世界をつなぐもの
剣士が骨を片付けていると、魔女が近づいてきた。
「まだ片付けなくていいわ」
「え、なんで?」
「それで私と遊びましょ? どうやって遊ぶのかしら?」
にこにこしているのが逆に怖い。
「えーと、骨を転がすっていうか、滑らせて、あの輪の中に入れたら勝ち。あとからやるほうは、前の人の骨にぶつけて外に出してもいいの。で、残ってるほうの勝ち。どっちも出ちゃったら引き分け」
「勝ったらどうなるのかしら?」
「相手が降参するまでくすぐっていいんだって」
「じゃあ私が先ね」
剣士が返事をする間もなく、魔女は始めてしまった。
しゃがみ込み、不器用な動作で骨を滑らせる。上腕の骨であろうか。おそらくは塔で死んだ何者かの遺骨である。くるくるスピンしながら石の床を滑り、そして輪からだいぶ離れたところで止まった。
「失敗してしまったわ」
満面の笑みだ。
次は剣士の番である。
が、遊んでいる場合なのであろうか。たったいま死神を槍の檻に閉じ込めたばかりで、その件を完全に放置したままだ。死神も唖然としている。隙間は大きく空いているのだが、魔力で拘束されているらしく、出ることができなようだ。
「さ、次はあなたの番。腕前を見せて頂戴」
「うん……」
せっつかれ、やむなく骨を滑らせた。
注意散漫だったせいか、骨は回転しながら輪から逸れてしまった。ように見えたのだが、なぜか大きくスピンしながら輪の中に入った。動きがおかしすぎる。
魔女はまだ笑顔を浮かべている。
「あら、あなたの勝ちね。ではくすぐって頂戴。敏感だから、優しくね?」
「う、うん……」
魔女がインチキをしたのは誰の目にも明らかだが、剣士としてはこの状況を受け入れざるをえなかった。
魔女が万歳をして待っているので、剣士も近づいた。
「優しくよ? とっても敏感だから」
「わ、分かった……」
「んっ」
脇腹に触れると、魔女は鼻の奥から小さな息を漏らした。
剣士はつい手を止めてしまう。
「変な声出さないで」
「仕方ないわ。あなたが敏感なところを触るんだもの」
「別のところにする」
「ひゃうっ」
「……」
遠慮して肩をくすぐったのに、それでも魔女は身悶えた。
「それだけ? さっきはもっと激しくしていたように見えたのだけど……」
「彼女はそうしないと全然効かなかったから」
「きっと不感症なのね」
魔女の辛辣なコメントに、死神も「言っておくけど我慢してただけだからね」と抗議した。
剣士はつい首をかしげた。
「不感症って?」
「なにをされても感じない体のことよ。あの魔物、きっとヤスリでこするくらいじゃないと感じないんだわ。可哀相よね」
「でも強かったよ。なかなか降参しなかったし」
剣士の率直な感想に、魔女はあきれたように溜め息をついた。
「こんな勝負に強くたってなんにもならないわよ。それより、もうおしまいなの? ぜんぜん降参できないわ」
「あんな声出すんだから、あなたの負けでしょ」
「じゃあもう一回ね」
「お断りよ。インチキするような相手とはやらない」
「……」
魔女はぷうと頬を膨らませてしまった。完全に子供だ。
「じゃあいいわ。ちょっと骸骨、いつまでそこに立ってるの! 早くそれを私の部屋に運んで!」
魔女は地団駄を踏みながら、入口で棒立ちになっている髑髏の兵へ命じた。そいつはカゴいっぱいに赤い宝石のようなものを背負っていた。
やがて魔女は髑髏と一緒に部屋に入り、入ってくるなとばかりにドアを閉めてしまった。
「あれがアストラル結晶よ」
檻の中から死神が告げた。
死肉から生成されるとかいう結晶だ。死体となった騎士団や魔物の成れの果てである。
剣士は檻へ近づいた。
「あれで魔物を召喚するの?」
「そうさ。ま、ほかにも使い道はあるけど」
「どうするの?」
「普通、人間界に存在するものは、神界へは持ち込めない。逆に神界に存在するものも、人間界へは持ち込めない。だけどアストラル結晶だけは別なんだ。どちらの世界でも触れることができる。分かるかい?」
「分からない」
「簡単に言うとね、神が人間界へ介入するときに、体の代わりに使うんだよ。神は神のままじゃなにもできないからね」
神は万能だと教えられてきたのに、意外と自由が効かないらしい。
死神はふっと笑った。
「あれが召喚した魔物の肉体になるんだよ」
「食べられないの?」
「結晶のままじゃムリだろうね。あんた、あんなのが食いたいのかい?」
「違うけど……」
魔物の召喚のため、取引に用いていると聞いた。一部は実際に魔物の肉体となるのだろう。しかし余剰分は神がハネているはずだ。つまり神はアストラル結晶を集めている。
剣士はふと、死神を見た。
「あなたも結晶なの?」
「当然でしょ。言っておくけど、あんただって同じようなものなのよ? そのままじゃ世界を移動できないってだけで」
「魔法を使えば私も神界に行けるの?」
「ムリよ。人間は不純物が多いから。たとえば……。そうね、氷を思い浮かべてみて。氷って、そのままじゃ布を通過できないでしょ? だけど魔法で水に変えれば通過できる。それをまた氷に戻せば、まるで布を通過したように見えるってワケ」
「へー」
「へーじゃない。さっきも言った通り、人間には不純物が多いから、そのままじゃ水だけが布を通過して、残りは通過できないの。もとの人間じゃなくなっちゃう。ムリに移動すると死ぬのよ。だから移動できない。分かった?」
「分かった」
ふと、ドアが開いて魔女が顔を覗かせた。
「ちょっと剣士、そんな下品な魔物と盛り上がらないで。あなたの相手は私でしょ」
「いま行く」
「すぐ来て」
「うん」
むすっとした顔でドアを閉めてしまった。
死神も「さっさと行きなさい」とばかりに手をヒラヒラさせた。
*
部屋に入ると、デスクの上に山盛りの結晶が置かれているのが見えた。それでもまだ一部のようで、脇に置かれたカゴにもまだ結晶がつまっていた。
「キラキラしてる。触ってもいい?」
剣士の言葉に、魔女は満足げにうなずいた。
「許可するわ。安全だから、好きなだけ触って」
「ありがと」
剣士は隣の椅子へ腰をおろした。
結晶の表面はすべすべしている。山を平らにし、一通りあさってみるが、どれも個性がない。半透明でキラキラしていて一様に小粒だ。
「どれが騎士団の?」
「もう区別はつかないわね」
こうなってしまうと、本当にただの「モノ」であった。少し前まで命であったとは到底思えない。
剣士は一粒つまみ、目の高さに掲げて見た。
硬質で均質で、無個性な石だ。赤みを帯びているのが、かろうじて血の色を連想させる。しかしこの結晶は笑わないし、冗談も言わない。歌も歌わない。
魔女は急に真面目な顔になり、こう告げた。
「もし魔女になるなら、この結晶をあなたに使おうと思うの」
「えっ……」
「私の体にも入ってるのよ。そこから魔力が供給される」
「食べたの?」
「いいえ。外から差し込んだの」
「痛そう」
「ええ、とてもね。けれども、あのときは切羽詰まっていたから。もしやらなければ大亀に殺されていたでしょうし」
それで剣士は思いついたことがひとつある。
言うべきかやや迷いはしたのだが、おそらく魔女もその可能性については想定していると考え、意を決した。
「その亀って、神さまが結晶で作った魔物かも」
魔女は怒らなかった。むしろ感心したように片眉をつりあげて見せた。
「鋭いわね。私と同じ考えよ」
「やっぱり。神さまは悪いやつなの?」
「さあ。なにか深いお考えがおありなのかも。ま、少なくとも私にとっては迷惑でしかなかったけれど」
神々の大義の前には、人間の命など安いものなのかもしれない。しかし剣士は、目の前の少女を苦しめる存在をどうしても許せそうになかった。
「ねえ、魔女。その結晶を使って、神さまと戦えないの?」
剣士の言葉に、魔女はなぜか優しい笑みを浮かべた。
「ありがとう。やっぱり私のことを思ってくれているのね。けれども現実的ではないわ。神界へ魔物を送り込むだけなら可能だけれど、きっと簡単に叩き潰されてしまう。神の力はとても強大だもの」
「諦めないで。きっとなにか手があるはずだから。一緒に考えよう」
「ありがとう。とても嬉しいわ。あなたとは、ずっとこうしてお話していたい」
「うん」
魔女が頭をあずけて来たので、剣士も受け入れた。やわらかな髪をしている。それにあたたかい。農場にいたイヌよりずっと心地がいい。
(続く)