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海より来たるもの

 六十六階。

 床に巨大な軟体動物がへばりついていた。青黒いタコだ。おそらくは小型クラーケンかと思われる。ぶよぶよした体は重力に勝てず、上から潰されたように押し広げられている。そいつはぬるりと向きを変え、円い目で剣士たちの姿を捉えた。


 動きは機敏ではない。しかし触手がエリア全域を覆っているから、またいで素通りするのは難しい。さすがに足をつかまれる。

 表面はやわいから、剣で傷つければすぐ身を引く。剣士はいつもその隙に逃げている。


 だが騎士団は名誉を捨てていない。

 堂々とこう名乗りをあげた。

「神聖ポテト騎士団である! いざ勝負!」

 挑発は通じている。

 じわじわとであるが、八本の触手が床を移動し始めた。

「左右から挟み込むぞ!」

「足を狙え!」

「どの足だ?」

「手近なやつからやれ!」

「うおおおおっ!」


 戦いはごく地味に始まった。

 武器を手に、触手の先端と小規模な戦闘。剣士も同様の戦術だ。しかし切り落としても切り落としても、まったくダメージを与えている実感が湧かない。


 もし仲間がいなければ、剣士は絶対にやらない戦闘だ。

 なにせ一本の触手に気を取られていると、他の触手に襲われる。もし絡め取られれば、もはや脱出は困難。信じられないほどの力で締め上げられ、その場で体をねじ切られる。


 さいわいなのは、魔物があまり本調子でないという点だ。

 水生生物であるため、陸上での戦いは不慣れなのであろう。巨大な頭部を重たそうに引きずっている。


 騎士団のひとりが威勢よく踏み込んだ。途端、タコの口から墨が噴射され、まともに食らってぶっ飛ばされてしまった。

 しかし致命傷ではない。彼はうんざりといった様子で乱暴に顔をぬぐった。

「死ぬな、パーシヴァル!」

「生きている! 死ぬより最悪だ!」

 ぬとぬとした液体にまみれて、本気で不快そうであった。ひどく生臭い。


 剣士は前に出ず、触手との戦闘に徹した。墨にまみれたまま塔を登るのはごめんだ。きっと魔女にも皮肉を言われる。


 しかし触手を切り落としていると、どうしても頭部に接近してしまう。いまもまた別の騎士団員が墨を食らい、床を滑るように転がされた。

 が、連続で噴射はできないらしい。

 別の騎士団員が果敢に挑み、目を潰した。

 すると別の騎士団員も頭部を攻撃。

 剣士も参加した。


 結果、タコは絶命。

 二名が墨にまみれたほかは、深刻な被害もなく戦闘を終えることができた。

「お前、臭いぞ」

「黙れ」

 タコを食う習慣はないから、この死骸は食料にさえならない。


 *


 七十一階、石像に遭遇。

 ゴーレムかガーゴイルの仲間であろう。三つの顔と六本の腕を持つ異形の像だ。そいつはすっと立ち上がり、それぞれの腕で器用に剣を構えた。

 これまで遭遇した魔物ほど大きくはないが、それでも騎士団員より頭ひとつ大きい。


 見た目は異様である。しかしどんな形状であれ、魔法で操られた無生物は、あまり知能が高くなかった。せっかく剣を持っているのに、どれも力任せに振り回すだけだ。

 もちろんそれでも危険である。たとえ兜の上からでも、強く叩かれれば脳震盪を起こすだろう。しかも腕の本数が多いから、立て続けに攻撃が来る。

 急所はない。どこであろうと強く叩いていれば動かなくなる。剣士はいつも武器ではなく、ガントレットで応戦している。


「左右から仕掛けるぞ!」

「ポテトのご加護あれ!」

 さすがに足は狙わないようだ。

 団員たちは左右に別れ、一斉に仕掛けた。とはいえ全員で攻撃するには小さすぎる。彼らの攻撃は、六本の剣ですべていなされてしまった。


 剣士は正面から仕掛けた。

 カッと開いた口から火球が飛んできたが、それはお見通しだ。ひらりと回避し、胴体に拳を叩き込む。ガッと肘まで衝撃が駆ける。振り下ろされた剣をガントレットで受け流し、兜で頭突きを叩き込んだ。

 魔物はよろめいた。

 が、剣士もふらついた。仲間がいるからと思って、雑に仕掛けてしまった。もしひとりなら危ない判断だった。


 剣士は臆することなく、さらに仕掛けた。装甲の硬さを信用し、肩から体当たり。ミシリと音がして石像が少し欠けた。

 この手の魔物は、ほつれができると、そこから魔力が抜ける。

 石像の動きは目に見えて悪くなった。


 騎士団は猛烈に仕掛ける。

 とにかく武器を叩き込み、やがて腕を粉砕し、頭部を粉砕し、ついに行動不能に追い込んだ。

「ポテトを讃えよ!」

「ポテトを讃えよ!」

 完全勝利だ。

 士気は高い。


 *


 七十五階の休憩室に入るや、二名の団員がまっさきに水道へと向かい、タコの墨を洗い流した。

「とんだ災難に遭った」

「忌々しいタコめ」

 口々に苦情を申し立てる団員に、リーダーは笑って応じた。

「そうカッカするな。魔女の首は目前だ。俺たちは強いぞ」

「そりゃ強いさ。この体はポテトでできている」

「神の加護もあるぞ」

 ガハハと大笑い。


 剣士は会話に参加せず、床に腰をおろして兜をとった。

 赤い髪から汗が滴り落ちる。

 鎧をつけて階段をあがるだけでも一苦労だ。のみならず、戦闘になれば走り回るのだから体力の消耗も激しい。まだ息があがっている。パンを食う気分ではない。


 水道が空いてから、思うさま水を飲んだ。

 汗はひきそうにない。


 団員は八名。これだけの人数で七十五階へ到達することは滅多にない。

 戦死だけが原因ではない。脱走者の数もまた同じくらいあった。塔がいかに危険であるかを知った挑戦者たちは、隙を見つけてそっといなくなる。戦闘中に離脱するものもいる。

 しかし騎士団員はひとりとして逃げない。結束が固いのであろう。


 これだけのチームが魔女に殺されるのは惜しい。

 剣士としては、できればこの場でリタイアして欲しかった。しかしその勧告は、騎士団の誇りを傷つけることになろう。死んだ仲間たちだって報われない。

 結局、いつものように彼らの死を見届けるしかないのだ。


 *


 同刻、塔の最上階――。


 私室で書物をめくっていたはずの魔女は、いつの間にか熟睡していた。

 ハッとして顔をあげる。

 部屋の隅には髑髏の兵が待機しているが、もちろん毛布をかけてくれるほど優しくはない。命じられたことしかしないのだ。仮に命じたとして、複雑すぎる内容はこなせないし、時間が経てばすぐに忘れる。知能はイヌ以下だ。


 魔女は水晶を引き寄せ、剣士の姿を確認した。

 まだ死体ではない。それどころか、休憩室でリラックスしている。目つきは日に日にすさんでいるが。大きな怪我はなさそうだ。


 死者の魂は、しばらく精霊界をさまよう。もし死者を蘇生させようと思うなら、その魂が連れ去られる前に死霊術を施さねばならない。

 もし連れ去られた場合、魂はそのまま神界へ向かい、神々の管理下に置かれることになる。こうなると魔女には手が出せない。

 剣士の魂だけは、なにがあってもくれてやるわけにはいかない。


 たとえ魔女であっても、神々と直接交信することはないのだが、その御使いとはしばしば取引をしている。

 塔で使役する魔物もタダではないのだ。召喚のためには、死骸の血肉からアストラル結晶というものを生成し、御使いにくれてやらねばならない。死んだ肉を集め、生きた肉と交換するのだ。

 長年の研究の結果、植物などからも微量のアストラル結晶を生成できることが分かった。こういうものをコツコツ集めて魔物を召喚する。塔の運営も楽ではない。


 その点、無生物を魔力で動かすのは気楽でいい。コストがかからない。できればすべてのフロアをゴーレムに任せたいくらいだ。

 だがそうなると、今度はアストラル結晶の使い道に困る。すべてはバランスの問題だった。


 そもそも、魔女の力の源泉も、神界からの借り物だった。

 彼女自身が触媒となることで神界から力を得ている。望んでそうなったわけではない。もとはと言えば、すべてあの亀のせいだ。

 禁忌を犯して神界と契約してしまったばかりに、島から離れることさえできなくなってしまった。


 魔女はしかしこうも思うのだ。

 もしかするとあの大亀は、島民の誰かが神界と契約するよう仕向けるための罠だったのではないかと。つまりは神々の自作自演だ。魔女はまんまと策にかかり、契約によって触媒にされたというわけだ。

 神々は、塔で量産された魂を集めている。

 歴史書には記述されていないが、神々の戦いはまだ続いているという。だから戦士の魂は、その戦争に投入されることになる。「殺戮の塔」というのは、つまりは募兵のための装置なのである。


 ともあれ、神界のいざこざは魔女の管轄外だ。

 死者の魂がどうなろうが知ったことではない。剣士さえ連れ去られなければ、それでいいのだ。ただひとりの尊い想い人。愛すべき存在。魔女にとっての生きがいであり、存在理由でもある。失いたくない。


(続く)

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