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塔への手引き

 蝋燭の炎がゆらめいている。

 しかしそのほかは、窓から差す月明かりだけ。


 黒の魔女は椅子へもたれかかり、浮遊させた水晶に剣士の行動を映し出していた。

 なめらかな曲線の赤い鎧。そこそこの重量があるため、剣士の足取りは決して軽くなかった。だいたいの場合、彼女は魔物の攻撃を回避するより、鎧で受けることを選ぶ。自分の装甲を信頼しているからだ。魔法のかかった装備ではない。腕のいい職人がこしらえたものだ。

 魔女がこの印象的な鎧を見るのは初めてではない。

 過去にもこの鎧を着て、塔へ挑んできた女がいた。名のある女ではなかった。顔も思い出せない。ただ勢いに任せて乗り込んできて、そして死体となった。

 魔女は、基本的に死者を蘇生させることはない。死霊術に使う。バラして組み直し、配下として使役するのだ。たいていは髑髏の兵となる。

 鎧はゴブリンの娘にくれてやった。いつも塔の入口をウロチョロしている商売人だ。人間相手に食べ物や酒を売ったり、あるいは体を売ったりしている。名前は知らない。

 きっと鎧はゴブリンの手から人間へ渡り、そしてあの剣士へ渡ったのだろう。


 魔女が剣士を蘇生させるのは、だから鎧が原因ではない。

 優しかったからだ。


 *


 同刻、剣士は髑髏の兵を蹴散らしつつ、塔の入口へ来た。

 髑髏たちの動きは緩慢だ。恐怖心さえ払拭できれば、一方的にカタをつけることができる。そして剣士には、すでに恐怖心などない。

 ゴブリンの少女が駆け寄ってきた。

「また生き返ったの?」

 小さな体に、大きなカゴを背負っている。

 肌がやや土気色で耳が尖っているほかは、人間とほぼ変わりがない。ぼさぼさの黒髪でくりくりした瞳の、愛らしい少女だ。背が低いから幼く見えるが、剣士とほぼ同年代だろう。十代中盤といったところだ。

 剣士は一瞥いちべつしただけで返事さえしない。

 なのだが、ゴブリンは人懐こい態度でつきまとってくる。

「ね、なんか買ってよ?」

 剣士が蘇生すると、いつもふところに一枚の銀貨が入れられている。ゴブリンの狙いはそれだ。

 無視して通り過ぎてもよかったが、剣士は気まぐれに足を止めた。

「なにが買えるの?」

「なんでも! キノコでしょ、お酒でしょ、傷口をふさぐお薬でしょ、それにお守りと、あとは……」

 カゴをおろして、いろいろ取り出して見せる。

 しかしキノコは見るからに毒々しくて安全かどうか分かったものではないし、前に買った薬もあまり効き目がなかった。お守りだって買う気がしない。

 剣士はふっと笑った。

「あなた、体を売ってるよね?」

 バカにしたつもりだったのだが、ゴブリンは素直に「うん」とうなずいた。

「そっちが目当て? 私はいいよ? なにも減らないしね。でも女同士だと、どこまでが一回か分からないから、私がムリってなったらおしまいね」

「からかっただけよ。いらないから」

「なにそれ! ドケチ! どうせ死んだらお金だって使えないのに!」

「……」

 そもそも自分の金ではない。この銀貨は、魔女に直接叩き返してやるつもりだ。

 もっとも、ゴブリンが使えそうなモノを売っていれば別だが。


 *


 塔の正門はいつでも開け放たれている。

 石をひたすらに積み上げただけの巨塔だ。近づくとひんやりしているのが空気で伝わる。

 フロアにはシャンデリアが吊るされており、ゆらゆらと床を照らしている。

 一階エントランスは基本的に安全だ。髑髏の兵もいない。

 広さはそこそこ。数人でボール遊びができるだろう。

 床には赤黒い厚手のカーペットが敷かれ、古びた木製の調度品まで置かれている。

 剣士は椅子のひとつに腰をおろし、卓上の本を手にとった。字は読めないが、挿絵くらいは楽しめる。


 パラパラとめくると、ヘビの絡みついた樹木の絵が見つかった。さらにめくると、魔法使いがなにかを釜で煮ている絵。あるいはトカゲや草花などの紹介。人体の解剖図。この塔で見かけるゴーレムの姿もあった。

 おそらくは魔術書のたぐいであろう。

 剣士にとっては暇つぶしにもならない。


 先程のゴブリンが、正門から顔だけを覗かせた。

「あのさ、余計なお世話かもしれないけど、誰か来るの待ったら?」

「……」

 本当に余計なお世話だと思う。

 誰かを待ったところで結果は同じ。たいてい途中で死ぬ。あるいは逃げ帰る。最上階までついてきたものもいるにはいるのだが、最後は必ず命を散らす。そして自分だけが生き返る。

「ねー、聞いてる? これあんたのために言ってるんだから! だって、また死んじゃうよ? 痛くないの? ねーねー!」

「……」

 仲間というのは、たしかに頼もしい。

 しかし失ったときの哀しみもまた大きかった。

 のみならず、剣士が仲間を連れていると、魔女は露骨に機嫌を悪くする。先に仲間を惨殺しておいて、剣士に見せつけるのだ。あるいは死者をその場で使役し、剣士と戦わせたりもする。

 仲間がいるのはいい。ただし途中までなら。

「私、痛いのヤだなー。だって痛いでしょ? 血もいっぱい出るし。だから傷薬買いなよ? 安くしとくからさ! ねーねー!」

「……」

 剣士はいつも疑問に思う。ゴブリンなんかが銀貨を集めていったいどうするつもりなのだろうか。まさか、人間の世界へ進出するとでも。成功するとは思えない。あるいはゴブリンの社会では、銀貨が役立つこともあるのだろうか。

 しかし以前尋ねたら、もったいぶった様子で「ひ・み・つ!」などと返されたため、それ以来話題にしていない。

 ともかく、あのゴブリンは銀貨が欲しいだけだ。

 剣士は腰を上げ、次のフロアを目指した。


 *


 石の階段が、ゆるいカーブを描いて上階へ続く。あがれるのは一度にひとつのフロアだけ。ひとつあがると、部屋の反対側へ回らなければ階段はない。

 そして各部屋には魔物がうろついている。


 二階にいたのは、髑髏の兵が一体。防具はつけておらず、右手に手斧を握っているのみ。

 そいつは侵入者に反応して戦うだけの、いかにも遺跡を守護していそうな下級の魔物だった。動きは鈍いし、知能も高くない。だから力いっぱい剣を振れば、それで壊せる。

 剣士は武器を抜き、戦いに備えた。敵から奪った剣だ。自分で持ち込んだ剣はとっくに使い物にならなくなって捨てた。魔女から返却された兄の遺品は、持ち歩かず墓所に突き立ててある。


 剣士は先手を打ち、真正面から剣を叩き込んだ。刃は頭蓋骨に命中し、派手に粉砕。髑髏はすぐさまバラけて崩れ落ちた。

 実際のところ、ちょっと強く叩くだけでいい。使役の魔法は簡単に解けて、ただの骨へ戻る。

 こけおどしの魔物だ。


 それでも初めて遭遇した人間は、恐怖に右往左往することがある。クマのように屈強な男でさえ例外ではない。骨が動いて襲いかかってくるのは、たしかに異常だ。

 とはいえ、これで死ぬものは少ない。追い詰められた拍子に突き飛ばすなどし、意外と弱い敵であることを知る。

 だからこれは、挑戦者に度胸を与えるための、魔女の取り計らいなのである。


 *


 五階へ到達した時点で、出くわしたのは髑髏の兵だけだった。数は一体だったり二体だったり。

 どれも剣士の敵ではない。

 しかし経験上、そろそろ強めのが出てくるころだろう。

 ガーゴイル、ゴーレム、リビングアーマー、キメラ……。そういった少し大きな魔物だ。無機物は、強めに叩けば魔法が解けて動かなくなる。赤い血の流れる魔物は、他の動物を殺す場合と一緒だ。いずれにせよ斬りつけていればいずれ勝てる。


(続く)

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