1.序章04
リリアーネのいる神殿や騎士団の駐屯所は町の中心にあったが、そこからかなり離れたところに魔導師のギルドはあった。
悠を連れていった騎士によると、ギルド長が悪い人ではないのだが、変わり者で研究ばかりやって引きこもっているため、町外れの辺鄙なところにあるということだった。
これを聞いた悠は、俺とおんなじじゃないか!と一気に親近感を持った。数学も時には他人と意見を交わすことも大事だが、主となるのは個人プレーである。数学書だけもって引きこもれば勉強はできる。研究にも大がかりな道具は要らず、よく数学者は紙とペンがあれば生きていけると揶揄される。
楽しみな気持ちでギルドに着いた。ピカピカに磨きあげられていた、駐屯所とは違い、ドアを開けると床に書物が錯乱していた。
「ギルド長ー!いませんかー?」
呼び鈴を鳴らしても出てこない。騎士が大声で叫ぶとやっと人が現れた。
ギルド長は白い髭を蓄えたお爺さんだった。山の中から引っ張り出された仙人のようである。
「ユウよ、よく来てくれた。魔法はどの程度使えるのかね。見せてくれないか」
「はじめまして、ギルド長。魔法は使ったことがないので、なんとも…使い方教えてくれません?」
「おぉ、そうじゃの、説明しよう」
仙人、なぜか名乗らず名前がわからないので取り敢えずそう呼ぶ、の話によると誰しも魔法を多少は使えるらしい。しかしその素質には個人差があり、生まれもってその才能は決まっている。多少魔導具で補正はできるが天賦の才には敵わない。言霊と想いに宿る力で魔法は発動するから、仙人ほど力が強いと言っただけで実現することもあって迂闊な発言は出来ないのだとか。
「わしには、そなたの秘めたる力が見える。しかし、それが魔力とは違う光を放っていてな。どんな力か知りたいものじゃ」
「俺も知りたいですよ。取り敢えず、いま特技と言えるのは演算速度なんですけどね」
「ほう、わしの助手にならんか?勇者よりよっぽど向いておるぞ。いま複雑な計算にてこずっててな」
「魅力的な提案ですが、俺はこの国を救うために召喚されたんですよ。リリアーネさんとも約束してしまったし」
「そうか、仕方ないのう。ではお主にこの魔導書を授けよう。基本的な呪文はそこに書いておる。困ったことがあれば聞きに来ればよい。では、研究の続きをするから、わしは戻る」
言いたいことだけ言うと、去っていってしまった。呪文は魔法を発動する際のイメージを助けるらしい。練習あるのみと言うことなのだろう。
こんな雑なチュートリアルがあってよいのか、と思いながらも仕方なく一人で練習に励むことにした。
魔法の暴発で他人に迷惑をかけてはいけないと思い、町外れの空き地にやって来て、本を読み始めた。
幸い異世界の文字が読めるようになっていた。
その本の記述によると魔法とは言っても無から有を作り出すことは難しい。別の物質に変換するのも大変だそうだ。元素を他の元素に作り替えるのに膨大なエネルギーが必要ということに似ている。
「ということは、錬金術は出来ないな」
悠は貴金属を大量に作ってそれを日本に持ち帰って大儲けを企んでいたのだが、無理そうだった。そもそもどうやって日本に持ち帰るかも思いつかない。
ある物質を高純度で含む鉱石を魔晶石といい、これを使うことで効率よく魔法を使えるらしい。
とはいっても悠は魔晶石を持っていない。足元の土の形を変えることから始めることにした。
「えーっと、ディフォーム、願いし形に変形せよ!」
手に取った土塊が完全な球に変形した!
「すげぇ、この球、どこをとっても曲率が一定だ!3Dプリンター要らないな…」
悠の特技の空間認識により球の各点の座標が分かり、そこから曲率を容易に演算できる。
それから悠は色々な図形を作っては楽しんでいた。