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時は金なり

 曲芸団はすでに二十一階へと足を踏み入れていた。

 毒を持つ八本足のトカゲ、バジリスクがこのフロアの番人だ。

「俺がやる」

 並の成人男性の二倍はあろうかという巨漢が、ずんと一歩を踏み出した。

 体毛のない岩石のような男だ。その大きさもゴーレムと比較して遜色ない。手には金属製のハンマー。しかしひしゃげてしまい、すでにまともな形をしていない。


 バジリスクが驚いたように顔を上げ、ガサガサと後退した。

 敵の姿を見た途端、それが死に直結するデカさであると判断したのだろう。

 実際、いまのバジリスクは、天敵を発見して慌てふためくトカゲにしか見えなかった。


 フロアの天井は高い。しかしこの巨漢が真上にハンマーを振り上げれば、天井をかすめる可能性があるだろう。

「いいぞ、ゴライアス! やっちまえ!」

「真っ二つに引き千切れ!」

 男たちが口々に囃し立てる。


 逃げ場を失ったバジリスクは、なんとか威嚇しようと口を開く。滴る毒液も、本来なら致命傷となりえるものだが、いまはただのヨダレにしか見えない。

 ゴライアスは肩にハンマーを担ぎ、一歩また一歩と追い詰める。


 勝敗は一瞬でついた。

 進退きわまったバジリスクが攻勢に転じたかに見えた瞬間、その頭部が木っ端微塵に砕け散ったのだ。頭部だけではない。塔の床石までもがゴッと鈍い音を立てて一部飛散した。

 男たちの歓声が上がる。

「うおおお! いつ見てもすげぇや!」

「一発だぞ!」

「見ろよ、トカゲの頭が完全になくなってやがる!」

 かつて赤の剣士が意識を失いつつ倒したバジリスクを、ゴライアスはたったの一発で絶命させてしまった。

 そのゴライアスは、無表情のまま道を開けた。


 老婆はふんと鼻を鳴らす。

「なんだいこの塔は。拍子抜けだねぇ。上もこの調子だとしたら、きっと魔女ってのもたいしたことないよ」

 するとロブもうんうんとうなずいた。

「おいら、いいこと思いついちゃった。もし魔女を殺したらさ、ママがここで新しい魔女をやるってのはどう?」

「ロブ、お前は本当にバカな子だねぇ。そんなことしたって、別の討伐隊に狙われるだけさ。なんの得もありゃしないよ。ちょっとは頭使って考えな」

「えへへ」

 実際のところ、この塔に固執するメリットはない。黒の魔女にしたところで、契約で縛られているからやむをえず居着いているだけだ。


 すると別の男が近づいてきた。

「団長、こいつ食っていいか?」

 いつもニヤニヤしたニヤケ顔の男だ。彼らは十一階でキメラを食ったばかりであるが、もう腹が減ったらしい。

「またかい。いったいどれだけ食えば気が済むんだ、お前たちは」

「そう言わないで」

「仕方ないね。とっとと済ませな」

「さすがは団長だ。話が分かる」

 すると男たちは、刃物を手に手にトカゲへと群がった。ゴライアスなどは尻尾を引き千切って貪りだす始末。

 この宴会に参加しないのはごく少数のみ。うんざり顔の老婆に、頭から布をかぶったバルバラ、それに機械の手足をした若い男などだ。


 動きののろいロブは出遅れたが、男たちに押しのけられながらもなんとか肉を手にすることができた。おそらく順番に肉をとれば争う必要もないのだが、彼らにそんな習慣はなかった。

 ロブは生のまま肉にかぶりつき、しばらくもちゃもちゃ噛んでから、ハッとして老婆へ駆け寄った。

「ママも食べる?」

「いらないよ。お前が食べな」

「うん」

 歯型のついた食べ残しだ。そうでなくとも老婆には食欲がない。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 黒の魔女との契約を取り付けた死神が、意気揚々と引き上げていくところであった。塔内にはいたるところに魔法陣があるから、死神はそれを使っていつでも神界へ行ける。


 魔女はどっとソファへ身をうずめた。

 疲れ切っている。

 死神と契約したことを悔いているようでもあった。

「あのまま逃げたりしないのかな」

 剣士の素朴な疑問に、魔女はふるふるとかぶりを振った。

「きっと大丈夫よ。神界は契約にうるさいから。もし破れば、死神も相応の罰を受ける」

「じゃあ約束守ってくれるといいね」

「どうかしら。やるとは言ったけど、いつまでとは言ってない。みんなが死ぬまで時間を引き伸ばせば、なにもしなくたって契約違反にならないんだから」

 分かっていて魔女は契約したということだ。死神との契約とはそういうものだ。

 剣士には納得いかないが。

「なにそれ。ズルじゃない」

「だから言ったでしょ、下等な魔物だって。あの女が二度とここへ来ないならそれでいいわ」

「落ち込まないでね。あなたには私がついてるから」

「それでじゅうぶんよ。私には最高の言葉」

 魔女が頑張って笑顔を見せてくれたので、剣士は頭をなでてやった。くせのない柔らかな髪だ。いつまでもなでていたくなる。思えば農場の世話になっていたときも、暇さえあればイヌをなでくりまわしていた。

「ねえ、魔女。ちょっとワンワンって言ってみて」

「えっ? なに? イヌ? 黒の魔女を愚弄するなんて、あなたなかなか度胸があるわね」

「ごめん。なんかイヌっぽいなって思っちゃって」

「いま少し厳しい状況なの。もっと真剣にやって?」

「うん」

 怒らせてしまった。

 すると魔女は水晶を引き寄せ、階下の映像を映し出した。男たちがバジリスクに群がっている。

 魔女の口から盛大な溜め息が出た。

「こっちはずいぶん楽しそうね」

「あのトカゲ、けっこうおいしいんだよね。見てたらお腹空いてきちゃった」

 淡白だが、身はプリプリとしていてクセもない。食用には適している。

 魔女は頭を抱えた。

「やめなさいな。それこそイヌみたいよ。あなたには、もっとちゃんとした食事を出してるでしょ?」

「うん。あれもおいしいんだけど……」

「なにか不満なの?」

「ううん……」

 味は悪くない。問題は素材と調理法だ。謎のハーブと謎のキノコが大量に投入される。そして、それをこねるのもかき回すのも髑髏の兵だ。魔女がやるのは味の調整と火の調整のみ。

 パンだって小麦から作られているわけではない。謎の植物を削った粉で作られた謎のパンだ。味は普通のパンとよく似ているが、食べたあとも同じように栄養となっているかは不明だ。

 魔女が生きているのだから、毒ではあるまい。しかし素直に喜べる食事ではなかった。

「ね、亀って倒したあとどうしたの?」

「えっ?」

「食べたの? 捨てたの?」

「食べるわけないでしょ。というよりも、ほとんど記憶にないんだから。きっとぐちゃぐちゃになって海に流されたはずよ。なに? 食べたいの?」

「味が気になったから」

「なによそれ。あんなの口にするくらいなら、ポテトのほうがまだマシよ」

 四方を海に囲まれてはいるが、亀を食べる習慣はないのであった。わざわざ亀を食さずとも、たくさんの魚が採れる。

 剣士とて、どうしても食べたいわけではない。しかし魔女は肉料理を出してくれないから、たまに肉が恋しくなるのだ。

 魔女は菜食主義者ではない。動物の死骸は、ここでは優先的にアストラル結晶へと変えられてしまうのだ。塔の運営も大変なのである。

「ねえ、剣士。少しは作戦について考えましょう。あなたの体にも結晶はあるんだから、魔力を使って戦えるはずよ」

「魔法が使えるの?」

「魔法と呼んでいいかどうか分からないけど、初歩的なものならね。自分の動きを速くするとか、力を強くするとか、そういうの」

「やりたい」

 鎧を着て剣を振り回すのが彼女の仕事だ。スピードとパワーはいくらでも欲しい。

 魔女は、剣士の下腹部へ手を伸ばし、服の上からさすり始めた。

「結晶を意識してみて? 魔力が溢れ出してこない?」

「急に触られたら集中できないよ……」

 変なところを触られるのではないかと思い、剣士はつい身構えてしまった。

 しかして魔女はひどく冷たい目だ。

「こっちは真剣にやってるの。変なこと言うと怒るから」

「ごめんなさい。でも急だったから」

「いいから集中して。もぞもぞしないで。こっちまで変な感じになってきちゃった。いい? とにかく魔力を感じるの。ええと、呼吸は止めなくていいから、返事して」

「体が熱くなってきたかも」

「違う。そうじゃないの。変な声出さないで。これはそういうんじゃないから」

「難しいよ……」

「……」

 剣士は、これまで魔法とは無縁の生活を送ってきた。使いこなすためには、訓練の時間がいるだろう。曲芸団にはしばらく宴会を続けてもらうしかない。


(続く)

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