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トリックスター

 巨大サソリは部屋の中央でそわそわしていた。

 すでに剣士の存在に気づいている。ただ、エリアから出られないため、どうしていいか分からず困惑しているのだ。

 眺めているだけなら、どことなく可愛らしい感じもある。しかしこれから殺し合う相手だ。剣士は眺めつつ、呼吸を繰り返した。


 おそらく鎧の下は火傷でひどい状態になっていることだろう。少し動くだけで全身が痛む。

 ただ、加護を感じる。

 錯覚でもいい。

 自分が守られていると信じたかった。また立ち上がって戦えるのだと。


 そうして剣士が意識をぼんやりさせていると、突如、サソリがまっぷたつに裂けた。いや、見間違いだと思った。

 目を細めても、たしかに裂けている。

 すっと降り立ったのは、長い鎌を手にした黒いフードの女だった。そいつは妖艶な雰囲気を身にまとい、靴音をカツカツ響かせながら剣士の前へ来た。


「あんたかい、魔女のお気に入りってのは?」

「誰?」

 目つきの鋭い、青白い顔をした女だ。ひょろりと背が高い。

 そいつはサディスティックに笑った。

「さてね。死神とでも名乗っておこうかな。あんた、何度も死んでおきながら、まだ地上にいるらしいね」

「私を殺しに来たの?」

「ま、そうしてもいいけどね。いまは特にそんな気分じゃない。命令されたわけでもないしね」

 言いながら、彼女は剣士の前掛けをつまんだ。

「なにこれ? あんた、こんなのに入信したのかい?」

「触らないで」

「悪かった。人がなにを信仰しようが自由だもんね。好きにしとくれ」

 そして肩に鎌を担ぎ、下品に股を開いてしゃがみ込んだ。

「ねえ、剣士。あんた、これから魔女に会いに行くんでしょ? あたしも一緒に連れてっておくれよ」

「一緒に? なんでひとりで行かないの?」

 すると彼女はフッと鼻で笑った。

「殺されるからよ! あいつ、力だけはあるからさ。あたしだって危ないんだよ」

「私がいてもなにもできない」

「倒すのはムリだろうね。けど、話くらいは聞いてくれるでしょ? なんせ、あんたは魔女のお気に入りなんだから」

「……」

 あえて否定しなかった。お気に入りというのはおそらく事実だ。理由は不明だが。

 死神は身を震わせてケタケタと笑った。

「ホント、助かったよ。あんたみたいのが来てくれてさ。魔女に弱点ができたんだよ。いやー、愉快だねぇ。食い入るように水晶覗いちゃってさ。きっといまだって、あたしたちのやり取りを眺めながら泣きべそかいてるよ。私の剣士をとらないでーってね」

「……」

 愉悦を隠そうともしない。

 剣士はすぐさまこの女を嫌いになった。たしかに魔女は戦うべき相手だ。しかしいたずらに辱めたいわけではない。賞金稼ぎには賞金稼ぎの矜持がある。

 金のために他者の命を奪うという行為は、その点だけ見れば山賊となんら変わりがない。だからこそ、尽くすべき礼節がある。

 正直、剣士も疲労困憊で忘れかけていたが。しかしいまハッキリと思い出した。この女のようにはなりたくない。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 魔女は目をさまし、ベッドから出たところであった。

 水道で顔を洗い、お気に入りの服に着替えながら水晶をチラと覗く。剣士は生きている。それを確認し、研究用の机についた。

 が、なにか違和感がある。

 剣士は誰かと一緒だった。ポテト愛好会ではない。召喚術に応じる御使いでもない。水晶を引き寄せ、映像を覗き込む。見覚えのある女が、ニヤニヤ笑いながら剣士に話しかけていた。

「ええと、誰だったかしら……。距離が近いわ。少し離れなさい」

 以前なにかで揉めた気がするのだが、どうしても思い出せない。あまりに昔の話だ。

「ええと、ええと、ええと……。淫魔ではないと思うのだけど……。誰かしら。ああ、気になるわ。お願いだから剣士には触れないで頂戴。それは私のなの……」


 *


 剣士は死神とともに九十一階へ到達した。

 遭遇したのはヒッポカムポス。頭部はウマだが、前足はアザラシのようなヒレ状になっており、下半身は魚だ。特殊な攻撃はしてこない。ただの大きな動物であり、逃げ切ることができる。


 死神は舌なめずりをした。

「あんたはそこで見てな。死なれちゃ困るからねぇ」

 下品に笑いながら、彼女は鎌を素振りしつつ前へ。

 また無益な殺生が始まる。


 勝負は一撃で決した。振り下ろされた鎌から真空波のようなものが飛び出し、ヒッポカムポスはまっぷたつに裂けてしまった。

 とんでもなく強い。

 が、過去にはこういう技を使う挑戦者もいた。この程度では魔女は殺せないのだ。


 死神は得意顔で振り返った。

「どう? あたしって強いでしょ? けど忌々しいことに、あの魔女はもっと強いのよね。それも自分の力じゃない。神の力を借りてるだけ。なんかズルいじゃない? そんな力で好き放題しちゃってさ」

「……」

「……」

 剣士が黙っていると、死神は急に真顔になって近づいてきた。

「もしもし? 聞こえてる?」

「聞こえてる」

「じゃあ返事しなさいよ。ひとりで喋っててバカみたいじゃない。あたしはね、無視されると哀しくなるの。でもそれって人間も一緒じゃない? あんただってそうでしょ?」

「分かる」

「分かる? なら返事しなさいよ!」

「うん」

 しかし特に話したいこともないのだ。返事も最小限になる。

 死神は眉をひそめた。

「不気味な小娘ね。なんだって魔女はこんなのに入れ込んでるんだろ。あんた、あの魔女になんかしてやったワケ?」

「なにも」

「へぇ。じゃあ顔? ちょっとそのお面取りなさいよ」

「うん」

 兜のバイザーをあげて見せると、死神は右から左から覗き込んできた。

「なるほど。まあ悪い顔じゃないけど、絶世の美女ってワケでもないわね。少なくともあたしのほうが美人。そう思わない?」

「分からない」

「だいたい、その斜めになった前髪はなによ? まさか自分で切ってるの?」

「うん」

 いちおう返事をしてやっているが、死神は気に食わないらしい。口をへの字にして肩をすくめてしまった。

「いまいち分かんないね。面白いやつでもないし。魔女の趣味は理解できないわ」

「私も」

「そうね。同意してくれてありがとう。先を急ぎましょ。早く終わらせたいわ」

「うん」


 *


 九十六階、フェニックスに遭遇。

 赤々とした羽の美しい、神々しい立ち姿の鳥だ。体内に高熱の液体を宿しており、たびたび噴射して周囲を焼き尽くす。

 ただし先手を取れば勝てない相手ではない。剣士はいつも遠距離からダガーを投げて、火炎を無駄遣いさせてから飛びかかる。連続では出してこないから、しばらくはただの大きな鳥となる。ここには飛び回るスペースもない。


 今回は死神が相手だ。

 勝負は出会ってすぐについた。

 魔女の用意した魔物は、またしても鎌の一振りで死骸となってしまった。フェニックスは自分の体内から溢れた液体に焼かれ、そのまま焼死体となった。


「つまんない塔だね。こんなザコ並べて、いったいどういうつもりなんだか。ま、おかげでザコ人間がいっぱい死んでくれて、こっちは大助かりだけどね」

「……」

 剣士が返事をせずとも、死神はもうなにも言ってこなくなった。

「ほら、先を急ぐよ。魔女が待ってる」

「うん」


(続く)

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