1.序章05
1時間位経っただろうか。悠の周りには様々な図形が転がっていた。
「あー、楽しい」
そこで我にかえった悠。
「はっ、俺は何をやっていたんだ……。こんなに図形を作っても戦えないじゃないか。他の魔法も試してみないと」
ちなみに、悠が作れるようになったのは具体的なイメージのある物体のみなので、表現する式の分かっている図形は作れるものの、曖昧なイメージしかない剣や槍は作れなかった。要するに役に立たない。
悠が他の使えそうな魔法を探していると、なにやら向こうの方が騒がしくなった。女の子が3人の男性に囲まれて泣きそうになっている。
「約束が違うじゃないか」
「今日まで納品と言っただろう」
「ごめんなさい、でも最近雨が多くてまだ完成してないんです。もう一日待って貰えませんか」
「そういわれてもな、満月は今夜なんだ。儀式は今日しかできないんだ」
「これを逃すと次は一ヶ月後だ、約束は守ってくれ」
こんなに責め立てられては女の子が可哀想だと悠は止めにはいった。
「ちょっと、大の大人が3人揃って、女の子を苛めるなんてひどくないですか」
「兄ちゃんは、お嬢ちゃんの味方をするんだね。僕達も困ってるんだ」
「兄ちゃんがなんとかしてくれるかい?」
どうやら話は通じそうだ。戦闘にならなくて助かった。このまま平和的解決が望めないだろうかと悠は思った。
「お力になれるか分かりませんが、話を聞きましょう」
「いやなに、簡単なことだ。今夜の儀式に使うために紙を彼女に注文したんだ。しかし、まだ完成してないという。だから僕達は困ってる」
「紙ですか?そこに置いてあるじゃないですか。あれでは駄目なんですか?」
「分かってないな、必要なのはただの紙じゃない。日の光を十分に吸った聖紙だ。聖紙になると自ら光を発するようになる」
「要するに、あの紙にもっと光を吸収させればいいんですね」
「えぇ、そうなんです。でも今日の日没まで日の光に当てても足りなそうなのです」
泣きそうになっていた女の子が助けを求める目で見てくる。ここで助けなければ男がすたる。
「俺に任せてくれ、何か金属はないかい?」
「ありますけど、鉄ぐらいしか…。高価なものは持ってません」
「いや、十分だ。ありがとう」
そうして悠は鉄を変形させ巨大なお皿のような物体を作った。
表面は滑らかに磨かれて金属光沢を見せていた。
「よし、こんなものかな?中央の台に光を当てたいものを置いてくれないか?」
「はい、ではこの紙を置きますね」
お皿の内部に紙を設置し、太陽の方に向けた。すると、紙に光が集まり、輝き始めた。
「えっ、すごい!どうなっているの?」
「やるな、兄ちゃん!」
ところが、次の瞬間、光の熱に耐えられなくなった紙が発火した。そして黒こげに。
期待してただけに、悠に向けられる視線は冷たかった。
「誰も燃やしてくれって頼んでないぞ」
「これじゃ状況が悪化したじゃないか…」
「ここまで、紙を作るのも大変だったんですよ!」
「すまない、加減を間違えた。もう一度やらせてくれないか」
「次は失敗しないでくださいね」
女の子がこっちを見て言う。
「はい…」
そしてなぜか、女の子に命令され紙の元となる植物を大量に採集してくることになった悠と男3人。泣きそうだったのに、何とかなりそうだと分かると急に態度が変わった。
「全く、女は気まぐれだから…」
そうして、新たに紙が作り直された。どうやら秘伝の作り方があるらしく、紙を作ってるところは見せて貰えなかった。なにやら呪文が聞こえたので、魔法が絡んでいるのだろう。
悠の方はお皿の改良に励んでいた。
さっき、発光してから発火までにかかった時間は0.4秒。もう少し集まる光の量を減らして発火の前に取り出す時間を作らないと…。10秒ぐらいあればいいから、面積は1/25つまり半径を1/5にして…。
「よし、できた!発光したらすぐ取り出してくださいね!そうしないとさっきみたいに燃えますから」
そうして、再度紙に日光を当てる。今度は計算通りうまくいった。
取り出した紙が熱くて、触った男性が火傷したのはご愛敬。
「兄ちゃん、もしかして大魔法使いなのかい?その魔道具譲ってほしいな」
「すぐに作れるから、あげてもいいけど、放物線を利用しただけのただの鉄だよ?」
「ホーブツセン?新しい光線か?」
「いや、特別な曲線。このお皿の横のラインだよ」
放物線は外から入ってきた光を反射して焦点の一点に集める性質を持つ。今回悠が作ったお皿の断面が放物線になっており、それを一周分まわすことでお皿の中心より少し上にある台に全ての光が集まるようにした。
ちなみに、パラボラアンテナなどで電波を集めるのに利用されている。
悠はこれを作るとき z=x^2+y^2 という式を思い浮かべていたので、一点の歪みもないキレイな形ができた。
3人組の男性はこの地方の領主のもとで働いているらしく、借りひとつな!困ったら助けてやるよ!と言ってお皿と紙をもって去っていった。
「お兄さん、助けてくださってありがとうございます。私ニアと申します。紙作りを仕事にしております」
「おう、俺はユウ。仕事はまあ、学者みたいなものだ」
数学という言葉が通じるかあやしいので、適当に返す悠。ところで、改めて見るとニアという女の子はまだ幼いが将来が楽しみな可愛さ。癖のある紺色の髪の毛に、くりっとした茶色の目。レースのふんだんに使われた水色のドレスを着て白いエプロンを着けている。
「ユウさん、お礼にお茶でもご馳走しますから、私の家に来ません?」
「いいのか?」
「ええ、どうぞ」
そこから、少し歩いたところにニアの家はあった。可愛らしいログハウスのような家で、大きくはないものの、しっかりした造りだった。
「ただいまー!」
「お邪魔します」
しかし、それに答える声はなかった。
「えっと、ニアは一人で暮らしているのか?」
「いいえ、兄と暮らしていたのですが、一ヶ月前に行商に行ったきり帰ってこなくて」
「それは、大変だな…」
「いつもは家に帰ると大抵兄がいましたので、その癖が残ってて…」
それだけいうと、ニアはさっさと奥に入ってしまった。
「そこに座って待っててください。準備しますので」
言われた通り悠は手近な椅子に座った。周りを見渡すと、綺麗に片付いており、ニアの趣味なのだろう、所々に可愛らしい小物が置いてあった。
しばらくしてニアがお茶とケーキを持って戻ってきた。ケーキはイチゴやレーズンのたくさん入ったフルーツケーキでいいにおいがした。
「ユウさんどうぞ、紅茶はミルク入れます?」
「あぁ、ミルクと砂糖たっぷりで」
「ふふっ、甘党なんだ」
悠はニアが入れてくれたお茶とケーキをいただく。容姿は抜群だが料理は下手とかだったらどうしようと、恐る恐るケーキを口に運んだ。幸い、美味しかった。
「ユウさん、そんなに警戒しなくても毒なんて入れてませんよ?」
「あぁ、そうだな。こんなに美味しいケーキだものな。ニアは料理がうまいな、いつでもお嫁にいける。こんなに美人だし、引く手あまただろう」
「ユウさん、口説いているんですか?」
「いや、思わずケーキの美味しさにつられて本音が…」
「えっ……ユ、ユウさんなにいってるんですか!」
悠の発言が冗談だと思い、からかったつもりが思わぬ返しを受けて、ニアは動揺してしまった。
「ユウさんのバカ!」
「へっ!?」
いわれのない罵倒に悠は戸惑った。
そんなやり取りもあったが、紅茶のリラクッスの効果もあったのだろう、ニアと悠は次第に打ち解けていった。
「へぇー、ユウさんって勇者なんですかー。格好いいですね。私も助けてくれましたし。憧れちゃう…」
「勇者ではないのだが…」
何かの間違いで、召喚陣で呼ばれてしまったので、仕方なく、国を救うことになったと伝えたはずなのに、いったいどこで勇者になったのだろう。最初に学者みたいなものと伝えたはずなのにと悠は頭を悩ました。
「そういえば、勇者ってことはこれから冒険に出るんですよね!私、兄を探す旅に出たいのです。一人だと不安なので、一緒に行ってもいいですか?」
「ニア、よく知りもしない男にそんなこと頼むのはよくないと思うよ」
「いいえ、ユウさんが、いい人なのは知ってます。お願いです、一緒に行かせてください!迷惑はかけませんから」
可愛い女の子にいい人と言われてまんざらでもなかった悠。
「付いてきたければ、来てもいい。ただ俺もやることがあるから、そっちを優先させてもらうぞ」
「ええ、分かりました!」
こうしてニアは悠とともに旅をすることになった。