔女はそう語りかけた。
すると老婆は、身構えた手下の間を割って前へ出た。
「赤の剣士……。中身は人間かい?」
この問いに、魔女がくすくすと笑い出し、老婆が不快そうに顔をしわだらけにした。
話がこじれる前にと、剣士は兜のバイザーをあげ、自分がリビングアーマーでないことを教えてやった。
老婆はしらけたように片眉をあげた。
「その鎧、どこで拾った?」
「行商人からもらったの。仕事の報酬として」
「そうかい。ああ、気にしなくていいよ。ちょっと見覚えのある鎧だったからね。さて、世間話はこの辺にして、そろそろ始めるとしようかね」
剣士がバイザーをおろすと、すぐさま矢弾が飛んできた。剣士は装甲で受け流し、剣を抜きながら襲いかかる。が、斬撃はバルバラのシールドに防がれた。
老婆は動かない。
魔女も動かない。
ロブも短剣を手にしているものの、あたふたしているだけだから、これは剣士とバルバラ、ジャンの戦いとなった。
条件によっては、矢がプレートアーマーを貫通することもある。しかしジャンの仕込み矢は、速射性を優先しただけの低威力のものであった。動物の皮膚なら貫通するが、鎧までは貫けない。
剣士はこれを事前に理解していたわけではない。単に装甲を過信していただけだが、その蛮勇はいまは効果的に働いた。
ジャンの機動力は高くない。だからバルバラがずっと魔法で守っている状態だった。もしいまターゲットをバルバラに変更すれば、横からジャンに射抜かれる可能性がある。
剣士は思うさま剣を振り続けた。とても軽い。にも関わらず、バリアに直撃したときのエネルギーはかなりのものがあった。スピードもパワーも格段にあがっている。魔力のコントロールも問題ない。
幾度かの斬撃があった。
剣士はバリアをぶち破らんと、次第に力を強める。ジャンはみっともなくしゃがみこんでいる。バルバラはバリアに集中している。
なのだが、あるとき剣士が斬りつけると、その刃はバリアではなく金属に炸裂した。ジャンの左腕だ。バルバラはバリアを解除していた。その代わり、防御から攻撃へと転じ、至近距離から剣士へ衝撃波を叩き込んできた。
直撃を受けた剣士は床を転がった。そこへ矢弾が飛んできて、追撃の衝撃波も来た。剣士は好き放題に床を転がされた。
「あらあら。ピンチかしら、私の剣士」
肘掛けに頬杖をついて、魔女は余裕の観覧だ。
剣士はその足元に転がされるも、とっさに身を起こした。
矢弾は避けない。衝撃波だけを避ける。などと油断していると、ズダンという炸裂音とともに、拳サイズの砲弾の飛翔してきたのを見た。そして見たときにはすでに装甲へ炸裂していた。
反動でジャンの右腕が粉々になった。
剣士も強烈に転がされ、そのまま動けなくなった。意識はある。しかし瞬間的に重たい一撃を受けて、体が硬直してしまったのだ。
上から真空波が来たので、気合だけで横に転がって回避した。
魔女はニヤニヤしている。
サディストかもしれない。あとでお仕置きしなければ。剣士はそんなことを思いながら、なんとか立ち上がって剣を構えた。
体内で魔力が渦巻いているのを感じる。
そして湧き上がる力が、装甲を軽くし、斬撃を強化しているのも分かる。
そしてもうひとつ分かるのは、剣士が力を使えば使うほど、魔女の魔力が一時的に低下していることだ。エネルギーを共有しているから、剣士だけがフルパワーで挑むというわけにはいかない。
もしいま老婆の気が変わり、魔女を襲うようなことになれば、結果はどうなるか分からない。
魔女はしかし表情に出さない。それどころか、愉快そうに目を細めている。
「いいわ。もっと争って。私のために」
まぎれもなく悪女だ。布団の中では子犬のようにあまえてくるくせに、剣士が傷つきながら戦う姿に興奮してしまう。わがままで、自分勝手で、未成熟で、不完全。
しかし剣士は、そんな彼女を守るために立っている。
バルバラの真空波と、ジャンの砲弾が同時に来た。
剣士は回避しない。
その代わり、魔女の力さえ吸い出して、強固なシールドを展開した。跳ねた砲弾が石壁に炸裂し、衝撃波も消え去った。ジャンは両腕を喪失。
魔女はやや苦しそうに眉をひそめたが、その表情には愉悦の色が見えた。
「そうよ、剣士。私を使って。私のすべてを」
すべてを使うわけにはいかないが、ときに応じてまた借りるつもりだ。
老婆はまだ動かない。
剣士は一気に距離を詰め、まずはバルバラに斬りつけた。シールドが展開される。そのシールドを切り裂いて、肉体を傷つけた。出血。つぎはぎだらけの腕が血液の糸をひきながらクルクルと宙を舞った。悲鳴はない。
すると、ズドンと炸裂音があった。
ジャンの片足が木っ端微塵になり、その代わり、砲弾が剣士の脇腹を強烈に打った。剣士は斜めに転げて、そのままうずくまった。
あの様子では、もう一発撃ってくるだろう。いまのままでは回避することはできない。
しかし片足を失ったジャンは、受け身もナシに転げたせいで、方向転換さえできないほどのダメージを受けていた。義足が一撃でオシャカになるほどの衝撃だ。射手とて無事では済まない。
片腕を切り落とされたバルバラも苦痛にうずくまっている。
剣士も立ち上がれない。
老婆が「ふん」と鼻を鳴らして前へ出た。
視線の先の魔女は座したまま、くつろいでいる。
「余興はこの辺でいいだろう。そろそろお前の命をもらうよ」
「やってごらんなさいな」
四本の槍が降り注ぎ、老婆の体を貫いたかに見えた。が、貫かれたのはロブであった。身代わりに使ったのだ。老婆はすでに魔女の背後に回り込んでいた。
「えっ……ママ……なんで……」
ロブの問いに、老婆は答えない。
その代わり、魔女に向かってこう告げた。
「じゃ、死んでもらうとしようかね」
室内に、魔女の絶叫が響き渡った。
(続く)