プロローグ
「あと3分で、リア充は爆死しちゃうノ~。そこのカップル、とっとと別れちゃうノー」
暑苦しい炎天下。
駅前の広場には、たくさんの若いカップルが、冷たいジュースを一緒に飲んだり、1つのアイスを交互に食べたりしている。
うらやましい……。
気温的にも、情熱的にも暑苦しい広場を、ビデオカメラで撮影中だ。
ボクは、政府が設立した機関に属している。上司から、何か起きるかもしれないからと、取材を命じられた。
生まれてから、ずっと彼女が出来たことがなく、ずっと彼女募集中のボクには、ツラい任務だ。とても。
広場では、ボクにとっては目に毒となる光景が繰り広げられている。
まわりの若者たちは、カラフルなシャツなどの薄着なのに、ボクは紺色のスーツ姿で汗を流し続けている。この場所では、1人だけ浮いた存在だ。
「あと2分で、爆死しちゃう世界になるノー。
おい、そこのおまえ。
手に持っているジュースを彼女にぶちまけて、ケンカ別れしないと、死ぬノよ」
ゲームのマスコットキャラのような謎の生物が、宙を飛び回って偉そうな口ぶりで、カップルたちにケンカ別れを勧めている。
アノの見た目は、体長30センチほどの小人で、かわいい女の子。
そんな外見なので、アノが叫んでも、まわりのカップルは見て楽しんでいるだけだ。
この広場には、アノが5人飛び回って、警告を発している。
1週間前に突如、世界中に出現したアノは、その地域の民族衣装を着ていることが多い。日本であれば、和服姿で、柄がそれぞれ異なっている。
人なつっこい生物で、撮影しているボクに対して、カメラの前を横切る際に、目線を向けて小さな手を振ってくれる。
呼んだら、どこからともなく、ひっこりと現れるのでペットのように可愛がる人も続出している。
いまは、午前10時58分。
あと120秒。
リア充が爆死するなんてことが起こるのか?
半信半疑…というよりは、1割くらい信じていて、9割くらい疑っている。
あと110秒。
カウントダウンを呟きながら、これまでのことを思い出していた。
◇◇◇◇◇
1週間前、世界中の人たちの夢に、大魔法使いが現れた。
人間離れした美貌の若い女性。
一言でいうと、《優しげな女神》といった人物だった。
水色の髪がどこまでも伸びていて、髪先が見えない。しかも髪が緩やかに動いているので、海のようであった。
「私は、地球を統べる大魔法使いです」
彼女の口は動いていないのに、あたりに透明色の声が響きわたった。
「あと1週間で、世界にルールが追加されます。
それは、【リア充が爆死する】というものです。
……あなたのリア充度は……5ですね。このままであれば、大丈夫ですよ」
リア充度が5。
いったい、何点満点だ?
「リア充度100の者は、爆死します。
詳しいことは、アノに聞きなさい」
100で爆死……ということは、ボクのリア充度はかなり低いらしい。
「へんな夢を見てしまった……」
7日前の朝は、目覚めるなり、気分が凹んでしまった。
けれど、全人類が大魔法使いの夢を見たことと、謎の生物アノがあらゆる場所に出没しはじめたため、この1週間、世界中で話題となっている。
アノは、地域によって姿を変えていて、日本では黒髪に黒い瞳、そして和服だ。
フランスであれば、金髪碧眼で、フランス人形のような服装らしい。
日本に現れたアノが、日本人に1つの呪文を教えた。
「この国なら、りあじゅうど~って、唱えれば、自分のリア充度をチェックできるノ」
唱えてみると脳裏に《5》という数値が浮かびあがった。
あとで知った情報によると、英語圏ではリルヴ(Real Love Value)という呪文らしい。そのため、マスコミも、リルヴという言葉を使って報道しはじめた。
世界中の夢に出てきた大魔法使い。
あちこちに現れた、空も飛べる謎生物アノ。
そして、リア充度を確認できる謎の呪文。
AIスピーカーが普及し始めた現代の科学力では、まだ実現できない事象ばかりだった。
そのため、大魔法使いの忠告を信じている者も少なくない。
◇◇◇◇◇
「あと60秒なノー」
警告モードのアノが、残り時間を叫ぶ。
アノはリア充度100の人に近づくと警告モードとなって、髪色が紅色に染まり、瞳の色が金色に変わる。
1体のアノがボクに近づいてきた。
髪と瞳が黒に戻る。
「おまえは、大丈夫なノ」
親切に教えてくれる。
そして、すぐに広場の中央に戻っていって、髪が紅色に染まっていった。
「あと30秒なノー。
アノの言うことを聞かない人たちは、お別れの挨拶を交わすといいノ!!」
ぶち切れてしまったらしく、アノが怒鳴りつけ始めた。
ちなみに、ボクの上司は愛妻家で、リア充度が100だそうだ。
「俺が外で撮影したいんだけどよ。万が一、爆死しちまったら、カメラが壊れちゃうしなー。とても残念だが、おまえに役目を譲ってやるよ」
微塵も残念そうな素振りを見せずに、ビデオカメラを押しつけてきた。
「「10……9……」」
広場の若者たちが、新年のカウントダウンのように、大声でカウントダウンしていく。
スマホで撮影している人も多数。
「「3、2、1……」」
0!
???
最後の刻を告げる声が聞こえない。
広場から、強烈な白い閃光が放たれた。視界が白く染まる。
光だけで、爆発音や衝撃は無い。
あちらこちらで悲鳴があがり始める。
いったい、何が!?
閃光で目が焼かれ、まだ何も見えない。
徐々に視界が回復していく。
「え、嘘……だろ?」
広場から、若いカップルたちが消えていた。
いや、彼らの衣服や所持品が落ちている。
人が居たと思われる地面には、ガラスを細かく砕いたような結晶がばらまかれていた。
「ひ、人が消えたぞ!」
「みんな、逃げて!!」
周囲の人たちが、狂い叫びながら、逃げ出していく。
ボクは撮影しつづけていた。
こ、この光景を残しておかないと。
きっと、戦場のカメラマンたちは、今のボクのような気持ちを抱いているのだろう。
広場以外の場所にも、カメラを向ける。
逃げ惑う人々。
駅のまわりや道端……あちこちに輝く結晶の小さな山が出来ている。
「あんなに注意してあげたノに」
「お仕事、いっぱいなノ」
「5人だけじゃ足りないから、分身な~ノ~」
広場からアノの声が響き、カメラを広場に戻す。
5人だけだったアノが、ぞろぞろと増え始めた。
単純な分身……じゃない。着物の柄が違っている。相変わらずの謎っぷりだ。
アノたちが両手を掲げると、1人分の服、所持品、輝く砂が空中に浮かんだ。
それらが、突如生まれた50センチほどの透明な球体に包まれる。球体は淡い光を放っている。
「「ほいっ、なノ」」
かけ声とともに、球体が空高く上昇していった。
空を見上げると、たくさんの球体が天へと昇っていた。
見える範囲でも、ざっと1000を超えている。
「今日から、夜空にはお星さまがいっぱいなノ」
「作業、終わったノ~~」
立ち去る素振りをみせたアノたちに、慌てて質問をぶつける。
「ほ、本当に爆死したのか?」
「そーなノ。まわりの人が驚いちゃうから、光だけにしておいたノ」
「おおきな音や、爆風があると、生きている人たちが怪我しちゃうノ」
「お星様にしてあげたノ」
「こだわりの仕様なノ」
アノたちが、順々に答えてくれた。
「そろそろ、大魔法使いさまのメッセージがあるノ」
まるっこい手で、空を指さす。
空中のあちこちに、大魔法使いの姿が映し出されていた。
彼女は、ため息をひとつつくと、微笑みをつくってみせた。
――これで、信じて貰えましたか?
7日前に伝えたのですが、たくさんの人に、信じてもらえず、とても残念です――
耳からではなく、頭に直接響く。映像の大魔法使いの口は動いていない。
――今から、リア充度が100になると、爆死します。
皆さんは、疑問に思っていることでしょう。
なぜ、こんなことをするのかと――
大魔法使いは、にっこりと満面の笑みを浮かべた。
――とても簡単な理由です。
私がリア充でないからですよ――
たった、それだけの理由で!?
――ですから、解決方法も簡単に想像ができますよね。
そう、私のオリジナルを見つけ出して、リア充にしてくれれば解除しますよ――
大魔法使いの笑顔が、とても邪悪なものを感じてしまう。
ポケットのスマホが小刻みに震える。機関から支給されたものだ。
撮影を続けながら、片手でスマホを取り出す。
電話相手は、同僚の女性からだった。
……上司が爆死したというものだった。
――世界中の皆さんであれば、簡単にクリアできますよ。きっと――
◇◇◇◇◇
爆死する世界と化した瞬間、たくさんの人が空へと昇っていった。
この事件は、後に《リルヴの刻》と呼ばれるようになった。
大魔法使いの呪いを解くために、全人類を巻き込んだ戦いが始まった。