1.序章02
冷静に考えてみると最悪に近い選択だが、とりあえず職業を決めた悠。
「新たな冒険に出ますか?yes っと」
突然視界が暗転し、意識が遠のいた。
15分くらい経っただろうか。なにやら明るい場所に座り込んでいた。
「おかしいなー、さっきまで夜だったのに。もう朝なのか?」
ふと下をみると複雑な魔方陣。その中心に自分がいる。顔をあげると白い服を着た綺麗な女性が立っていた。明るい光のなかに佇む美しい女性。艶やかな黒髪が光を反射して輝いている。彫りの深い整った顔立ちに吸い込まれそうな翡翠の目。クレオパトラが生きていたらこんな感じなのだろうか、呆けて見てしまった。その女性は目が合うと、こちらに駆け寄って膝づいた。
「守護神様!降臨していただきありがとうございます。お願いですから国を救ってください」
「あの、俺人間なんですけど…、神じゃないですよ?」
悠にはいまいち状況が理解できない。
「そんなはずは……。私は守護神の召喚儀礼をしたというのに……。まさか、失敗したのでしょうか」
明らかに落胆した様子になる女性。女性のことは気掛かりだが、それよりも悠は状況の説明をしてほしかった。
「すいませんが、何があったのか教えてくれません?」
声をかけられて悠の存在を思い出したように女性は視線を向けた。
「それもそうですね。私は神官をしております、リリアーネと申します。簡単に言いましょう。この国は危機にひんしてます。あなたがどのような方か知りませんが、この国を救ってください。……神じゃなくてもいいから陣から出てきたんだから何とかしろよ」
「ちょ、いま乱暴な言葉が聞こえた気がするんですけど」
「あら、取り乱して本音が出たようですね。すみません」
とりあえず、リリアーネは微笑んでいるが目が笑ってない。それどころかもちろん引き受けてくれるだろうなと凄んでいる。思わずうなずいてしまった。
すると一転してリリアーネは満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。あなたはきっと勇者様ですね。私の術は間違いはなかったのだわ。勇者様を守護神様が遣わしてくれたのね。勇者様のお名前は?国王に謁見させないと!」
どうやら悠はゲームの世界に入ってしまったようだ。この時、悠は職業を勇者にしなかったことを後悔した。数学者が職業のせいで難易度がhard いやlunatic にでもなったようなものだ。
「お喜びのところ悪いんですけど、俺、勇者じゃないです」
「えっ、神でもない勇者でもない。あなたは、ないない尽くしなのね。この際それは目をつぶってあげるわ。これから災厄を防げばあなたは勇者よ」
「ずいぶん、上から目線ですね…」
「なにか言いました?」
「いえ…」
美人が睨むと迫力がある。もしかして神官の地位も睨んで手に入れた不正なものでないか。だとしたら、召喚術が下手で失敗したのもうなずける。悠は一人で納得してた。
「いまなにか、失礼なこと考えていましたよね?」
また睨まれた。残念ながら悠にはそれで喜ぶような趣味はない。
「ごめんなさい」
「許してあげましょう」
出会ったときは、悠に膝づいていたのに、急に偉そうなったと言いたかったが、睨まれたくないので黙っておくことにした。
「ところで、俺の名前ですがユウです。職業は数学者なので、できれば指揮官とかにしてくれると嬉しいんだけど」
「何をいってるのですか!勇者とは人々の前にたち災厄から守るものです。それを後ろに隠れてこそこそしようなど、勇者の風上にも置けません」
悠は勇者でないといってるのだが、話を聞いてないようだ。そもそも指揮官にそんな失礼なことを言っていいのか。
「いやでも、いま前線に出たら死にますよ?」
「本当ですか?試しに私と手合わせしてみます?」
「あなたですか?か弱い女性とは戦いたくないんですけど」
「構いません。だれか模擬剣を二本こちらへ」
そこにいたリリアーネの部下が立会人になってくれるようだ。
「では、はじめ!」
いくら悠が弱いといってもそれなりに体は鍛えてあるし、ゲームもやりこんでいる。リリアーネに負けるとは思えなかった。
「本当にいいんですね、リリアーネさん。怪我しても知りませんよ」
「ええ、どうぞ」
リリアーネは余裕の表情を崩さない。隙だらけの構えも、こちらの油断を誘っているのだろう。強敵と見て間違いない。悠は自分の強さを確認したかったので、本気であたることにした。
「では!…っ!?」
ところが、剣士の時と違い極端に弱体化したした肉体では思ったスピードが出せず、空振りして体勢を崩してしまった。
「もらったわ!」
そこにすかさず斬り込んでくるリリアーネ。悠は負けを確信した。
ゴン!
鈍い打撃音が響き渡った。リリアーネの手から剣がすっぽ抜けて、向こうに飛んでいった音だった。
「えっ…」
「えへへ、ちょっと剣は苦手なの」
笑ってごまかそうとしている。
「ちょっと、リリアーネさん」
悠がリリアーネに詰め寄る。
「いやいや、わるかったから」
逃げるリリアーネ。追う悠。悠の方が走るのが早くリリアーネはすぐに捕まりそうになる。
「もう、サモン!出でよ契約ししわが僕!」
リリアーネが叫ぶと大きな虎が現れた。主に害をなす存在はどこだと言わんばかりに周りを見渡し、悠を見つけると睨み付けた。この睨みはリリアーネさん譲りだなと悠が考えるまもなく、襲ってきた。必死に剣で応戦するも呆気なく剣を折られてしまい、虎の口にくわえられた。虎はリリアーネの前に悠を落とすと、誉めてほしそうにリリアーネを見つめた。リリアーネが頭を撫でると満足そうに消えていった。
「悠さん、あなたが弱いことはわかりました。これから特訓しましょう。私の虎ぐらい勝てないと勇者はつとまりませんよ」
「いろいろ言いたいんですけど、何で剣で勝負しようとしました?最初から虎を召喚すればよかったでしょう」
「同じ条件でないとフェアじゃないと思いまして。私が召喚する精霊は動物の形をとっているので剣が持てないんですよ。しかなたく私が相手して差し上げたのですよ」
「剣で勝負したいのなら誰かうまい人を呼べばよかったのでは?部屋の前の警護の騎士でもあなたより断然強いですよ」
「あら、気がつかなかったわ」
リリアーネは笑ってごまかそうとする。間違いなく天然だ。悠は確信した。と同時にこんな人に重要な召喚術をさせる国に不安を覚えた。