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あなたは優しい

 ふたりは塔の最上階で再会した。

 そして間もなく別れることとなる。


 日の昇らぬ夜の世界。

 黒の魔女と呼ばれる少女は、人形のような相貌にかすかな笑みを浮かべ、長き付き合いとなった赤の剣士へこう語りかけた。

「あなたは優しい。あなたは、とてもとても優しい。別れても、別れても、何度でも私に会いに来てくれる。あなたは友人よ。本当に。嬉しいの。もし許されるのなら、この感情を愛と呼びたいくらい」

 剣士は横たわり、うつろな瞳で天井を見つめたまま、じっと押し黙っていた。

 魔女はその頬をそっと指先でなでる。

「あなたのことは好き。とてもとても好き。あなたもきっと私を好きよね? だから、お互いに好きなの。どうしようもなく惹かれ合ってしまうの。分かる? あなたはきっと、次も私に会いに来るわ。そのためになら、生き返らせてあげる」

 魔女はナイフを入れていた手を止め、剣士の胴体から心臓を摘出した出した。

 赤い筋肉の塊は、血液を噴き出しながら、きゅっ、きゅっ、と収縮を繰り返していた。いや痙攣かもしれない。もはやそれは、理由もなくビクついているだけの肉塊だった。

 魔女は目を細め、剣士の心臓を愛おしそうに手のひらでもてあそんだ。

「また遊びに来てね。きっとよ」

 剣士は返事をできない。

 すでに絶命している。


 *


 小さな島だ。

 西端は断崖絶壁になっており、付近にひっそりと墓地がもうけられている。

 寒々とした風が吹き荒れ、重たく冷たい波のざばざばという音だけがひっきりなしに聞こえてくる場所だ。

 赤の剣士が目をさますのは、いつもそこだった。


 彼女は身を起こし、自分の鎧を確かめる。

 自慢の赤い鎧には、たしかに傷が増えている。幾度も幾度も魔女に挑み、殺され、そして蘇生された。鎧にはそのたび傷が増えている。なのに体だけは無傷のまま。


 これが夢でないことは分かっている。

 黒の魔女が死霊術の使い手だということも。

 過去に様々な腕自慢が塔へ挑み、そして散っていった。普通はそこで終わるし、剣士も同じ末路をたどるはずだった。なのに、なぜか彼女だけがいつも蘇生させられてしまう。


 おそらくは気に入られたのだ。

 初めて会った夜、剣士は魔女を追い詰めた。

 いや、実際には追い詰めたように思わされただけなのだが。魔女にとっては余興に過ぎなかっただろう。

 杖を手放し、尻もちをついた魔女は、涙目で命乞いをした。

 演技なのは明白だった。

 けれども剣士は武器を納め、つい駆け寄ってしまったのだ。

 魔女は苦い笑みを浮かべていた。こんな見え見えの罠にかかるなど、自殺行為に等しい。

 実際、次の瞬間、剣士の首が飛んだ。


 二度目の夜、剣士は乗り込むなり説教を始めた。

 前回の騙し討ちがいかに卑怯な行為であるかを伝え、せめて互いに敬意を持って戦おうと伝えた。このころはまだ会話を試みようという余裕もあった。

 が、その演説の最中に無数の槍が飛んできて、串刺しにされて死んだ。

 魔女は静かにほほえんでいた。


 三度目、剣士はかなり距離をとった状態で対話に入った。

 兄がこの塔で死亡したこと、そして自分がそのカタキを討つため塔へ来たことを告げた。魔女は黙って聞いていた。

 戦いはフェアに始まった。

 剣士は飛来してくる槍を剣でいなし、あるいは装甲で受け流し、着実に魔女へ近づいた。鎌で首を刎ねられそうになり、とっさに引いた。

 魔女はあらゆる武器を、手も触れずに操ることができた。奇術のように槍や鎌が宙空を踊り、思いもかけぬ方向から襲いかかってくる。戦いの主導権は常に魔女が握っていた。剣士が近づくのも遠ざかるのも、魔女の気分次第だった。

 長期戦にもつれこみ、疲弊したところを槍に貫かれて死んだ。


 四度目、もはや剣士は挨拶さえしなかった。

 魔女は古い椅子に腰掛けたまま、無表情。

 一本の剣が飛んできて、剣士の眼前で落ちた。魔女はそれを兄の剣だと教えてくれた。防具も探したが、見つからなかったとも。


 実際、それは見覚えのある剣だった。街で買ったとかいう安物だ。貧しかった。鍛冶屋にムリを言って小銭で譲ってもらったものだ。兄は自慢げにその剣を見せてくれた。俺はこの剣で魔女を倒して名をあげるのだと。

 しかし季節が巡っても兄は帰ってこなかった。

 魔女討伐の募集は、いつまでも続いた。


 戦いのさなか、魔女は兄についていろいろ教えてくれた。ともに乗り込んだ仲間たちと助け合いながら進んだこと。そしてこの最上階にて、果敢に挑んで死んだこと。

 会話ののち、赤の剣士は、兄と同じように敗れ去った。


 意識が戻るといつも墓所にいた。

 墓石は風化しており、もはや自然の岩石と区別もつかぬありさまだった。誰の墓かも分からない。石の数は三十を超える。かつてこの島に暮らしていた住民のものか。


 もはや幾度目の挑戦かも分からなくなっていた。十や二十ではきくまい。とにかく数えるのもうんざりするほどだ。

 赤の剣士は立ち上がり、遠方にそびえる高き塔を見上げた。

 決して夜の明けることのない呪われた島に建つ「殺戮の塔」。最上階には魔女が住んでおり、いずれ世に災いをなすのだと言う。

 島のそこかしこを髑髏の兵が徘徊し、魔女の召喚した魔物が塔の各フロアに鎮座しているという話は、以前から広く知られていた。

 情報の出処はハッキリしている。目撃した生還者がいるのだ。

 しかしそういう手合は途中で撤退したものばかりで、魔女と遭遇したものはいなかった。いや、会ったと自称するものもいるのだが、曖昧で信用に足らぬ事柄しか喋らなかった。


 赤の剣士は、はじめ塔に挑むつもりはなかった。

 過去に幾度も屈強な戦士たちが挑んだが、帰ってくるころには誰もが憔悴しきり、人が変わったようになっていた。腕や脚を失うものもいた。誰も魔女には勝てないのだ。


 塔へ挑む気になったのは、小領主の三男坊に目をつけられたからだ。そいつは剣士にしつこくつきまとい、めかけにしてやると豪語した。

 もし受け入れれば、食うには困るまい。しかし遊び半分なのは分かりきっていたから、剣士はキッパリと断った。

 すると今度は、世話になっていた農場に圧力がかかった。三男坊はなにかと因縁をつけ、重税を課すと言い出したのだ。親も同然のオーナーに迷惑をかけるわけにもいかず、剣士は家を飛び出した。

 もともと警備の仕事で食っていたから、剣一本で生活する自信はあった。農場にいたときもそうだ。野犬や野盗を追っ払うのが仕事だった。


 しかし生活は思うようにいかなかった。

 まだ十代の娘だ。ギルドに顔を出すたび、小娘がなんの用だとばかりに顔をしかめられた。安くて重要度の低い警備の仕事しか回してもらえない。

 そうして逼迫した生活を送っているうち、街で興味深い噂を聞きつけた。

 かつて魔女討伐で夫を失った未亡人たちが、一致団結して魔女を倒そうというのだ。張り紙を見て駆けつけると、小さな家に十数名の女が集まっていた。年齢はバラバラ。中には老齢に達しようという女もいた。


 出発の日が近づくと、みな怖気づき、ひとり、またひとりと脱落者が出た。最終的に出発したのは六名。そのうち一名が船で引き返し、四名は塔内部で死亡。剣士だけが最上階へ到達した。


 以後、幾度も塔へ挑み、現在へ至る。

 ときおり新たな挑戦者も来る。彼らは剣士の姿を見つけると、一様にぎょっとした顔を見せた。しかし生存者の存在は、討伐隊の面々を元気づけるらしかった。まだ恐怖を知らない彼らは、フレンドリーに「もしよかったら」と前置きし、剣士を仲間に誘った。

 もちろん剣士は拒否しない。仲間は多ければ多いほどいい。盾として使える。

 会話は最小限。

 来た船に乗って帰ろうだなんて思いもしない。

 魔女を放っておくことができないからだ。理屈ではない。互いに執着してしまった。魔女が飽きるか、死ぬか、そのいずれかのときが来るまで、この戦いは終わるまい。


 いまはひとりだ。仲間は死んだ。

 剣士は墓地を抜け、塔を目指す。

 また殺されるだけだとしても。


(続く)

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