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曲芸団の上陸

 くらい海へ、一隻の船が姿を現した。

 本来であれば、ふた月に一度しかやってこない討伐隊の帆船だ。それが十日と待たずにやってきた。


 海の近くで野宿していたゴブリンは、はじめ見間違いではないかと我が目を疑った。しかし何度目をこすっても船が見える。間違いない。討伐隊が来たのだ。


 波止場へ接舷した船は、異様な緊張感に包まれていた。

 普通、船が陸地へつくと、誰もがほっとした気持ちになり、作業の中にも雑談が始まったりするものである。しかし今回、船乗りたち一様に緊張した表情で、無口で、どこか怯えや怒りを秘めているようにさえ見えた。

 やがて、船からぞろぞろと討伐隊がおりてきた。十数名。眼帯をした小柄な老婆を先頭に、機械の手足を持つもの、頭から布をかぶったもの、とんでもない巨躯のものなどがおりてきた。

 ゴブリンは、彼らが悪名高き「曲芸団」であることを知らない。


「長旅お疲れさまー。殺さないでねー。悪いゴブリンじゃないですよー。私、ここで商売してるの。いいモノ揃えてるから、なんか買ってって? 特別なサービスもあるよ」

 フレンドリーに話しかけたゴブリンだが、さすがに近づきすぎたらマズいことは分かっていた。

 やや距離をとってカゴを置き、商売道具を広げる。

「塔に行くんでしょ? 役に立つものいっぱい売ってるよ! ね? なんか買ってかない? ここでケチってあとで困っても遅いんだから」

 これに対する曲芸団の反応は様々だ。冷たい目で見るならまだマシなほうで、そもそもゴブリンの存在すら認識していないようなものや、ニヤニヤしながら舌なめずりしているものまでいる。布をかぶったものなどは、なにが楽しいのか無言でぷるぷる震えている。あるいは笑っているのではなく、もっと別の反応なのかもしれない。

 すると、ぬぼーっとした表情の半裸の男が近づいてきて、ひょろ長いひとさし指をゴブリンにつきつけた。

「お前も売ってるのか?」

「うん。全部じゃないけど。一回、銀貨一枚だよ」

「じゃあ買う」

 腰の麻袋を放り投げてきた。

 中からジャラリと重い音がする。

「えっ?」

「それ全部やる。だからお前買う」

「全部……」

 するとニヤニヤしていた別の男も寄ってきた。

「ヒャハハ、面白ぇな。ゴブリンのガキとヤるのは初めてだ。俺も買うぜ」

「俺もだ」

 次々に集まってきた。

 この反応はゴブリンも予想外である。

「あ、あの、買ってくれるのは嬉しいんだけど、順番に、ひとりずつね? あと乱暴なのはダメだし、ちゃんとマナーは守ってね……」

 しかし鋭い目つきの男がナイフを手に、ぐっと眉をひそめて近づいてきた。

「ガタガタうるせぇんだよザコが。払ったぶん黙って使わせろ。次に口答えしたらバラして魚の餌にするからな」

「えっ……」


 船乗りたちは無情にも撤収の準備を進めていた。

 誰も助けようとはしない。


 *


 数刻後、塔の最上階――。


 私室にこもっていた魔女が、憤慨した様子で広間へ出てきた。部屋着に上掛けを羽織っただけの格好だ

「剣士! ちょっと留守番お願い」

「なに?」

 剣士はソファで魔術書の挿絵を眺めていた。まだ文字は読めないから、絵を眺める以外にしようがないのであった。

 魔女は壁の隠し扉を開き、一度振り返ってこう告げた。

「ゴブリンの娘が大変なの。助けなきゃ」

「私も手伝う?」

「いい。ここにいて。すぐ戻るわ」

「分かった」

 せわしげに行ってしまった。


 剣士はしばらく絵を眺めてみたり、本を逆さまにしたりしてみたが、まったく集中できなかった。それで槍に閉ざされた死神へ、思わず声をかけた。

「なにがあったと思う?」

 死神はしかし興味ナシといった様子で肩をすくめた。

「あのゴブリンのこと? さあね。拾い食いでもしてお腹壊したんじゃないの?」

「ありそうだけど。たぶん違う」

「助けに行ったってことは、死んでないってことでしょ。心配するだけ損よ」

「……」

 たしかに、剣士にできることは少ない。いまの彼女は、鎧を着て剣を振り回す以外になにもできないのだ。結晶を埋め込まれたくらいでは変わらない。


 やきもきした気持ちで待っていると、やがて魔女が戻ってきた。ゴブリンは自分では歩けないらしく、髑髏の兵に背負われていた。しかも頭から魔女の上掛けで覆われており、どんな様子なのかも分からない。

 魔女は溜め息混じりに告げた。

「しばらく部屋には入らないで。いい?」

「うん」

 このときの剣士は、島に曲芸団が上陸したことをまだ知らない。だから野生動物にでも襲われたか、あるいは気を抜いて海にでも転落したか、そういうたぐいの負傷だと判断した。

 死神も同じ感想なのか、あまり深刻には受け止めていなかった。

「やっぱり外は危ないわね。その点、あたしは安全よ。こんなに頑丈な檻の中にいるんだもの」

「出てこないの?」

「なにそれ? 皮肉? 好きでいるんじゃないの。出られればいつでもそうするわ」

「魔女が許してくれるといいね」

「ええ、同感よ」

 不快そうにぷいと顔を背けてしまった。

 あんなに強い死神も、こうなってしまえば見世物と変わりがない。たった四本の槍で囲まれたエリアが、彼女の生活圏となってしまった。


 会話が途絶えると、あとは風音を聞くほかなくなる。

 ヒョウヒョウと切り裂くような甲高い音だ。どこから吹いて、どこへ吹き抜けるのかさえ分からない。とにかくこの周囲には、いつも風が吹き荒れている。


 魔女が部屋から出てきた。

 かなり消沈している。哀しみだけではない、怒りとも違う、呆れとも違う、やりきれない気持ちのないまぜになった表情だった。魔女は剣士の隣へ腰をおろし、こてんと頭をあずけてきた。

「平気?」

「平気じゃない」

 魔女の口からは、珍しく弱気な言葉が漏れた。

「死んじゃうの?」

「死なない。けれども、かなり傷ついてる。酷くやられてて……」

「治せないの?」

「……」

 魔女はむすっとした顔になった。怒りをおぼえたのであろう。しかし剣士にぶつけてくることはなかった。

「ごめん」

「謝らないで。あなたが悪いわけじゃないから。ただ、もし完全に治すなら、もっとアストラル結晶が必要なの。なのに結晶は、ほとんど魔物の召喚に使ってしまって……」

「あの子、そんなに酷いの? 誰かにやられた?」

「新しく来た討伐隊に」

「えっ?」

 ポテト騎士団が島へ来てから、まださほど経過していない。なのにもう討伐隊が来るという。

 魔女は溜め息をついた。

「もう塔の中まで来てる。強そうよ。きっとここへも来る」

 もちろん今回も魔女が勝つはずだ。しかし彼女が「強い」というのだから、よほどのものなのであろう。

 剣士は魔女の華奢な手を握った。

「私も一緒に戦う」

「うん」

「悪いやつには、指一本触れさせないから。絶対だよ」

「うん」

 強さの問題ではない。そうしたいと思ったのだ。だからやる。剣士はあまり深く考えない。これ以上、友人に哀しい顔をさせたくない。


 しかしこれを横目に見ていた死神は、つまらなそうに冷笑した。

「結構なことだねぇ、仲が良くってさ。けど、アマいこと言ってると足元すくわれるよ。世の中、なにが起きるか分からないんだしさ。ま、誰であれ人が死ぬのは大歓迎だけどね。死神にとっちゃ、そいつがメシの種だもの」

 どうせここから出られないのだが、開き直ってそんなことを言った。

 剣士も魔女も反論しない。

 死は誰にでも訪れる。魔女とて例外ではない。

 剣士は立ち上がった。

「ねえ、死神、危なくなったら力を貸してくれる?」

「は?」

「そこから出たいんでしょ?」

 これに死神は鼻で笑った。

「バカなこと言うわね。あたしはここへ契約に来たの。人間と戦うために来たんじゃない。ましてやあんたらのためになんて、絶対にゴメンだよ。自分たちでなんとかしな」

 自分を閉じ込めているヤツのために戦うなんてバカげた話だ。のみならず、魔女が死ねば、自動的に檻から解放される。

 それは剣士も分かっている。分かっていてなおすがりたくなったのだ。

 魔女はしかし剣士の服を掴んで座らせた。

「大丈夫よ。私たちだけでなんとかなる。これまでも、ずっとひとりでやってきたんだもの」

「うん……」

 しかし魔女は、すでに力の一部を剣士へ分け与えている。死神の檻にも力を使っている。これまでよりいくらか弱体化しているはずだ。そこへ「強い」敵の襲来となると、凌げるかどうか剣士は不安を覚えるのだ。その上、今回の敵はマナーのなっていない悪党らしい。どんな卑怯な手を使ってくるか分からない。

「どうしたの、剣士? 不安?」

「ううん、大丈夫……」

 ぎゅっと手を握った。

 戦死すれば、蘇生のために大量のアストラル結晶が必要となる。もしそうなれば、ゴブリンの治療にも影響が出るだろう。今回は命を捨てるような戦い方ができない。魔女と連携して、なんとしても生き延びなければ。


(続く)

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